子供
たけのこ派の亜人、ドワーフから世界樹を守ると決めた日、教会の地下3階では一組の男女が揉めていた。
「ダメだ。ミリィはまだ子供だぞ!」
「この子は奴隷として買ったの。この子も家族。そして平等。差別は許さない」
「差別って……」
「差別でしょ?それは贔屓じゃない。少なくともこの子はそう思ってる」
そう言ってリシアは足元の子供に目を向けた。
今ミリィの前で翔太とリシアが争っているのは、此度の戦争にミリィを同伴させるかについてだ。
まだ9歳の子供だ。
そんな子を戦場に連れて行くなんて考えられない。
そう主張する翔太と、ミリィの意|を尊重して、戦場には連れて行くべきだと主張するリシアが意見をぶつけているのだ。
「この子は訓練もしっかりとしている。魔法だってちゃんと扱えるし、自衛ぐらいできる」
「そうだよ、お兄ちゃん!ミリィだって敵、倒せるようになったんだよ!」
「それは成長とは言わねぇよ」
その翔太の様子にミリィは小さく悲鳴を上げる。
彼のこんなにも冷たい目をミリィはかつて見た事がなかった。
心配してくれているのはわかってる。
けれど、ミリィは本来あるべき自分の存在意義が年齢のせいで奪われてしまうのには納得ができなかった。
「ミリィは絶対ついて行く!もう二度と置いていかれるのはいやなの!!!」
かつてないほどの真剣な眼差し。
かつてないほどの強い意志。
ミリィは過去の記憶に起因するその想いを全て翔太にぶつけた。
翔太はその場にしゃがむとミリィと目線を合わせぐっと肩を掴む。その体はとても小さくて少しでも力を入れてしまえば簡単に潰れてしまいそうだ。
「怪我するかもしれないんだぞ?」
「リシアお姉ちゃんの特訓でいつもしてるよ」
「見たくない物も見ることになる」
「それはみんな同じだよ。ミリィだけが特別じゃないよ」
「……死んじゃうかもしれないんだぞ」
──お兄ちゃん……。
ミリィが気づいた時には涙を流した翔太に抱き締められていた。
先程よりも力の入った腕に抱かれ身体が痛い。
しかし、それ以上に胸に痛むものを感じた。
ミリィは幼いながらに彼からの愛を感じたのだろう。
未だに泣き続ける翔太の頭をミリィはその細い腕と小さな手で抱えるようにして撫でる。
「死んだりなんてしないよ。だってピンチの時はいつだって、ミリィのヒーローが助けてくれるから」
なんて残酷な世界なのだろう。
翔太は思う。
ミリィの覚悟は半ば己がさせたようなものだ。
ただ、それでも最終的に受け入れたのはミリィだ。
未だに1人で眠れず、おねしょ癖も治らない。
そんな小さな子供が背負うには大き過ぎる業。
「……分かった。ミリィも連れて行くことにする。絶対俺が守るから。ピンチの時はきっと俺が駆け付けるから」
「うん。ありがとう。お兄ちゃん」
ミリィは未だにしがみついて離れない翔太の頭に頬擦りをする。泣き虫なお兄ちゃん。優しいお兄ちゃん。
大好きなお兄ちゃん。
──えへへっ、チクチクだぁ……。
──────
────
──
「……お兄ちゃんと、約束、したから!【クリエイト・アースゴーレム】」
ミリィが魔法を発動すると、地面が隆起し、その中から3メートルほどのゴーレムが3体出現する。
「敵をやっつけて!」
ミリィはまだ子供。それでもキノとエレナと共に買われた彼女は古参メンバーに当たる。これまでの特訓で培われた能力は他の家族達と比べて勝る事はあっても劣らない。
ゴーレムが腕を振れば何人ものドワーフ達が塵のように飛んで行く。
「ふぅーっ」
深く息を吐き出すと、腰のダガーを抜き敵を見据える。
「ミリィだって、戦えるんだから!!!」
──〇〇〇〇──
おかしい…… 何故だ、何故こうなった……
世界樹の西側から進行していたドワーフ軍の指揮官を務める男は目の前の光景にただ呆然とする。
元々エルフはきのこ派の中では立場が低く、味方であるはずの人族からも奴隷の如く扱われている種族故に数が圧倒的に少ない。
故に力で押し切れば、1週間で世界樹を手中に収めることができるという判断を上の者が降したのだ。
にも関わらず気づいた時にはあっという間に我が軍は破滅の道へと進んでいた。
正体不明の黒服集団。こいつらのせいだ。
見た所、全員が女だ。歳は若く、成人していない者ですらいるように見える。
他の追随を許さない圧倒的な力で味方を屠っていく姿はまさに悪魔。
そんな敵を前にしても、勇敢に立ち向かっていく仲間たちは呆気なく潰され、恐れをなして逃げていく仲間たちは謎の炎に焼かれて死ぬ。
先程も指揮官が一人謎の熱風に包まれ灰になったのを見た。あれだけの火力の炎を他の者を巻き込まないよう完全に制御できるような存在がいるということだ。
天を仰ぐようにして、男は空を見上げた。
「ま、まさかっ!?」
そこには一羽の鳥のようなもの。
男には心当たりがあった。
彼の故郷の近くには災いの森と呼ばれる森がある。
毎年冬になると、そこには不死鳥の突然変異体が飛んで来ては、羽ばたく度に炎を撒き散らし、辺りを火の海にするのだ。
その不死鳥が、今年は姿を見せなかったのだという。
「ヤツを飼い慣らしたというのか……!?」
またひとり、またひとり、と逃亡を図る者が消し炭になっていく。
今、上空を舞っているのはただでさえ災厄とされるフェニックスの上位種。
男は目の前の得体の知れない少女達よりも、身に染みて知っている強者の存在を認識したことで、絶望に染る。
「勝てるわけねぇじゃねぇか……」
そう諦めた途端、その身が熱に浮かされるのを感じた。
そして、その原因を目にする。
目の前には白銀の毛並みを持つ美しき獣。
そして、男は悟る。九尾という存在を前にして勝手に自分が干上がってしまっただけなのだ、と。
九尾にとって、自分など眼中にない。たまたま近くを通っただけだ。
現に、目の前にはもうその九尾の姿はなく、何処かへと姿を消している。
「ちくしょう……こんなの理不尽じゃねぇか!」
男は少しずつ焼けていく己の身体に途方もない怒りを感じる。
「俺はまだ何もしてない。クソっ。何故俺はこんなにも弱い!」
朦朧とする意識の中、近くに敵の背を見つける。
「どうせ死ぬなら──その悪魔の首、ひとつ貰い受けよう」
男は剣を構えて疾走する。
最早身を焦がす炎など、気にならなかった。
ただ一人でも敵を打てれば──
男は剣を振り下ろし、そして気付く。
悪魔だと思ったその少女が自分の娘と同じくらいの小さな子供であることに。
少しずつ首に吸い込まれるようにして加速していくはずの己の剣がやけに遅く見えた。そして、その剣が少女の首に触れる瞬間──
「ミリィちゃん、危ない!!!」
突如割り込んできた別の少女がその子供を庇った。
己の振るった剣は子供の首ではなく、その少女の背を深く切り裂く。
 
男はその光景に、何故かほっとするのを感じた。
娘と同じ歳ぐらいの子供を殺さずに済んだからだろうか。それとも、悪魔だと思っていた目の前の少女達にも、ちゃんと血が通っていることを自覚できたからだろうか。
子供を庇ったことで背中に傷を負った少女はそのまま地に伏せる。
男はその光景を目に焼き付け、そっと目を閉じた。




