転移者VS転生者
──は?
誰もかもが耳を疑っただろう。
「俺と共に来てくれないか?」
それは求婚ととっても差し支えのない言葉。
翔太が求婚した女性はレナードが次期婚約者である事はこの場にいる誰もが知っていることだ。
「それは、私がこの試合に負けたら貴方と婚約するという事ですか?」
「当然だ。この学園もやめてもらう」
「おい、お前何を言って──」
「わかりました。受けましょう」
意味がわからない、と抗議しようとするレナードの言葉を遮るように、リーシャは食い気味に翔太の言葉を受け入れた。
とんだ茶番だ、とリーシャは内心で呟く。
レナードの度肝を抜けて、少しスカッとはしたけれど、あまり現実味を帯びてはいない気がする。
この人は王子に喧嘩を売って大丈夫なのだろうか。
そんな不安の方が大きい。
一方、翔太は割と本気だった。
リーシャの持った能力は正しく本物。
更には同じ日本人。何としてでも一緒に来て欲しい。
「ま、待て!おかしいだろう!どうしてそうなった?」
「どうしたのです?殿下。俺がどこかの平民に求婚したとして、貴方に何の関係があるのですか?」
レナードはまだリーシャには正式に求婚していない。
彼としては今晩の後夜祭で、己の優勝の祝杯時に、想いを告げる予定だったのだ。
しかし、あろう事かぽっと出の人間に先を越され、彼女も半ばそれを受け入れている。
ギリッとレナードは歯軋りするも、ここは引き下がらずを得ない。彼ができるのは──
「……リーシャ、君の勝利を祈る」
それだけだ。
──くそっ……リーシャ、君は一体何を考えて……
「準備はいいですか?」
空気をぶった斬るように審判は旗を構える。
彼はメンタルが強い。
「──始めっ!」
リーシャはハリーポ〇ターに出てきそうな杖を取り出して構え、すぐ様詠唱を開始する。
『死へと誘う魔女よ。其方の漆黒の腕は気高き魂をも引き摺り込むだろう──』
リーシャは1文字ごとに魔法の威力が1.2倍される。
2文字で1.44倍、3文字で1.72倍と等比数的に増えていく。正しくチート。
「おいおい、現役中学2年生は詠唱も躊躇わねぇってか」
試合前、翔太の告白をリーシャは受けた。
しかし、それはもし翔太が勝ったらの話だ。
負ければその約束は無効になる。
──だからって私が手を抜くと思いましたか?
リーシャは勝ちを譲る気は無い。
決勝でレナードとオリヴィア、どちらに当たったとしても、つけなければならないケジメというものがあるから。
「【デーモンハンド】」
リーシャの魔法発動と同時に、無数の黒い手が地面から生える。猛毒属性の魔法。触れただけで全てを溶かすほどの強い毒性魔法だ。
本来ならば腕は1本しか生えない魔法。
しかし、彼女が発動すれば威力は約200倍。単純に200本の腕が翔太を襲う。
翔太は無詠唱の風魔法で緩急を使いこなし、その腕を1本1本躱す。
しかし、それでも襲い来るは200の腕。所々被弾する。
特に左腕はモロに喰らったようで、酷い火傷をしたかのように赤く爛れている。
「ちっ……これは防げねぇのか」
そう。火傷のように副次的な外傷をアーティファクトは防いでくれない。痛みを打ち消せないように、土汚れを落とせないように。
触れただけでダメージを受けるような魔法。
翔太にできるのはただそれを躱すことだけだ。
自動追尾してくるその腕を凌ぐだけでも一杯いっぱいの翔太に対し、リーシャは更に追い打ちをかけるかのように再び詠唱を開始する。
──今は200本。もう一回この魔法を発動すれば勝てる!
リーシャは再び同じ魔法を詠唱する。
その様子を見て、流石の翔太も腹を括る。
即ち、魔法の詠唱だ。
『我、神聖なる大地に巣食う穢れを払わんとする者なり。母なる大地の神よ。我に力を──』
翔太が詠唱を終えたタイミングで、リーシャが魔法を発動する。
「【デーモンハンド】」
増えた腕は240本。計440本の腕が翔太を襲う。
リーシャは翔太が詠唱を終えるギリギリのタイミングまで詠唱文字数を増やし魔法を放ったのだ。
これは凌げないだろう。
最早これだけの腕に囲まれてしまっては、逃げ場はもうどこにもない。
リーシャも、レナードも、そして観戦者達ださえもそう思っただろう。
だが、この場でたった一人だけ、考えを逸にする者がいた。翔太だ。
「【去】」
彼が魔法を発動をして辺りに現れたのは土の塊だった。
この場でその正体を知るのは2人。
リーシャと翔太だ。
「何故セメントを?」
そして、翔太を覆うようにして囲む440本の腕。
翔太はセメント共々腕に呑まれ姿を消した。
「……」
「オラァァァ」
突如、翔太の展開したセメントが彼を中心に、波紋のように広がっていく。
「んなっ!」
翔太は飛ぶようにして腕の中から飛び出すと、リーシャに向かってダッシュで距離を詰める。
「なんで無事なの……?」
否、無事ではない。全身が爛れていて、制服も至る所が破けている。
翔太は右手の拳を深く握り込みリーシャの頭上に振り下ろす。
「【アイスシールド】」
リーシャは咄嗟に無詠唱魔法を発動する。
翔太の攻撃はリーシャの無詠唱魔法では弾けない。
はずだったが……
翔太の拳は火花を散らしながらその氷の盾によって受け流される。
「やるな……」
翔太は驚くようにして、目を見開く。すでに満身創痍なようで、肩で呼吸だ。
「昨日の夜、会いましたよね……?」
「ああ」
オリヴィアと2人で食事をして、寮に彼女を送る時、翔太はリーシャに会っている。
「私が夜遅く、外にいた理由がわかりますか?」
──全然わからん。
翔太は口に出しはしないものの、そう目で答える。
それに対しリーシャは口角を上げて口を開いた。
「では教えてあげます。私の職業は【聖女】ですよ」
そう宣言した途端、着ていた制服が純白のドレスへと変わっていく。
神の遣いであることは疑いようもない美貌。
美しい模様のベールに包まれ、彼女は白い魔力を纏う。
昨晩、彼女はパーティーが終わった後、こっそりと食堂に潜り込んでいた。
「女神様からアドバイスを貰ったんです」
リーシャが彼女に願ったのは友を守れる力。
リーシャが彼女に願ったのは友への謝罪と許し。
そして至ったのは魔王や勇者と並ぶ超級職。
聖女は守りと回復に特化した、魔法職の中でも限られた女性のみが女神から与えられる職業。
「さっきまでデーモンハンド使ってた奴が聖女だと?」
翔太は「解せぬ」と言葉を零しながら、目の前の神々しい少女と対面する。
「ギャップ萌え、好きじゃありませんか?」
「ぜーんぜん」
嘘だった。
翔太はここ数日のオリヴィアとのやり取りを思い出し、少し口元を緩めるも、すぐ様敵を見据え直す。
あいつの為にも自分のためにも絶対に優勝すると、更に気持ちが高ぶる。
「すみません。こればっかりは譲れません。彼女のヒーローになるのはわた──」
「【アーソパンチ】」
まだ何かを言いかけているリーシャの頬に、翔太の拳がめり込む。
「戦いの最中に無駄口叩いてんじゃねぇよ。お前はプリキ〇アじゃねぇんだぞ?」
容赦のない一撃に、リーシャは空中で5回転ほどしながら地面に落ちる。
リーシャの口から出てきたギャップ萌え、ヒーローと言う言葉。この言葉を聞いて、翔太は悟った。
──女神様、昨日の夜、俺の事話したな。
「女子中学生が、高校生男子に勝てると思うなよ!!!」
高らかなキメゼリフとともに、翔太は再び右手に魔力を溜める。
「これでトドメだ!【アーソパンチ】!!!」
リーシャは更に3回ほどバウンドして壁にぶち当たる。
「……ばいばいきーソ」
リーシャは小さく言葉を零し、意識を手放した。
結界強度0。翔太の勝ちだ。
「……勝者、ショータ・コン・ルーザーズ……」
拍手は起こらなかった。
──〇〇〇〇──
「ねえ、貴方がさっき発動したのって地属性魔法よね?どうやってあの猛毒を防いだの?」
さんざん俺の勝ち方をディスった後、オリヴィアは俺に対してそんな事を聞いてきた。
今、俺たちのいる待合室には他に人はおらず、逃げ場も助けもない状態である。勘弁してくれ。
「あー、多分オリヴィアじゃ理解できないと思うぞ?」
俺は肩にかかった生卵の白身や生しゃけを剥がしながらオリヴィアに答える。
「あら、喧嘩売ってるのかしら?私はこれでも学年次席よ?ショータに出来て私にできないことなんてないわ」
……本気で言ってやがる。
俺は少し意地悪したくなったので説明することにした。
「1度目あの腕に触れた時、俺の手は溶けた。恐らくあれは強酸だ。ならば俺はあれを中和してやればいい。セメントは大体pHが13程だ。故に、あの酸性を無効化することができる。あの全身やけどは中和熱の影響だな。わかったか?」
「……」
オリヴィアは目を丸くしてこちらを見つめている。
ああ、多分これ全く理解できてないけど、嘘をついてるわけじゃないって事にも気づいてる顔だ。
「ごめんな、お前には難しかったな」
こっちの世界じゃ、化学は進んでないみたいだし、仕方の無いことだ。
「んむぅ!」
オリヴィアは頬を膨らませて上目遣いでこちらを睨む。
前だったら罵倒の嵐だったのに……少し丸くなったかもしれない。
「そう言えば、貴方……その、リーシャさんと……結婚、するって言ってたわよね?」
「貴様!俺をロリコン扱いするつもりか!」
「ろりこん……?が何かは知らないけれど、貴方さっきそうやって約束していたわよね?」
「まぁな。リーシャは今日、俺の家に連れて帰るよ」
結婚の話はリーシャが勝手に言っただけの演出だ。
あいつなりのレナードへの嫌がらせだろう。
全く、日本人ってのはどいつもこいつも陰湿でねちっこくて、タチが悪い。
「そう言えば、リーシャとは話できたのか?」
「え、けど、リーシャさんは……」
「あれ?まだ謝りに来てないの?」
「謝りに?」
「うん。あれ、知らないのか?リーシャ今すげぇ落ち込んでるんだよ。私のせいでオリヴィア様を傷付けたーって」
「え?どういうこと?」
「リーシャの奴、お前のことめちゃくちゃ尊敬してるんだってさ。だから、オリヴィアを傷付ける原因になっちまった事を凄い悔いてる」
「知らなかった……」
オリヴィアは少し照れたように顔を伏せる。
その顔がどういう感情を持ってなのか、俺にはイマイチよくわかっていないけれど、彼女が不快でのものではないようだ。
「お前の事、ちゃんと見てくれてる奴はきっと他にもいるはずだ。だからさ、俺が言うのもなんだけど、リーシャのことは許してあげて欲しい」
ささやかな俺の願いだ。
「何言ってるの。私はリーシャに感謝する事はあったとしても、恨んだり憎んだりなんかしないわ。私の努力が足りなかっただけよ」
「そうなのか?ははっ。やっぱお前良い奴だな」
けれど、それと同じぐらい彼女は自分に厳しい。
オリヴィアにはきっと支えが必要なはずだ。
それに、王族に婚約破棄されるなんて事になれば、親からも重圧が掛かるようになるはずだ。オリヴィア自身、ショックな事も多かった昨日のパーティー。そこに更なる追い打ちが待っている可能性さえある。
こいつが、これ以上泣くことになるのは、なんか嫌だ。
「何よ。その上から目線」
「ごめんごめん。お前のことここまで好きになると思わなかった」
初めて会った時は、人を見下す奴かと思ったけど、関わっているうちに、そこには優しさがある事を知って、誘拐犯が来た日、強さを知って、そして今、口には出さない温かさを知った。
やはり、オリヴィアは俺の憧れだ。
「俺はもう今日でお別れだけど、困った時は、いつでも力になるよ」
「貴方ね、いきなり好きとか……。まっ……まぁ、私も?婚約者がいなくなったことで?自由に恋愛とかできるようになったわけだけど?さっきあんなふうに大々的にリーシャさんに告白した後で──」
絶対に、レナードに勝ってほしい。
簡単に倒せるような相手じゃないのは分かってる。
それでも、この準決勝でレナードを倒して欲しい。
「あ、ほら!オリヴィア。リーシャが来たぞ」
後はこの場を2人に任せて、俺は決勝の準備に取り掛かろう。そう。あれの準備をしなければ。
「貴方が本気で好きだと言うのなら私も考えてあげてもいいけど、私は公爵家の人間だし?貴方にも夫として恥ずかしくない程度の礼儀作法は身につけて貰わないといけないわね。でないと子供が生まれた時恥をかくのは──」
俺はブツブツ言ってるオリヴィアを後目に、リーシャと入れ違うようにして、控え室を出ていくのだった。
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