誰かが必要とする時、その場に俺はいない
俺たちのクラスが半壊したあの日から1週間経った。
相変わらず不良貴族に囲まれる日々。
「兄貴は今日のパーティーは参加するんすか?」
「パーティー?」
「そうでゲスよ!明日の魔術大会の前夜祭があるでゲス」
「美味しい料理がたくさん出るでごわすよ!」
「え!魔術大会ってもう明日まで迫ってたの?」
「そうっすよ!……あれ?兄貴、魔術大会が明日ってことは──」
「あぁ、俺、明日で留学期間終わりだわ」
自分で言って自分でびっくりだ。
意外と短かったなぁ。
授業中みんなの詠唱聞きながら胸を痛めて、昼休みになれば不良ボコって、オリヴィアに小言を言われる日々も遂に終わりを告げるということだ。
コイツらと離れるのも名残惜し──くはないな。うん。
「そっすかぁ。兄貴がいなくなったらまた俺達がオリヴィアさんにいびられるようになるんすかね〜」
「お前、俺の事を盾扱いしてたのか?」
「ぎくっ!そんなことないっすよ!な?お前ら」
「そそそそうでゲスよ!」
「当然でごわわわわわわわわすよよよよよよよよ」
嘘下手すぎだろ。もう少し上手く誤魔化せよ。
「どっすか?折角だし行きましょうよ」
「まぁ、思い出作りにもなるか。俺も行くことにするよ」
──〇〇〇〇──
今宵開かれたパーティーは学年末魔術大会の前夜祭である。敷地の最南にあるここ、プルコギ大ホールには高等部の全生徒が集まって、毎年大会への健闘を祈って互いを祝福し合うのだという。
──正直、さっさと帰りたい。
俺は激しく貧乏揺すりをしながら時の流れの遅さを悲観する。
一緒に楽しむ人のいない人間にとって、学生のイベントは全てが苦痛でしかないのは言うまでもないだろう。
俺を誘ったあのアホ貴族共はダンスのお誘い、もといナンパが忙しく全然顔を見せに来ない。
なので俺は、みんなが楽しくダンスやら食事やらをしてる間、俺はホールの端っこでサラダをモサモサ食って時間を潰すしかないのだ。何たる無駄な時間か。
なんか、遠くの方ではオリヴィアが誰かと揉めているし。ほんと、あいつは誰にでも噛み付くんだなぁ……。
これはこれでいつも通りの事ではあるし、モブはモブらしく静かに高級料理を堪能することにしよう。
俺は肉料理を少し多めに取って、スヌードに擬態させたクハクに食べさせる。
「美味いか?」
「はい!主様のあーんのお陰で、ワタクシは幸福感に溺れてしまいそうでございます!」
「ははっ。そっかそっか!」
愛いやつだ。ネギまは何故かクハクを同伴させる事を嫌がっていたみたいだけれど、俺としては本当に連れてきてよかったと思う。
「ほら、もっと食え!」
「はい!」
いいんだ。人と相容れなくても、俺には可愛いペットがいるんだから。
──タッタッタッタッタッタッ
「うぉ!危ねぇ!」
突然、俺の目の前を物凄いスピードで何かが通り過ぎて行く。
あれは──オリヴィア!?
「お前、なんで……」
──〇〇〇〇──
数刻前。
今宵開かれたパーティーは学年末魔術大会の前夜祭である。敷地の最南にあるここ、プルコギ大ホールには高等部の全生徒が集まって、毎年大会への健闘を祈って互いを祝福し合うのだ。
──正直、さっさと帰りたい。
オリヴィアは内心で悪態をつきながらながら時の流れの遅さを悲観していた。
明日の大会に向けて最終調整をしたい彼女だが、何せレナードから重要な話があると呼び止められているのだ。いくら彼女でも断ることはできない。
「あの、オリヴィア様?」
「なに?」
「ひっ」
不機嫌が顔に出ていた為だろう。目の前の少女は小さく悲鳴をあげる。
話しかけてきたのはリーシャという、この学園唯一の平民である生徒だ。強大なる魔力を持つが故に、特別にこの学園への入学が許可された異例の存在である。
先日教室を襲った誘拐犯らしき軍団も、彼女のお陰で追い払う事ができたのだとか。
聞くに、彼女は聖獣とも呼ばれる伝説の妖狐を召喚し、その力を借りて全員を消し炭に変えたのだという。
「先日はクラスの皆を守ってくれてありがとう。貴女にも迷惑掛けたわね」
「え、えっと……その件に関してなんですけど……」
「どうしたの? 煮え切らないわね」
オリヴィアはあわあわとするリーシャに微笑んだ。
オリヴィアは基本的に口が悪い。故にリーシャのような気の弱い人間との相性は最悪と言ってもいいだろう。
けれども、二人の仲が悪いかと言えばそうでもない。リーシャにとって、オリヴィアは唯一己の話を聞いてくれる存在でもある。
実際、ただの平民が公爵家のお嬢様に話し掛けるなど、あってはならないことだ。
それをはオリヴィアだけは許していた。
オリヴィアの知らぬところで、リーシャは毎日のように陰では虐めにあっている。
リーシャにとってまともに会話できるのはオリヴィアくらいだ。故に、あの日も彼女のために、魔法を放つことを選んだ。平民の自分を友達と認めてくれるオリヴィアのためだけに。
「ねぇ、そう言えば、ひとつ気になっていたのだけれど、貴女は本当に自分の力であの誘拐犯を倒したの?」
オリヴィアは彼らと対峙している。
だからこそ、今目の前にいる少女が彼らを一掃したという事実が信じられなくもあった。
あれはたかが学生の分際で倒せる程、甘い敵ではない。
いくら天才的な魔法技術があったとしても、彼女にどうにかできたとは思えないのだ。
「はい。実は──」
疑問に答えるように、リーシャが口を開く。
しかし、それを遮るように、もう一つ男の声が重なった。
「おい、オリヴィア。命の恩人にその態度はあんまりじゃないか?」
「レナード様?」
リーシャの背後から姿を表したのはオリヴィアの婚約者。
彼はカツカツと靴を鳴らしながらこちらへと向かいゆっくりと歩く。
レナードはリーシャの隣まで来たところで、そっと彼女の肩を抱いた。
「えっ……?」
オリヴィアは目の前の光景を深く理解できないまま、レナードの次の言葉を待つ。
「嫉妬とは見苦しい」
「いえ、そんなつもりはありませんわ」
「オリヴィア、お前はずっとそうだ。俺の婚約者になって以降、周りの人間に高圧的な態度を取り虐げてきた。今だってそうだ。リーシャが自分より優れている事を認められず、彼女に対してもそのような物言いだ」
「レナード様? おっしゃる事が私には理解できないのですが……」
突然の事で珍しく取り乱したオリヴィアはレナードの真意を探ろうと、ストレートに聞き返す。
「オリヴィア、君には力がある。だから俺は君が他者を虐げるような人間になっても、目を瞑ってきた」
何を言っているのだろう……?
オリヴィアには彼の言葉の意味が理解できない。
確かにオリヴィアは自分にも他人にも厳しく接してきた自覚がある。しかし、誰かを虐げるような事、一度としてしたことがない。
「レナード様。お言葉ですが、理解しかねますわ。私にそのような覚えはありませんもの」
「全く……白々しいな」
その顔が浮かべるのは嘲笑。
少しずつギャラリーが集まるその場でレナードは見下すようにしてオリヴィアに対面する。
婚約者に向けての態度とは到底思えない。
「おい、ライアン。アレを持ってこい」
「はっ」
体格のいい男はレナードの命令でその場を離れると、しばらくして大量の紙の束を持ってきた。
「これらは全て君に虐げられて来た者たちによる書名だ」
それはあの日、翔太の部屋に置かれていた物と同じ物。
レナードはこの断罪の場に置いて、予め根回しをしていたのだ。
常に孤高を貫き、他者に厳しく、更には王子と婚約者であるオリヴィアをよく思わない者は多くいる。
その者らを集め、覆せぬ事実として彼女に叩き付けたのだ。他でもない、オリヴィアを陥れる為に……
しかしそんな事実、オリヴィアは知る由もない。
彼女は真正面からその偽りの事実を受止め出しまう。
聞きたくもないレナードの声が頭に直接流れては脳を揺さぶるように広がる。
「嘘……みんな、そんなふうに私のことを思っていたの……?」
「それに一部生徒からも目撃証言を得ている」
レナードが視線を向けた先にいた生徒には見覚えがあった。あれは、普段からリーシャを虐めている生徒たちだ。
何度かやめるように注意したことがあるオリヴィアは彼女たちを認知している。
「違いますわ。その人達は……」
「見苦しいぞ、オリヴィア」
「……っ」
レナードのその言葉を聞いてオリヴィアは理解する。弁明の余地はないと。
「君は公爵家の人間で、俺の婚約者だ。例え君が傲慢で、人を虐げる人間だったとしても俺は君を認めていたよ。力があったからね。しかし、今回の誘拐犯の件で──」
少しずつレナードの声が遠ざかっていくような感覚。じわりと絶望が滲んでいく。
──お願い。
──やめて。
──それ以上何も言わないで。
「君には力があった。いや、力しかなかったんだよ。その力でさえ、リーシャに劣る」
──そうか。私はレナード様に捨てられたんだ。
「俺はオリヴィア・カサンドル・ヴァシュラールとの婚約を破棄する」
夕方にリーシャ目線の短いお話を投稿します




