向かい合う強者と挟まる弱者
「うわぁ、しょーた可哀想! 家族ってのは辛い時こそ支え合うべきなのに!」
「私としても同情せざるを得ないなぁ」
「2人ともありがとう。その言葉だけで救われるよ」
〜昨日までのあらすじ〜
俺、春野翔太は高校二年の入学式の日、親の会社が倒産した事を知る。
家族を救う為、お金を稼ぎに異世界に来たのだが、そこで死にかけの魔王と勇者に出会う。
とりあえず俺は2人を助け、恩を着せ、たまたま見つけた洞窟で寝かせた。翌日、つまり今日、2人に愚痴を零している。
〜おしまい。
「しょーたも苦労してるんだね。ねぇ、しょーた! ペトラのお話も聞いて貰っていーい?」
そう言ったのは魔王のペトラだ。
見た目はボンキュッボンのグラマーなのだが、言葉遣いは明るく子供っぽい。
腰まで伸びた銀色の髪が洞窟内の僅かな光を集め輝かせる。
王としての品格か、性格故か、その行動ひとつひとつには自信と尊大さを伺わせる。
多分口を開けて眠るタイプだな。
一人称「妾」とか「わたくし」にしてくれないかなあ。
日本で聞かない一人称だけあって、綺麗な人にはそう言った一人称を使ってもらいたくなる。
まぁ、とにかく今は魔王の──ペトラの話を聞こう。
「私が産まれたのって、いつだか覚えてる? 勇者さん」
「えっと、確か3年前だったかな?」
「そう! 3年前! だからね、ペトラね! 今、3歳!」
「え! 3歳なの? 勇者よりよっぽど育っ──ごめん。なんでもない」
鋭い視線を感じた俺は直ぐに縮こまる。
この世界には明確に殺気というものがあって、魔法など使えない俺であっても感じることができる。
にしてもペトラは凄いなぁ。 魔王と呼ばれているぐらいだしこのスタイルなのだから、何千年も生きているのかと思ったけど年齢だけで考えたら赤ちゃんだもんな。
「右も左もわかんない状況で、魔王として生まれたってだけの理由で怖い人に襲われるこの運命……ペトラもみんなと楽しくお話したりしたかったのに……意味がわかんないよ」
そりゃ確かに意味わからんよな。
まだこの子は3歳だ。その運命はあまりにも過酷過ぎるだろう。
俺なんて3歳の頃はバブバブ言いながら犬のふんつついて鼻水垂らしてたもん。
床に伏せて足をバタバタするペトラの姿は魔王なんかではなく、ただ一人の子供を思わせる。
「まぁ、この子が悪い事をしてなくても、この子の国が悪い事をしてるんだから、仕方の無いことでしょ?」
それが勇者の言い分か。
「つってもさ、俺の住んでた世界じゃ悪い事をする国ってのはあんまりなかったぞ? 勇者さんの言うそれって『都合の悪い事』じゃないか?」
これは勇者の願いを切り捨て、魔王の命を救った俺の言い分だ。
「……それは、まぁ、否定はできないけど……」
「おお! 一般人が勇者に勝った!流石はしょーただ! 論破だ! 論破!」
ペトラはケラケラと笑いながらシュッシュとこちらに指を突き出してくる。
一般人って……まぁ、一般人なんだけどさぁ……。
「なんか今考えると3歳の幼女と引き分けた私って情けないなぁ」
「気にしないでよ、勇者さん! ペトラはとっても強いんだから」
そう言って力こぶを作る魔王のペトラの笑顔は俺の目にはとても魅力的に映った。
何故勇者が魔王に慰められているのかは疑問だったけど。
「そう言えば、翔太も私と大して年齢は変わらないんじゃない?」
光の勇者のリシアが俺に問いかける。
「んー? 多分俺の方が年上だぞ?」
勇者様は決して小柄ではないものの、精錬された身体には無駄な脂肪がほとんどない。──つまりペちゃんこだ。
故に顔が1番の年齢判断基準になってくる。
透き通るような綺麗な金髪は肩の上あたりで整えられている。一見長髪の少年にも見えそうではあるが、戦士に似合わずぱっちりとしたその両眼が女性であることを唯一主張している。
が、やはり戦士故だろう。普段の目つきは鋭く時折見せる笑顔以外の表情には女性らしい要素を見出すのは難しい。
きっと目を開けて眠るタイプだ。
「俺は今年で17になる。勇者は一個下ぐらいか?」
「まさか! 私は今19ですけど?」
「と、年上!? 見ようによっては中学生だぞ!」
「ん? ちゅーがくせいってなーに? ちゅーしたら口が臭かったってこと?」
「あ、あー、そっか、知らないのか。12歳から15歳までの子供が通う教育機関の生徒の呼称だよ」
「そう? じゃそれは私が若く見えるってことなの?」
「え、あ、えっと……」
嬉しそうにしているけれど若いというより幼いというか……。
「でも、ペトラって普通の3歳より精神年齢高いよなー」
勇者への質疑応答に困った俺は華麗に話を変える。
スルースキルだ。
どうだ? スキル発動! 異世界っぽいだろ!
「肉体に精神が引っ張られてるって言われたことはあるよ! あとは寝なくていいからとか?」
「寝なくていい? それになんの関係が?」
勇者のそんな疑問に俺も頷く。確かに疑問だ。
「人間は1日の3分の1を睡眠に費やすんでしょ? でもペトラは寝なくても平気な体質だからずっと起きてたの。それに命が狙われているとなると休む間もなく勉強しないといけなかったもんね。つまり2人よりも精神年齢の成長が1.3倍な感じなかな?」
「だとしても、4歳じゃない?」
確かにそうだ。あんま変わらんぞ。結局のところ、精神が肉体に引っ張られているのが一番の理由と考えた方が良さそうだな。
「そう言えばペトラちゃん。こんな話を知ってるかな?」
「なに?」
「強者の成長は遅く、弱者の成長は早い」
「っふふ。はははっ勇者よ、なかなか言うではないか」
その瞬間──俺の心臓が跳ねた。ペトラの口調にではない。その殺気にだ。
「お、おい、やめろよ!」
2人が少しでも殺気を孕ませればご覧の通り大災害だ。地が割れ、風が伊吹き、天井が落ちてくる。
軽口を叩くだけでこのザマだ。命がいくつあっても足りねぇよ。
「生き埋めにでもなったらどうするつもりなんだ!」
俺は死にたくないの一心で叫ぶ。
だが2人にとって俺の声なんて虫の声とそう変わりない。
圧倒的な力を持つということはつまりこういう事なのだろう。
ただ存在するだけで、周りを干上がらせ枯らしていく。それが強者だ。
弱者にできるのは理不尽を嘆き、ただ祈ること。
「だから俺は異世界になんて来たくなかったんだ……」
俺がいつも小説を通して読むのは物語の主人公の人生だけではなく主人公と関わった者の人生も、だ。
抗えぬ力を前に屈する者たち。
善悪はともかく、人生をかけた努力を全て根元から折られる者たち。
無力であること。力がないこと。それは罪にも等しい。
そして強者との遭遇が罰だ。
「獅子はいつまでもゴロゴロしてるのに比べ、あなた達狩られる側の住人は生まれたと同時に逃げる術を持つらしいね? 」
「ふふっ、よく吠える」
ペトラが嘲笑し、俺にはわからない何かをしようとしたとき──
「あっ……」
ペトラはようやく俺というゴミの存在に気づく。
「しょーた大丈夫だった? ごめんね? 痛くない?」
「あぁ、大丈夫だ」
こいつらの気まぐれに命を振り回されるなんて、たまったもんじゃない。
「頼むからさ、今日は、今日だけは大人しくしててくれよ」
2人が力を出せないうちに和解してもらったとはいえ、昨日まで本気で殺し合っていたのだ。急に仲良くなれるはずもない。
勇者なんて、目を覚ました時は頭がおかしくなったのかと思ったほどだった。
魔王であるペトラへの殺意を撒き散らし、俺共々消し去ると叫び散らし、今ここで仕留めなければと泣き散らし。
もし、あの時勇者に戦う力が少しでも残っていたらと思うと恐ろしい。
その後説得による説得を重ね、 今に至る。
そう考えるとだいぶマシになったって考えるべきなのか?いや、命に危険がある以上マシもクソもねぇな。
お陰様で膀胱ユルユルである。
いつか、失態を犯す前になんとかしなければ……
「まぁ、今回は私も悪かったと思う。ごめん」
「やけに素直だな……」
「別に私も勇者にそこまでの思い入れがあるわけじゃないしね。強さなんて、本当はいらなかったもの」
「そうなのか?」
「そーなの」
この勇者にも何かしらの事情があって、彼女なりの【正義】があって、あの戦場に立っていたに違いない。何となく、これまで魔王の方に肩入れしていたけれど勇者はきっと人のために命を燃やしてきたんだよな。
「そこも踏まえて今度は私の愚痴を聞いてみない?」
「「いや、いいです」」
「え?」
「「愚痴は聞いてもらう分には良いけど聞かされるのは好きじゃない」」
こういう気の強そうな感じの、更には少し知能が低そうな女の愚痴は大体キツい……そう。キツいのだ。
キツさ加減で言えば、200m走<愚痴<小四の頃のズボンのサイズ、的な位置取りになると思う。
「ねぇ、ハモってる!なんでよ! 聞いて! 聞いてー! 私だって聞いてあげたじゃーん!」
そう言って駄々を捏ね出す勇者。この人が1番歳上のはずなのだが?
にしても、わかんねぇなぁ。
この勇者話し方とか態度があまりにもちぐはぐなのだ。キャラが掴みにくい。
「はぁ、やっぱり、この女は地雷だ。殺すべきか?」
どこからか物騒な呟きが聞こえたけれど、とりあえず俺はスルーして、勇者に話すよう促した。
「分かったから話してくれ」
この時の勇者の表情の変わりようは一生忘れられないだろう。ひまわりが咲くような、とはまさにこの事だ。
余りにも美しく咲いたその笑顔に、俺は息を飲む。
「そ、そんじゃどうぞ」
「ごほん、あれは2年前の話ね」
この勇者回想から入るつもりだ……やはり俺の目に狂いはなかった。この話、長くなる……!!!!
「当時私は農夫の娘だった。畑しかないような田舎の村で野菜を育てて生きていたの」
うん。ベタだな。不謹慎だけど、多分この村今頃壊滅してると思う。
「そんなある日、近所に住むおじさんにこんなことを言われたの。『おい、嬢ちゃん。伝説の大根って知ってるか? その大根はとってもすげぇんだ』とね。それを聞いた私の答えは『その話、詳しく』だった」
あー、これもうオチ読めたわ。ペトラもいるし、あえて口は挟まないけどな。
って、ペトラお前人の話を聞いてる時に爪を整えるな。
「私はその大根を手にするためはるばる王国に訪れたの。その大根は祭壇に埋まっていて、選ばれた者だけが抜けるものとのことでね。曰く大国はその大根を抜ける者を血眼で探しているのだとか」
そう言って勇者は腰に携えていた剣を俺たちに見せた。
「もうわかってるみたいね。私は抜いてから気づいたのだけどね、私が抜いたのは大根ではなく聖剣だったの」
「やっぱりこの女馬鹿だ」
またなにか聞こえた気がするけど、んー、いや気のせいだな。
「なんか、勇者様が一番苦労してるなぁ」
1番弱い俺は悩みも1番小さい。
「私のことも名前で呼んでいいよ? というか、呼んで。勇者様って呼ばれるの好きじゃないの」
「そっか、大変だったなリシア」
「ん? 話もう終わった?」
ペトラ、頼むから余計なこと言わないでくれ。
声から子供っぽさを感じる以上に棘を感じるんだ。
「野菜を愛でるだけの女がいきなりむさ苦しい男共に囲まれて、水浴びもできないような環境で、周りの人間がポンポン死んでく戦場で、魔物はキモイのばっかりだし──」
荒れてんなぁ。
彼女の力は望んで得たものではないのかもしれない。
それでもこの世界で生きていくためには、必要なものだ。
「俺が君を羨ましいって言ったらリシアは怒るか?」
「別に。怒りはしない。けど、嫌いにはなると思う。翔太も戦場を見てきたんだから、理由はわかるでしょ?」
「ああ、痛いほどに」
「私もただ平和に暮らしたかっただけ。なのに顔も見たことない誰かのために命をかけるなんてはっきり言って正気じゃやってられない。戦場で振り返れば、昨日一緒にご飯を食べた友人の死体、刃を向けたなら母や恋人の名を口にし、泣きながら息絶えていく人達。『お母さん、お母さん……』って涙を流しながら乞う敵を切り捨てることが、どれだけ辛いか……」
昨日の惨状を思い出し、胃の中のものが上ってくるのを感じた。
中身は一通り昨日全部出したつもりなんだけどな。
「どんな綺麗事を口にしても戦場にあるのは血と叫びだけ。正義なんてこれっぽっちもありやしない」
リシアのその声を聞いて俺は小さく頷いた。
そうか、お前も正義を信じないのか。
俺は魔王を、ペトラを、殺さなかった。殺せなかった。
しかし、リシアは違う。リシアは俺に言ったんだ。勇者として、魔王をペトラを殺せと。
きっとあの戦場に立っていたのが俺ではなくこの世界の人間ならば誰一人躊躇うことなくペトラを殺しただろう。
それだけの覚悟があってもなお生き残るには足りなかった。
俺はこの世界においてあまりにも無力で弱くて覚悟が足りてない。
正義を語るなら正しさよりも強さが必要なのだ。
「俺に正義を語る資格はない……か」
「何か言った?」
「いや何も。俺、ちょっと寝てくる。そろそろ限界だわ」
できることなら2人にはこれ以上殺し合いはしないで欲しい。
もし俺が寝ているうちに2人が争えば俺はもう二度と目を覚ますことはないだろう。
俺はカバンからブランケットを出して顔にかけた。
ペトラの火は寝るには少し眩し過ぎる。
閉じた瞼にはあの光景が今でも焼き付いていた。
なぁ、異世界ものの主人公たちはなんであんなに勇敢だったんだ?
なんであいつらは無情で無慈悲になれたんだ?
どうして人を殺せたんだ?
殺られる前に殺らなきゃいけないとして、俺は人を殺せるのか……?
俺は頭を巡る疑問の答えを出す前に意識を手放した。
空には三日月が登っていた。