おやすみ終わり
所代わって台所。所々に煤けた残骸か見える。
「リリム手伝うよ!」
翔太が声を掛けたのは魔族と人族のハーフで魔女っ子のリリム。
「あ!ありがとう。翔太くんは、何食べたい?」
「そうだなぁ……米がいいかな〜」
「ご馳走だね!」
この世界では米の物価が少し高い。
主な原産地であった東の島国がペトラの手によって世界地図から姿を消したからだ。
唯一そこに関しては翔太もペトラに思う所があるようだ。
「翔太くん、カツ丼はどうかな!この前、頑張って練習してみたんだけど、割と美味しかったよ!」
「おおー!いいな!けど、あれって人数分用意するってなると、結構お金かかるんじゃねぇの?そう考えると、やっぱり鍋とかの方がいいか?」
「今日は翔太くんがせっかく帰ってきたんだもん!少しくらい贅沢しよ?明日は草とスライムだけで頑張るから!」
「それはちょっと心配だな……」
「大丈夫!奴隷の中では意外とメジャーな食べ物だったよ?」
翔太は涙が零れそうになる。
そんな辛い生活をこれまで送ってきたのか……
「これからはちゃんと食べるんだぞ、およよよよ」
「うん、大丈夫。ちゃんとバランス考えてご飯出してるから」
今では料理術のスキルレベルも10になったリリム。更には鑑定眼で良い食材を選んでいるのだから、美味しくないわけがないのだ。
「そっかぁ。リリムは将来いいお嫁さんになるな」
「ほんと?」
「ああ、本当だ」
リリムは翔太がネギを押さえた左手に自らの手を添えるとキュッと薬指を掴む。
「じゃ、じゃあこれからもずっと翔太くんのための料理人でいるね」
少しばかり遠回しな愛の告白。
「マジ?やったー」
受ける男は馬鹿だった。
──昼飯の後、俺はセレナとお話し。
「別に楽にしてくれていいから」
眉毛を八の字にして上目遣いでこちらの様子を伺うようにして、セレナは正座していた。
「けど、翔太様怒ってるでしょ〜」
「別に怒ってないって!」
「嘘だ!怒ってる!」
「怒ってない!」
「怒ってる!」
「怒ってない!」
「怒ってる!」
「怒ってない!」
「怒ってる!」
「怒ってないって言ってんだろーが!」
「うわぁ、怒ったぁー!!!!」
「ったく……。学園の件に関しては、大丈夫だから。今日俺が帰って来たからずっと隠れてただろ?気にしなくていいから!」
「けど、翔太様疲れてそうだったし……」
「そりゃ、まぁ大変っちゃ大変だけどさ、悪い事だけじゃねぇよ?」
主に個室があるところとか。
「そっか、わかった。ありがとう、翔太様」
「それで、聞いておきたいことがあるんだけど」
「な、なに?なんでも聞いて?ちなみに私の好きな食べ物はねぇ……」
通常運転になったら通常運転になったで面倒だった。
「それでなんだけどさ、セレナのお店に入った新入りの料理人は誰のお抱えなの?」
「えっと、オリヴィアって名前だったかな。この国の公爵家のご令嬢様だって言ってた。見かけた?」
見かけたどころの話じゃない。ガッツリ交流したわ。
「あいつ、シレーナの弟と婚約してるらしいぞ?いくら料理人とは言え、喧嘩売るのはマズかったんじゃね?」
「あー、そうだったんだ!通りてクビになるわけだ」
「いや、軽々しく言ってるけど、お前クビになったんか?」
「なったなった!まぁ、いいけどね。店長もセクハラ野郎だったし。翔太様との〇〇〇とか毎晩✕✕✕が〇〇〇とか〇〇〇〇〇〇したら〇〇〇になるけど✕✕✕✕✕よりも✕✕しながらの〇〇〇がいいだとか、〇〇〇気味の✕✕✕が〇〇とか、翔太様には〇〇の後に✕✕✕✕✕したらきっと〇〇〇だけど、これは脱水症状になる可能性があるから──」
「わかった。お前の元店長の話はもういい。つまりお前は、今無職だってことだな?」
正直、この子の収入がなくなると我が家の家計が少し厳しくなる。流石高級旅館で働いているだけあって、彼女の月収はなかなかのものだった。
「ううん。仕事はしてる!」
「してるのか?」
「良くぞ聞いてくれた!実は蕎麦屋さんの配達してます」
クセが強いなぁ〜。
「まぁ、そのうち旅館には復活できると思うよ!あの料理人がいなくなるまでの一時謹慎みたいなものだから!」
安心できねぇ〜。
オリヴィアが俺に突っかかってくる理由のひとつは多分、そこにあったのだろう。
事前に料理人の方から留学について聞いていたのだと思う。それでも、そんな俺を助けてくれた辺り、やはり悪いやつではないのかもしれない。
いや、あの態度じゃやっぱりただのゴミ掃除の一環か。
まぁ、そんな感じで久しぶりに家族たちと楽しく過ごしたわけなんだけど、結局リシアとは1度も話さなかった。というか、顔を見てない。逃げたな……。
「ペトラ、頼む!」
「うんっ」
王都に着いた頃にはもう日が沈んでいて、空は夕焼け色に染まっていた。
「じゃあな、ペトラ」
「うん!行ってらっしゃい!」
俺は少し、寂しさを感じながらも、学園へ向かって歩く。夕飯、食べてくればよかったなぁ〜。
そんな後悔を胸に、学園近くの小道に差し掛かったところで、黒いローブに身を包んだ女の人とすれ違う。
あれは……人殺しの臭いだ。
俺はその人から離れるために、少し歩く速度を上げる。
「ねぇ、どうして逃げるのかしら?」
「っ!」
背後からの声はやたらと近く感じた。
ゆっくりと振り返るとそこには先程の女性の顔。
「この距離を一瞬で……?」
一度は言ってみたいセリフを言う機会にあったというのに、全然嬉しくない。
敵感知に反応しないのが逆に気持ち悪い。
「あ、あの、僕……門……限で……」
必殺、クソザコナメクジアピール。
「そうなの?少しお姉さんとお話ししない?」
「い、いえ、結構です……門……限でしゅので……」
「あら、真面目さんねっ。でも、男の子なら少しくらい楽しんで行っても良いんじゃないかしら?」
そう言ってお姉さんは胸を強調する。
でっけぇ〜。
その胸は男の理性を、吹き飛ばすには十分なサイズだ。
俺の目も釘付け。
「でも……門……限でしゅので……」
俺は自制心のメーターをどうにか捻じ曲げて、頑なに拒否する。この人と関わるのは本気でまずい気がしたのだ。
「本当にちょっとだけよ。そんなに門限が重要なの?」
「それは、はい。そうでしゅ。人としての沽券に関わる問題でしゅので……」
「それは言い過ぎじゃないかしら?」
「いえ、でも、本当に……ああ、まずいでしゅ!門限でしゅ!門限!これ以上は肛門が限界でしゅ!失礼しましゅ!」
俺はダッシュでその場を走り去る。
社会的に死ぬにはまだ若過ぎだ。
いや、まぁ別にトイレに行きたいわけじゃないけどね。
ただ、これ以上この人の近くにいたら脳みそがおっぱいで埋め尽くされそうな気がしたのだ。
「ちっ」
その場に残された女性は舌打ちをひとつと、そのまま踵を返す。
「こちら、β班より通達。アレの設置は完了したわ。生徒の一人に遭遇したけれど、特に疑われた様子もない。私の魅了が効かなかったけれど、トイレを我慢していただけのようだっし、恐らく任務に害はないはずよ」
「こちらα班、了解。周囲を警戒しつつ、準備を進めろ。作戦は8日後に決行する。念の為、その生徒を見張れ」
「了解」




