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疎く、弱く、脆く



 初めてバレンタインチョコ貰っちゃった。


 今朝、寮を出てから一限が終わるまでに既にチョコレートが3つ俺の手元にあった。


 ここは貴族しかいないような学校。

 当然の如く、他者との繋がりが大事になってくるので、多分これは社交辞令の一環の産物だろう。


「まぁ、俺に王族とのコネを期待してるなら無駄だけどな」


 ルーザスで王国は傀儡国として一応残ってはいるが、かなりひどい環境だという噂はよく聞く。俺にチョコを渡したところで、俺が持つコネなんて魔王と勇者だけだ。


「チョコか〜」


 それにこの世界じゃチョコレートはかなり高級品だ。

 我が家の近くの森にはカカオが成っているので、空間魔法で抽出すればいつでも食べ放題だが、普通は王族、貴族の中でもかなりの嗜好品だったはずだ。

 安値で手に入るものじゃない。それをわざわざ貰っちまった訳だ。


 少し申し訳ない気持ちになる。

 

 けど、だからといって、チョコレートを貰えたことを喜べないかと言えばそんな事はない。普通に嬉しい。というかめちゃくちゃ嬉しい。ぶっちゃけ小躍りしたいくらい。山に向かって叫びたいくらい。

「チョコか〜」

 俺はニヤニヤしながらその事実を噛み締める。



「ご、ごきげんよう……ショータさん」


「こんにちは。今日()華やかで美しい髪飾りだね。君の魅力を更に引き立ててるよ」


 今目の前にいるのは……誰だろ、多分クラスメイト。

 関わりがないどころか、顔を見るのも初めてだ。

 俺の方もいつの間にかこんな挨拶が身についていた。主にリシアのお陰である。


「えへへっ、ありがとうこざいます。それでなんですけど……あの……これ、チョコレートです。受け取って頂けますか?」


 顔を赤くしながら差し出してきたのは可愛いリボンで閉じられた小さな箱。今日で4つ目だ。


「いいの?くれるってんならありがたく頂くけど」


「勿論です!ありがとうございます。それじゃ、また〜」


 何故か逆にお礼を言って去ろうとするクラスメイト。


「待って!」


 俺は手を掴んで呼び止める。


「俺は多分、君の期待に応えることはできない。けれど、君が困った時には必ず俺が隣にいて、力を貸すと約束するよ」


 俺は貴族じゃない。だから、コネなんてない。

 けど、俺個人のチカラでいいのなら、きっと彼女の役に立ってあげられる。


「そうですか……ありがとうございます」


 しかし、何故か今度は少し悲しそうな笑顔でお礼を言って彼女は消えていった。


 何か間違えたか?


 まぁいい、一応後で名前も覚えとこう。


 俺は手のひらサイズの赤い箱を魔法袋に入れ、二限の準備に取りかかるのだった。



──〇〇〇〇──


「あなた、何ひとりでニヤニヤしてるの?」


 昼休み、いつもの訓練所裏ではなく、図書室に行こうとするとおだまりさんに声をかけられた。


「オリヴィアよ!」


 間違えた。

 てか、なんでいんだよ……。神出鬼没過ぎんだろ!

 明日から100歩置きに虫除けスプレーしようかな。


 ちなみに今日は一人で行動。

 あの不良野郎共、少しでも女子と接触しようと食堂で飯を食っているらしい。

 当日に頑張ったところで意味なんかないだろうって俺は思うんだけど、あいつら何か考えでもあるのだろうか。


「今日ってバレンタインだろ?義理とはいえ、チョコレート貰ったことなんてなくてさ、ちょっと嬉しくなっちゃって」


 わざわざ自分のために用意してくれたものを直接渡される。この行為がどれだけ男の心を幸せにすることか。


 去年まではバレンタインデーを恨んでたけど、今は早く来年になって欲しいとさえ思う。


「貴方、本命の方も断ったのでしょう?」


「本命?俺は本命なんて貰っていないぞ?」


「あら?パウラさんがさっき落ち込んでいたのは貴方のせいじゃなくて?」


 ──パウラさん……パウラさんと言えば今日の一限終わりに俺のところに来た子の事だ。さっき調べた。


「確かにチョコレートは貰ったけど、本当に俺のせいか?」


「なら貴方のせいでしょう。彼女がチョコレートを手渡したのは貴方だけだったはずよ」


「マジか!全然気づかなかったわ」


 俺、知らず知らずの間に女の子に告られてたの?

 初だ!初だよ!母さん!

 今夜は赤飯や。


 俺、これまで母親に貰ったチョコレートと姉貴が貰ってきたチョコレートしか食べてこなかったのに……ついに、ついに〜!


「あの子、振られたのに何故か嬉しそうだったわ。貴方一体何をしたの?」


「落ち込んでいたのでは……?」


「女の感情は複雑なのよ。普段は休み時間の度に貴方の話をしてくるのに、今日は1回しか来なかったわ」


 そうなのか。一体俺の何を話してたんだ?


「別に何もしてねぇよ。期待に応えることは出来ないけれど、困った時は力になるって言っただけだ」


 ──あぁ、そうか、なるほどな。納得。

『期待に応えることはできない』ってのを俺はコネは得られないって意味で使った訳だけれども、あの子はお付き合いはできません、って意味で受け取った訳か。


「誤解だって言った方がいいか?俺、てっきり義理だと思ってたんだけど」


「やめた方がいい。誤解だったところで、その様子だと貴方にその気はないのでしょう? 2度も振るなんて残酷な事、あの子にしないで」


 それもそうか。真っ当に生きてる貴族様と誘拐犯じゃ、どう頑張ったところで相容れないしな。


 こいつ、意外と優しい奴なのかもしれない。


「お前は誰かにチョコレートを渡したりしたのか?」


「ええ、勿論よ。今朝渡したわ」


「へぇ〜、お前みたいな奴でも恋したりするんだなぁ」


「まぁ、恋とは少し違うのだけれどね。私には婚約者がいるから。その人に渡したのよ」


「え、まじで!お前みたいな奴と婚約するような奴いんの?」


 今日1番の衝撃である。チョコを貰えたのもびっくりだし、本命が混じってたのもびっくり、けど、こいつと婚約する様な奴がいることの方が何倍も驚きだ。


「貴方死にたいの?」


「いえ、違います……」


「私の婚約者はこの国の王子、レナード様よ」


 ものすごいドヤ顔だった。他の追随を許さないドヤ顔。

 嘘をついた訳でもないのに鼻が長くそそり立っている。


 オリヴィアはそれを言いたいが為にわざわざ俺に話しかけてきたんじゃないかと思うぐらい、誇らしく、待ってましたと言わんばかりに、嬉しそうで──


「はっくしょーん」


「うわっ、汚いわね。唾を飛ばさないで!口に入ったじゃないの!」


「あぁ、悪い。なんか、鼻がムズムズしちゃって」


「ほんと、パウラさんは貴方のどこがいいのかしら……」


 それは俺も気になる。


「まぁ、そう言うなよ。それで?婚約者がいるんだっけ?」


 俺は初めての本命チョコレートという事で、ニヤけそうになる顔を必死に抑えるため、興味はないけれど、オリヴィアの話を聞くことにした。


「えぇ、そうよ。私の婚約者はレナ──」


「はっくしょーん!」


「ほんと!いい加減にしなさい!きったないわね!」


 オリヴィエは顔を赤くして怒りながらハンカチで顔をゴシゴシ拭く。


「いや、待ってくれよ。くしゃみってのは本来2回連続出でるもんだろ?」


「手で抑えるか、違う方を向きなさいよ!」


「躱せないお前が悪い」


「お前が悪いに決まってるだろうが!」


 耳に響く声。

 いよいよ口調が崩れてきた。こりゃ本気で怒ってるな。


「それで?お前王子様と婚約してるのか?」


「……ええ。そうよ。驚いたかしら?」


 流石は誇り高き貴族様。感情を殺すのがお上手である。

 オリヴィアはふっと息を吐くといつも通りに戻っていた。


「ああ、びっくり。お前は正義の味方っぽいところがあったからな。あいつとはむしろ仲が悪いと思ってたよ」


「どういう事かしら?」


「ん?……あれ?」

 ああ、そうか。なるほどな。


「だから、何よ」


「いや、なんでもない。それじゃ、俺は図書館に用があるから。またな!」


「ちょっと待ちなさいよ!」


「なんでもないって!それに、あんまり俺にしつこく構ってると婚約者さんに変な誤解されちゃうかも知れないぞ?」


 チラッと俺が視線をずらすと、オリヴィアも釣られるようにして視線だけを動かす。騒いでいたのが図書室の前だということもあって、周囲からの視線を集めてしまっている。


「! ……ええ、そうね。失礼するわ」


 オリヴィアは渋々といった感じでその場を離れる。不満そうではあったがそれも仕方ないだろう。

 

 それに、俺の方としてもオリヴィアと関わりを持つのはできるだけ避けたいのだ。

 オリヴィア本人は別にいい。問題は彼女の婚約者だ。


 この国の王子──レナードといえば、つまりはシレーナの弟の事だ。そして、実の姉を冤罪に掛けて殺そうとした男だということ。


 俺からしたら絶対に関わりたくない要注意人物だ。


 彼女の様子を見るにその事実を知らないのだろう。

 婚約者がそんな事しておいて、黙っていられるような人間でもないだろうしな。


 俺的には、それはそれで別にいいとは思う。知らない方が幸せな事って探せば色んなとこに転がっているもんだしな。ただ少し心配なくらい。俺が気にすることなんて何もありはしない。

 

「ふぅ。穏便に終わってくれよ、俺の学園生活……」


 俺は少し大きめの扉を開いて図書室へと入る。


 すると、このタイミングでここに来るまでずっと鳴り響いていた敵感知が鳴り止んだ。俺の存在に気付いて、慌てて()()を取り止めたのだろう。


 やっぱりここだったか……。


 俺は本を読む振りをしながら、不自然な点を探すも、結局休み時間の終わりまでその正体を掴むことができなかった。


「まぁ、そんな気にしなくてもいいかな」


 軽々しくそんなことを呟き、教室へと帰る。


 それが俗に言うフラグである事を知らずに……

 



ブックマークありがとうございます!


相変わらず翔太はネガティブ思考。

そろそろ主人公っぽくなって欲しい

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