一城の王女二乗の参上
「あ、カロリーヌじゃん!」
春野翔太に誘拐され、今後の生き方に不安を感じていたカロリーヌを迎えたのは隣国の王女にして彼女の友人。
──シレーナ王女だった。
「相変わらずいい感じにカロリーを蓄えてるのね。さぞかし美味しいものを食べてるんでしょうね?」
シレーナはニヤニヤしながら、カロリーヌの胸を鷲掴みにする。
「……いたっ! いたたたた、痛いです!」
これが普段は気品に飾られた王女達のプライベート時の挨拶。二人は同じ系列の学園の姉妹校に通っていたため、時々交流する機会があったのだ。
「シレーナさん生きてたんですね。公開処刑って聞いてたので……」
「あぁ、そうなんだよね! リシアさんが助けてくれなかったら私死んでたよ」
彼女はなんでもなかったかのように笑うが、勢力争いの末、実の弟に冤罪で殺されそうになるという辛い体験をしている。普通なら人間不審になってもおかしくない。
まぁ、男尊女卑のこの世界で女性であるシレーナが勢力争いをできる時点で、彼女のポテンシャルの高さは十分に伺えるのだが。
「私よりもカロリーヌの方が大変だったんじゃない?」
「えぇ、まぁ……」
「今日はゆっくりして羽を伸ばした方がいいよ──お話、聞かせてよ!」
こうして王女達は苦労話に花を咲かせるのだった。
──〇〇〇〇──
しばらく続いた数少ない友人との語りはエルフの女性の声によって終わりを告げる。
「シレーナさん、カロリーヌさんに風呂の入り方教えてあげてください」
「わかった。行こっかカロリーヌ」
「待ってください! 貴女、私はともかくシレーナさんへのその態度! 許されることじゃありません!」
相手はエルフ。ただでさえ奴隷階級の種族だ。本来口を効いていい様な身分じゃない。それどころか敬称さえ「さん」だ。礼儀など存在しないとばかりの不敬な態度。更にはシレーナさんに仕事をさせようとしている。どれをとっても有り得ない。
「みんな捕まっちゃったんだから、今はみんな等しく奴隷でしょ? 仲良くやっていかないとじゃない?」
「ですが……」
「相変わらず堅いなぁ、カロリーヌは。──ごめんね、エレナさん」
「いえ、わたくしは別に……」
「シレーナさんが謝る必要は……!」
「あんたが謝らせてんの。ほら、行こ!」
納得……いかない。シレーナさんはプライドを無くしてしまったのだろうか。彼女の今の口調もそうだ。これはプライベートの時の口調。つまりは今のこの周りの人たちに対して心を開いていることに他ならない。
「何してるの? 後がつっかえるから早くして?」
またしても、王女に対するその言葉遣い。上からの態度。私は反論しようと振り返るが、そこにいたのは光の勇者、リシアだった。
「リシアさん……」
「なに?」
「リシアさんはここの主なんですよね?」
「うん。まぁ、そんな感じ」
「この人達、なんなんですか?」
「この人達? エレナは私の家族だよ?」
「家族……?光の勇者ともあろう貴女と奴隷の彼女がですか?」
「そう」
「……っ!それ、おかしいですよね? 奴隷はしょせん奴隷ですよ?」
「でも、翔太が決めたことだから」
「貴女は何とも思わないんですか?」
「別に? というか、なんで貴女はさっきから怒ってるの?」
「え?」
「貴女も奴隷だって理解してるの? 貴女はもう王女じゃない。別に私としては今から不眠不休で働いてもらっても構わないのだけど?」
勇者とは思えない言葉にカロリーヌは思わず絶句する。あれもこれも全て春野翔太の影響だというのだろうか。
「とりあえずお風呂! カロリーヌってばさっきから臭うよ?」
「だそうよ。早くして、王女様?」
「……わかりました」
──〇〇〇〇──
「こうやってここを捻るとお湯が出るの。こっちが水ね」
そこで私が見たのは王城にもないような設備だった。
二人で入るには広すぎるような浴槽に加え、しゃわー? という魔道具。
──ザポーン
変わった床や壁の造りに目を奪われていると突如浴槽から水しぶきが上がる。
「最長記録ー!」
「うぅ。悔しい」
そこにいたのは犬の耳と尻尾を生やした獣人族の子供と、額に張り付いた銀色の長髪をかき分ける豊満な肉体を持つ女性──魔王ペトラだ。
「ペトラちゃんもっかい!」
「いいよ? せーのっ」
そう言って再び潜り出す二人。
「仲良いよね。二人はいつも一緒に遊んでるの」
それこそ悪い冗談にしか聞こえない。獣人族と魔王が一緒に遊ぶ? ふざけている。
今だって私は膝がガクガク震えていて腰が抜けそうだと言うのに。
「またペトラの勝ち!」
「んんぅ! 後でチェスしよ! チェスで決着!」
「やだ! ペトラ一回も勝ったことないもん!」
「えぇ、ペトラちゃんずるいよ!」
きゃっきゃと笑う二人を見てカロリーヌは目を細める。
なんだと言うのだ。みんなして、馴れ合って、それが普通だと言わんばかりに笑い合って。
まるで私の方がおかしいとでも言わんばかりの態度して……正しいのは私の方なのに。
「ほら、カロリーヌ。ちゃっちゃと身体洗ってお湯に浸かろう。気持ちいいよ!」
「冗談じゃないです。獣人が浸かった浴槽なんかに入れるわけありません!」
「──おい。お前、今なんて言った?」
「……っ、魔王レミレ」
不可視の速さで目の前まで詰め寄った魔王はカロリーヌよりも少し高めの視線から彼女を見下ろすように──見下すようにして視線を交わせる。
「あまり調子に乗るなよ?」
本能から屈服させるようなその声はカロリーヌの耳朶を打ち脳に染み込むように広がっていく。
「ごめんね! ペトラちゃん。この子まだ王女様気分が抜けてなくてさ」
「……そうなの?じゃあ仕方ないね。ほら、ミリィに謝って!」
「ご、ごめんなさい……」
「いえ、大丈夫です……」
「はい、仲直り〜。じゃあチェスしに行こっか!」
「うん!」
カロリーヌ達と入れ違うようにして風呂を出ていく魔王達を呆然と見ながら、命拾いをした事を静かに安堵する。
彼女が子供のようにコロコロと機嫌が変わるような人間でなかったのならカロリーヌは今この瞬間に死んでいてもおかしくなかったのだ。
──なんなんですか……もう。
恐怖や憤り、様々な感情に胸を縛られる。
それでも、ここでの生活を受け入れなければならない。
──生きたいと思ってしまったから。
死んでしまったら何の意味もない。
生きてこそなのだ。
それが、たった今死を目の前にしてカロリーヌが辿り着いた境地。
「それでも私は王女として生きます。心だけはいつまでも王女のままです。その誇りだけは絶対に捨てたりなんてしません」
「カロリーヌは全裸でそう言った」
「黙ってて下さい!」
「こっわー」




