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行くさ



「うおっ!」


 起床と同時に、俺は勢いよく状態を起こした。

 真夏の大冒険でも終えてきたかのような汗が、首筋を伝っていた。


 なんか今日凄い夢見た気がする!

 内容はあんまり覚えてないけど、子供が出てくるような夢だったと思う。なんか喧嘩? みたいなのしてて、俺があやしてた……のかな?


「んあー」


 家族が魔王族という種族になってから1ヶ月が経ったのだが、あの日以来こういう夢を見ることが増えた。

 


 寝たのになんか疲れちゃったよ。

 これから二度寝でもしようかなーと、弱い心が俺を誘うが、俺は意を決して布団を捲り、立ち上がった。


「おはようございます〜」


「………うん。おはよう、ムム」


 この人、勝手に潜り込んで何をしているのかな。


「ふわあ〜。いい朝ですね」


「服を着ろ服を!」


 昨日寝た時はいなかっただろうが。

 いつの間に忍び込んだんだ?

 というか、俺が見た夢は十中八九ムムの仕業だろう。

 悪夢ではなかった……はずだけど。何が目的なんだ?


「まだ朝も早いし、一緒にランニングでもどうだ?」


「えーっと〜」


 ああ、ダメだこの人。

 ムムはもう魔王族になったとはいえ、元がサキュバスなので、夜はめっぽう強いが逆に朝には弱い。ぐしゃぐしゃと寝癖のついた赤髪を掻いたムムは、せっかく起こした状態をパタリとベッドに倒した。

 完全に二度寝の姿勢である。


「しゃーねぇ。リシアでも誘うか」

 

 リシアは我が家でも一番の早起きだ。

 最近は城の裏でも畑を耕しており、野菜を愛でる日々は続いている。


 俺はクローゼットからジャージもどきを取り出すと、さっさと着替えて部屋を後にした。

 廊下はシンと静まり返りやや寒い。

 俺も普段は起きるのが遅い方なので、大抵寝起きは廊下で誰かとすれ違うのだが、今朝は誰もいなかった。


 独りを寂しいと思う自分が、なんだか面白い。

 それを成長というのか退化というのかは分からないが、悪い気はしないな。


「ははっ」

 

 ひとり笑いながら城を出てる。

 たまには早起きも悪くない。

 キノが手入れをしてくれている庭園を抜け、少し歩いたところに小屋を見つける。それは普段リシアが農具を収納している小屋だ。


 俺が日本に残してきた唯一の友人が異世界に送ってくれたタブレットには、農業に関する現代知識のノウハウも沢山記載されていた。

 そのデータをきっかけに、品種改良という概念にハマってしまったリシアが、土壌や気温、水などあらゆる環境での野菜の成長を試すため、大量の魔石を購入した。

 それこそ、小屋がいっぱいになってしまうほどに。


「すげぇ量だな」


 チラッと覗いてみたが、同じ水の魔石でも、いくつもの種類があった。彼女の本気具合がとてもよくわかる。

 俺が感嘆の声を上げながら感心していると、遠くの方からこちらへと歩いてくるリシアを見つける。

 首にタオルをかけて桑を担ぐ姿は俺がイメージする農家そのものだった。


「おはよう翔太。珍しく早起きなんだね」


「おはよう。リシアこそ、今日も朝から精が出るな」


「まあね。と言っても順調、とは言い難いけど」


「そうなのか?」


「交配育種? だっけ。それが全然上手くいかなくてね。私がこれまでやってきたのはせいぜい大きな実がなるものと大きな実がなるものとを掛け合わせる──程度のものだったから、味だとか、水分量だとか、土への耐性だとか、考え出したらキリがないよ。いっそうのことアマゾネスにでも助言してもらおうかな」


「アマゾネスって……たしかにうちにもいるけどな。まあ、元ってことになるけど」


 アマゾネスはこの城よりも北の方にある集落に住んでいるらしい亜人族だ。根っからの戦士で、若い者は強い男を求めて旅に出る風習があるらしい。彼女たちは強者の匂いに敏感で、相手を厳選しているという意味では、リシアのいう交配育種に通ずるものがある。


「けど、あの子には無理だろ」


「同感」


 うちにいる子はエルネスタが経営している冒険者ギルドから引き抜かれてきた──いわばスピカの後輩にあたる子なのだけれど、大の野菜嫌いなのだ。

 黒髪褐色、腹筋バキバキの13歳。肉しか食わない。

 反抗期真っ只中である。


「まあ10年後に期待ってところかな」


「地道だな」


「かもね。でも、だからこそ、楽しいのかも」


「だな」


 その後は結局リシアをランニングに誘うことはなく、野菜について色々と議論したり、彼女の入浴中に、昨日出た洗濯物を干したりしながら朝食の時間を待った。



「「「いただきまーす」」」


 

 今日の朝食は米だった。珍しい。

 ペトラが極東の島国を丸ごと世界地図から消し飛ばして以来、米はかなりの高級品になっている。

 それが朝から出るということは、我が家では喜ばしいことであると同時に、何か厄介事が起きた合図でもある。


「皆さん、こちらに注目お願いします」


 ほらね。


「次期魔王候補のひとり──嫉妬が力を伸ばしていることは周知の事実だと思います」


 ……?


 嫉妬って、たしかあのハーピィだったよな。

 あいつが何かやらかしたのだろうか。

 レベッカが説明に「周知の事実」という言葉を使った以上、ここで知りませんとは言えない。後でこっそり誰かに聞こう。

 

「どういうわけか最近になって急激に力を伸ばした嫉妬は他の魔王候補を撃沈させ、昨夜ついに怠惰が敗れました。こうなってしまった今、魔族領で彼らに対抗できるのはソノちゃんだけでしょう」


 レベッカは淡々と語るが、状況はかなり進んでいた。

 俺がハーピィ領に訪れてから、まだそんなに時間は経っていない。それなのにあの嫉妬とやらはここまで盤面を動かしていたのか。あまりにも展開が早すぎる。

 あの時はそれほど力を感じなかったし、好戦的にも見えなかった。


「ただ厄介なのが、彼が動かしている軍が魔族領以外にもあるという点です。昨日の今日で、新たに軍を動かし始めました。どうやら目的はシレーナ様の城のようなのです」


 まじか。

 さすがに他の家族たちも動揺したようで、ざわざわと声が上がる。シレーナが黒の方舟と繋がっていること、そして光の勇者が味方であることは世間でも広まっている。

 そんな状況下で、シレーナを狙うということは、黒の方舟に真っ向から喧嘩を売ったことに他ならない。


「その勢力は? どこの兵なの?」


「どうやらサーレル家の謀反のようですね。嫉妬に唆されたみたいです。軍の規模はおおよそ1000から2000かと」


「1000から2000っ!?」


 誰かが驚きの声を上げる。

 驚くのは無理もないだろう。

 だってそんなの──


「少なすぎませんか!?」


 これまで国を相手にドンパチしてきた俺たちは万単位の敵と渡り合ってきた。一貴族が用意できる兵として考えれば、1000から2000というのは決して少なくないが、うちの家族の価値観には当てはまらない。

 この世界は量より質だ。強力な精鋭を集めた俺たち相手では最低でも十万は必要になってくる。


 恐ろしいことに、我が家には数千人規模の敵を相手にひとりで殲滅できるような化け物が何人もいる。

 俺はどちらからというとタイマン特化なので殲滅力はないが、それでも戦えなくはないかもしれない。


 神にばかり目を向けていた結果、他の人類を置いてけぼりにしてしまった。これじゃあ、魔王族という種族になってしまってもおかしくない。明らかに生態家のバランスを崩している。


「あ、あの……。ちょっと言い難いんですけどー、実はサーレル家って言うのがー、私の友人の家でー」


 集団でいるときは比較的おとなしい方のキノが手を上げて発言する。立ち上がった彼女の背は丸まっていて、どこか気まずそう。


「いやー、えっとー、まあ、色々あってですねー、なんというかちょっと煽っちゃったんですよねー」


「……煽る、とは?」


「プロポーズされたときに、私が欲しいなら世界を敵に回してみせろ、てきなー」



 「…………あはっ、あはははははははははははは! さすがはキノ先輩です! おもしろーい!」


 シーンと静まり返る室内で、理沙の笑い声が反響する。

 いや、あまりのスケールの大きさに、俺も思わず苦笑いをしてしまう。そんなセリフ、余程の大物じゃなきゃ、言えないだろう。


「すみません、私にはよくその発言の意図が分からないのですけれど」


 レベッカは何を言っているんだとばかりに難しい顔をする。そこに関しては俺も同感だ。なんで世界を敵に回すんだよ。


「だって、影響力を考えれば、この世界はもう私たちが掌握しているようなものじゃないですかー。そんな組織のトップであるあるじがー、私を手放したくないって言っている以上、世界を敵に回すだけの覚悟がなきゃ無理ですよねー」


 なるほど。たしかにその通りかもしれない。

 でも、俺っていつキノのこと手放したくないって言ったっけ?

 俺はキノのことを大切に思っている。彼女がここを離れることを幸せとするなら、俺はそれを止める気はない。


「で、その結果、本当に世界を敵に回そうとしてる、と。なかなかどうして愛されますね」


「いやあー、モテる女は辛いよねー。まさに傾国の美女って感じかなー」


「ふむ……では、提案なのですが、サーレル家とやらにキノさんを嫁がせてはどうでしょう? そうすれば無駄な戦争を起こさずに済むのでは?」


「さ、賛成です! とってもいい案だと思います!」


「ちょっ、リリムちゃんーっ!?」


「そうですね〜、私、何となくキャラが被ってる気がしてました〜」


「語尾を伸ばすしゃべり方は私が先だと思うんだけどなー」


「おめでとう。そしてさようなら。お幸せに!」


「ちょっ、この人達意外と薄情じゃないかなー」


 助けを求めるようにキノがこちらに視線を向けてくる。

 キノはどうやら、これからも俺たちと一緒に居たいと、そう思ってくれているらしい。だったら俺の答えは一択だ。


「──俺は以前からこの組織は自由恋愛可だと言ってるよな。みんなが幸せになれるなら、俺は祝福するし、俺自身も誰かを好きになったなら、その人と添い遂げたいって思うだろうぜ。けど、くだらない男に渡すくらいならキノは俺がもらう。例えそれがキノの意に反する行いだとしても、俺はキノの家族として断固拒否する。絶対に渡さねぇ。──だから今から見極めに行こうぜ? 果たしてその男が数度に渡る黒の方舟の面接を乗り越えて、俺と勇者と魔王とエンシェント・ドラゴンと聖獣を見事倒せるだけの男かどうかを! そんだけの器を持っているのなら、俺たちは素直に祝福するべきだ!」


「…………………………いや、無理じゃん」


「本当に祝福する気あります?」


 あれ。なんでみんなそんな呆れたような顔してんの?

 俺なりに覚悟決めて言ったんだけど。


「な、なんだよ! 百歩譲っても俺より強くないと安心して任せらんねぇよ」


「その時点で人類は選定から外れてるんだよなあ」


「俺だってここまで強くなれたんだから、本気で頑張ればそいつらだって強くなれるはずだろ?」


「1日1回は瀕死になるくらいの訓練をしてる人間が、この組織の他にいると思ってるの……?」


 それは確かに、そうだけど……。


「でも俺は本気で大切な人のためなら命くらい張れるぞ。これまでだってそうやって生きてきたし」


「愛が重い」


 愛が……重い……!?


「あ、落ち込んでる」


「こほん。少し話は逸れましたが、私もこの組織の未来については色々考えているのです。このまま戦が本格化すれば、またいくつもの無駄な犠牲が生まれることでしょう。それは悲しいことだと思います。平和な世界を、私たちは望むべきだと思うのです」


 かつては帝国を震撼させた暗殺者、そして今は喫茶店でマスターをしているレベッカ。世界の裏と表を見てきた彼女は言う。



 ──もうやめにしませんか。

 

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