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家出の兆し



 ムムが帰って来たからといって、浮かれている場合ではない。現在、魔族領では次なる魔王の誕生を目的とした内乱が始まろうとしている。


 元々魔族の国は他種族国家である。

 邪神により召喚されたアスモデウスが、力ある部族の王族から嫁を貰い統治することでまとまりを見せたが、彼が地上に姿を現さなくなって以来、その確執は再び広がり始めている。


 人族の王が血で引継がれるのに対し、魔族の王は力で引継がれる。力こそが全て。そんな理念により、3歳の娘でさえも、魔王に奉られてしまうのが魔族なのだ。


 現在、魔族を統治する王──魔王はいない。

 先代であるペトラが姿を眩ませている一方で、彼女と同等かそれ以上の力を持っているとされている光の勇者リシアは、人族の国で生存が確認されている。


 簡単に言えば、魔族は今、焦っていたのだ。


 このままでは、いつきのこ派が攻めてくるかわからない。

 そんな不安から、人々は新たな魔王の誕生日を求めている。しかし、月砕きの魔王と呼ばれ、圧倒的な力を持っていた先代に比べると、次期魔王候補は明らかに劣っていた。


 黒の方舟のメンバーの1人、ソノもまた魔王候補として名前を連ねているが、本人としては迷惑でしかないようだ。


「やだなあ。王様とかやだなあ。一人称『余』とかにしないとかいけないのかな。『よきにはからえ』とか言うのかなあ」


 久しぶりに教会の地下3階に集まった俺たちの輪から少し外れたところで、膝を抱えるソノ。心配のベクトルが若干おかしくも感じるが、顔だけは確かに嫌がっている。

 俺も何かしら手伝えることがあればいいんだが。


「ペトラも復活しちゃえば?」


「そんなの問題が悪化するだけだと思うけど?」


「だよなあ」


 言ってみただけ。実際、リシアの言う通りだろう。

 魔王と勇者が姿を消したことで一時的に休戦状態となったきのこ派とたけのこ派の争い。両派の最高戦力が蘇ったとすれば、再び戦争が始まるのは道理である。


「しっかりしてよね。朝からそんなフラフラでどうするの? 頭も全然回ってなさそうだし」


「んー。あー。どうだろーなあ」


 今朝の俺は強制的に【賢者】の職業が発現してしまうほどに、追い込まれていた。

 ムムは肉体を蘇生することに成功し、【賢者】の職業を失ったのだが、称号の効果でいつでも賢者に戻ることができるようになったのだ。──性欲が満たされるときのみ。


 どうやら彼女もサキュバスだけあって欲の強い傾向があるようで、毎晩俺が職業維持の手伝いをしている。

 とても大変です。


「寝みぃ……。昼寝してきてもいいか?」


「おやすみですか? なら、えっと、私も……」


「ああ、いや、やっぱいいや! めっちゃ目ェ覚めてるし! スゲェ元気だし!」


 頼むよムム。

 俺は寝たいんだ! 寝たいといのは寝たいという意味ではなくて、寝たいって意味。つまり睡眠が摂りたいんだ!

 一気に老け込んだ俺に比べ、ここ数日のムムはツヤツヤだ。


「……はあ。あー。そういえば、翔太さん。貴方、私の買い物を手伝ってくれるって話、してませんでしたっけ?」


「え? あ、そうだ! そうだったなカロ! そういえば約束してたな!」


 ナイスだカロリーヌ!

 恐らく気を利かせてくれたカロリーヌが紅茶のカップを置きながら言う。

 ムムは一瞬凍るような目つきでカロリーヌを睨んだが、何事もなかったように「それなら仕方ないですね」と微笑む。ムムはツヤツヤだ。どこか余裕を感じる。


「まあ色々大変かもしんねぇけど、今はムムが帰ってきたことを喜ぶ時だろ? とりあえずは肩の力抜いて、どっしり構えようぜ? ──次こそはきっと、俺が全員守ってみせるから」


「ふーん。言うじゃん」


「しょーた、かっくい〜!」


 俺が覚悟を伝えると、全員何だかんだ納得した様子を見せたので、その場においては解散。また夕食のときに話し合うことになった。


「じゃあ、行くか」


 俺はカロリーヌに首輪とリードを付ける。

 赤くてふわふわの可愛い首輪だ。

 別にこれはプレイとかではなく、ただの散歩だ。カロリーヌは犬になれるので、ときどきお散歩をする。断じてプレイではない。


「こっちに行きましょう」


「え? 城の方?」


 教会に設置された魔王城へと繋がる転移門を通り、魔王へと移る。俺はてっきり街で買い物がてら散歩するのかと思っていたが、どうやら違うらしい。

 ペトラが作った新規の魔王城は精霊の森の近く建っており、少し脇に入ればすぐ森にたどり着く。

 森林浴をしながらお昼寝ってのも悪くないかもな。


「……あー」


 嫌なことを思い出した。そういえば、精霊の王様から苦情が来てるんだったよなあ。

 勝手に城を建てたせいで、お叱りを受けているのである。謝りにいかないと。


「早く着いてきてください」


 首輪に繋がれたカロリーヌに引っ張られる形で、廊下を進んでいく。相変わらず馬鹿みたいに広い。

 人型のカロリーヌは二足歩行でてくてくと歩いていき、奥の部屋の扉を開け放った。そこは紛れもなく、俺の部屋。──まさか!


「さすがカロ!」


 俺が睡眠不足であることを察して、散歩の振りをして眠る時間を作ってくれたのか!

 なるほど、犬に変身しなかったのは、最初から散歩に行くつもりがなかったからのようだ。


「よしよし! 早速寝よう!」


「……そうですね」


 さすがは一国の女王だ。貴族社会で生きているだけあって、人の言葉の裏を読むのが上手いのだろう。

 カロリーヌバンザイ!


 俺はリードを手放すと、カロリーヌの脇を抜けてベッドにダイブする。


「あら」


 なんか布団が湿ってる……。


 俺は浄化魔法でベッドを綺麗さっぱり清潔にした。

 アスモデウスの言っていたピュアピュアの話ではないが、どうやら魔人となった俺も、光属性の魔法とは相性が悪いようだ。ダメージこそ受けなかったが、明らかに魔力効率が落ちている。


 俺はうつ伏せに倒れたまま動かない。

 このままベッドと同化したい。溶けるように眠りたい。

 ちゃんとした睡眠は何日ぶりだろう。ふげー。


 意識が遠のきかけ、視界が暗転し始めた頃、背後で切なげな声が聴こえた。


「……くぅん」

 

 カロリーヌだ。

 彼女は俺の背に覆いかぶさると、そのまま耳を舐めだした。


「くすぐったい……」


 気力もなく、そう言うが、彼女の舌が止まる様子はない。

 おそらく犬に変化しているのだろう。以前、彼女は犬になると獣の本能が顔を出すと言っていたことがある。


 フリスビーを追いかけられずにはいられなかったように、人間を見るとぺろぺろ舐めたくなってしまうのだ。

 さすがに屋外で用を足すことには抵抗があるようで、散歩前にはトイレを済ませているようだが、蝶々なんかを追いかけてフラフラしてしまうことはよくある。


 まあ、フンの始末がないだけで、大助かりだ。


 犬に変身しているとはいえは、きのこ派一の美女と呼ばれた女王のフンを始末するのはなんか、その、あれだもんな。

 人化を覚えたことで、ネギまの鶏糞を畑に撒くことにもかなり心理的抵抗を覚えるようになった。リシアは相変わらずだが、俺はなんか、ちょっと、アレだ。


「くんかくんか」


 カロリーヌが俺の尻の臭いを嗅いでいる。

 

 この気持ちってなんなんだろう。

 エロ……ではないよな。

 美少女(元はニワトリ)の糞を肥料として畑に撒くことも、犬に変身した美少女に臭いを嗅がれることへの羞恥心も、エロではないよな。

 

 ただの下品とも違うし、なんだろう。この気持ちに名前はないのか?


「……まあいいや」


 多分寝不足で変なことを考えちまってるだけだ。

 くだらねぇ。

 次起きたときにはどうせ全部忘れてるさ。


「こっち来いよ。抱っこさせろ」


 ワンちゃん姿のカロリーヌを抱き枕にしようとして、寝返りを打つ。しかし薄目を開けてからこちらへと抱き寄せて、ハッと気付く。


「人型のまんまじゃん」


「私、5日も待ちました」


「えっと、それは……」


 苦笑いを浮かべるしかなかった。

 やけに積極的なカロリーヌの魔の手が伸びる。


 つうこんの いちげき!


 へんじがない。ただの けんじゃ のようだ。


 つうこんの いちげき!


 へんじがない。ただの けんじゃ のようだ。


 つうこんの いちげき!


 カロリーヌ は 【ひのきのぼう】 をてにいれた。


「……ふふっ」


 ぺろりと嬉しそうに舌なめずりをするカロリーヌを見て、俺は今晩失踪することに決めた。

新章始まりました!

よろしくお願いします!

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