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【閑話】お盆



 アスモデウスの一件が終わり、久しぶりに穏やかな日常が返ってきた。──とある姉弟を除いて。


「かひゅー。かひゅー。みんな、おはよう……」


 フルマラソンランナーさながらの疲労困憊さ加減を見せつけ、家族と朝の挨拶を交わす男、春野翔太。彼は昨晩も──というか、つい先程までムムとの死闘を繰り広げていた。


 翔太はこれまで1番の強敵をカロリーヌだと思っていたが、それすらも霞むほどムムは恐ろしい存在だった。


 ここ数日はゴボウのように痩せ細った翔太と、肌ツヤの良いムムが仲睦まじそうに朝食を摂る姿を見かけることが多く、他の家族たちは翔太に同情すると共に、朝から悶々とした気分になるのであった。


 しかし、そんな事情などには目もくれず、自分のことで精一杯になっている者もいる。春野未来もそのひとりだ。


 アスモデウスによってサキュバスにかけられた呪いを解くために異世界へと渡った彼女。その目的のひとつは豊胸である。


「これ、本当に呪い解けてんのかしら。全然膨らまないんだけど」


 ぺたぺと、己が胸に触れる未来は、朝から不機嫌そのものであった。


「そんな急に大きくなるものでもないと思うのですが……」


 黒の方舟最強の暗殺者にして、魅力溢れる大人の女性であるレベッカが気まずそうに言う。

 彼女は翔太との仲を深めるため、外堀を埋めている最中なのだが、残念ながら効果はなさそうだ。

 姉の方は自分の胸にしか興味がない。


「おかしい。おかしいわ……。あのロリコン悪魔の陰謀よ」


 そもそも、彼女の胸が膨らまない理由がアスモデウスの呪いであるという確証はない。未来が勝手に決めつけているだけであり、アスモデウスがただのとばっちりを受けただけの可能性も十分有り得る。


「「はああああぁぁぁ〜」」


 今日も姉弟の大きなため息が、重なった。




──〇〇〇〇──



「さて、今日はお盆だな」


 俺たちは魔族領から拠点を移し、教会に帰ってきた。

 うん。やっぱりここはいいな。

 風の匂いも、日の暖かさも、全てが心地いい。


「お盆ってなあに?」


 はいっ、と手を挙げて質問をしてきたミリィ。

 俺はみんなにも聞こえるように答える。


「お盆ってのは──なんだ、霊を祀る行事だ」


 言葉にして説明するとなると、少し難しいな。

 

「つーことで、今日は教会と墓の掃除をします」


 この教会は元々、寺谷愛美という日本人が建てたものである。女神様に導かれ、こうして俺たちはこの教会に住むことになった。


 しかし、当の本人は、人族と魔族の戦争によって亡くなっており、彼女の墓は教会裏の木の元に建てられている。

 

「こんっ」


 俺は姉貴とクハク、ハルを連れて彼女の墓を掃除することにした。


「随分と丁寧になさるのですね。魔法で浄化すれば直ぐに済むのでは?」


 人間に変化したクハクが興味深そうに言う。

 確かにその通りだろう。魔法を使った方が早いし、何より綺麗になる。だが、こういうのは手間をかけてこそだろう。姉貴も同意見なのか、同じようにタオルで墓石を拭っていた。


『自分の墓の掃除って、何だか変な気分ですね』


「確かにな」


 ハルは現在クマの人形に憑依しているが、元々は名無しのダークエルフ。生前、俺と契約を交わしたことで、こうして墓を作ったのだ。どういう原理かはわからないが、何故かプレゼントしたクマさんに取り憑いて、命を永らえた。


 彼女の人生は悲惨なもので、自ら命を絶ってしまうほどの苦しみを味わってきた。それがこうして今はおかしく笑いながら毎日を楽しんでいるのだから、本当に良かったと思う。


 彼女は愛おしそうに自らの墓石を磨き、微笑む。

 それが何だか嬉しくて、俺も思わず笑ってしまう。


 ──寺谷さん。あなたが残してくれたこの場所で、今は多くの人達が笑っています。


 願わくば、この幸せがずっと続くように。

 俺は彼女達と共に明日も生きていこう。








「なはー」


 翌朝も俺は干からびていた。ここまで来ると生命の危機かもしれない。

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