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死して



「全員死んでるわね」


 横たわるいくつもの死体を前に、姉貴はいつもと何ら変わらない様子を見せる。

 俺や理沙なんかは慣れるまでだいぶ時間がかかったものだけれど、姉貴は特に気分を害した様子もない。


 俺たちはできる限り死体を避けながら、遺跡の奥へと進んでいく。


「これは……施設かなんかか?」


 そこは研究室のようにも見えた。

 部屋を照らす蝋燭はほとんど尽きており、よく見えないが、机の上には多くの資料が散らばっているのが分かる。


「翔太さん、これ見てください」


「どうした?」


「ここで死んでる人達全員、胸から血が出てるじゃないですか?」


「ああ、確かにそうだな」


 横たわる無数のサキュバスと思わしき女性たちの死体は、一貫して胸元を赤黒く滲ませている。


「これ、一つだけ落ちてたんですけど」


 そう言ってカロリーヌが指さしたのは無惨にも打ち捨てられた心臓だった。乾いた血が媚びりつき、禍々しさを醸し出している。


「もしかしたら全員、心臓を抜かれてるとかじゃないですか?」


「え……」


 確かに可能性はある。

 わざわざ死体ひとつひとつに触れて回ることもできないので確認のしようもないが、この遺跡にあるサキュバスの死体達は何か目的があって集められたという仮説が立つ。


「リシア、資料になんかそれっぽいこととか書いてないか?」


「よく分からないけど、何か実験をしてたのは間違いなさそう。それから、奥には牢みたいなのもあったの。中の人は全員死んでたけど」


「そうか……」


 リシアの後を追い、牢の方へと行ってみる。

 そこでも、鎖に繋がれた女性達が朽ちていた。


「ナラって人が言っていた紫髪の少女復活の儀式? と何か関係あるのかな」


「さあな。……いや、待てよ。なんかおかしくねえか?」


 ナラはたしか、儀式が行われる際に逃げ出したと言っていた。つまり彼女が里を抜け出したときにはここにいるみんなは生きていたということだ。

 ならばこの襲撃は彼女が里を抜け出した後に起きた?

 いや、その割には零れた血が乾いている。


「つまりこれは──」


「あのボインの女の仕業ね」


「姉さん先に言わないでくれよ!?」


「あ?」


「……。」


 いや、でもこれは間違いねぇな。

 ここのサキュバス達を殺したのはナラで間違いない。

 それにしても、一体何故……?

 

「考え事してる場合じゃないと思うわよ? 少なくともひとつだけ言えるのは、あのボインがこちらを騙していたということでしょ? 直ぐにバレる嘘をつく人間の目的なんて、時間稼ぎ以外ないでしょう?」


 時間稼ぎ?

 何のための?

 

『大変です!!!』


 その時、脳裏に声が響く。【念話】だ。

 切羽詰まった様子の声。その主はソノだ。


『どうした? 何かあったのか!?』


 酷く取り乱した様子でいることが、声越しで伝わってくる。向こうにはナラがいる。やはりあの女が何かをしでかしたに違いない。


『ムムさんが……ムムさんが! 死に、ました』


『は?』


 ムムが、死んだ?

 一体何を言ってるんだ?


『落ち着けよソノ。今は冗談を言ってる場合じゃ──』


『本当です。本当なんです! 先程、部屋に行ったらムムさんが胸から血を流して倒れていて……。何度も呼びかけてるんですが、全然動かなくて、回復魔法もダメで……それで……』


『分かった。もういい……もう、いいから』


 少し静かにしていてくれ。

 

「…………。」


 家族の死。

 わかっていた。いつかこういう日が来るってことを、俺は知っていた。だけど──そんな急に言われて、はいそうですかだなんて、納得できるはずがねぇだろうが!


「どうしたの翔太。今おっきい声が聞こえたけど?」


「ムムが死んだらしい……」


「えっ……」


 犯人は分かっている。あの女だ。

 胸を貫かれているということは、同一犯で間違いない。

 だけど。そんな事知って今更なんだっていうんだよ!


「ちょっと、突っ立ってないで、早く帰った方がいいんじゃないの?」


「うるせぇ。 うるせえよ! 他人事みてぇな顔してんじゃねぇよ! 大体、姉貴がこんなとこに来ようとしなけりゃこんなことにはなんなかったんだろうが!」


 すまし顔の姉貴が鼻につく。

 人が──家族が、この世界での俺の姉が、死んだんだぞ。姉貴には何の関係もない、出会って数日と人間かもしれない。でも俺にとっては、大切な家族だったんだよ。


 ムムは死んだ。死んだのだ。

 次第に込み上げる吐き気。

 気を抜けば零れ出そうになる雫を堪えるため、目に手を添える。


 なんで……どうしてこんな事になった?

 いつ間違えた。どこで? 俺はどうしていれば良かったんだよ!


「ウジウジしてんじゃねぇつってんだろ!」


「いてっ! お前! 何すんだよ! 離せよ!」


 姉貴は俺を押し倒すと、そのまま馬乗りになってきた。

 マウントポジションでがっちりと両の手を固定され、受け皿を無くした俺の目からは次々と涙が溢れ出す。


「離せよ……退けよ!」


 生身の体では俺の方が強いはずなのに、姉貴の拘束から抜け出せない。それほどに、今の俺は抵抗する術を失っていた。


「翔太。アンタは強いよ。強いお前がそんなにも涙を零すんだから、きっとあの子は大切な人だったのね。それはわかるわ。姉だもの。──それくらいは分かる。だけど、今すべきことは悔いることではないでしょう? あの女が城にいるのなら、被害はこれだけじゃ済まないかもしれない。翔太。アンタに出来ることはここで涙を流すことだけなの? 違うでしょう?」


「……っ」


 そうだ。

 もしナラが何かを企んでいるのなら、ペトラやその父だって危ない。それにソノだってそうだ。

 彼女達を守れるのは俺だけ。俺だけだ。


 だったら今はこんな所で泣いてる場合じゃない!


「早く立つ」


 俺が抵抗を止めると、姉貴の拘束が緩まった。

 今やるべきことをやれ。

 俺が今やるべき事を!


 俺はぐしぐしと涙を拭い、リシアに転移を頼む。

 ソノ……お前だけは絶対に許さない。

 己のうちでグツグツと煮え滾る狂気を抑え、城のある西の方向をキッと睨んだ。


お読みいただきありがとうございます!

次のお話もよろしくお願いします!

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