恐怖症
「それは困りました。私まだ死にたくないですよぉー」
ところ変わって魔王城。話し合いの結果、まず第一に事の顛末をソノに伝えるべきと判断した俺たちは、城へと戻ることにした。
ぴえーんと泣き出した魔王候補のソノは俺たちの報告を聞きながらクッションを抱えている。
このままでは間違いなく魔族の国で戦争が起きる。
「気をつけた方がいいよ。戦争中って暗殺とかも十分考えられるから」
「ひぇぇぇ。死ぬ前に唐揚げが食べたいですう。翔太さんの作った唐揚げが食べたいですー」
おいおい。
リシアが脅すからついに死を覚悟しちゃったじゃねぇか。
「唐揚げで死ねるなんて随分と安い人生ね」
姉貴は余計なことを言うなよ。
「それよりもまず、今後どうするかを話し合う必要があるだろ? 」
戦争を未然に防ぐためには何としても紫髪の少女の復活を阻止しなければならない。
ナラをできる限り里から遠ざける為にも彼女はここに滞在させるべきだろう。
「俺たちは再び里に向かう。悪いけどムム、今回は城で待っててもらっていいか?」
「そうですね。分かりました」
里には俺と姉貴とカロ、それにリシアを加えた4人で向かうことにする。
もしアスモデウスに会うことができれば、何かヒントを獲られるかもしれない。早急に手を打つべきだ。
「出発は明日の朝。ソノはできる限り一人で行動しないこと。いいな?」
「「承知」」
よし。
明日に向けてゆっくり休もう。
──〇〇〇〇──
翌日、早いうちに出発した俺たちは寄り道することなく里へと向かった。
あの変態ケンタウロスに頼ることもせず、ムムに里の近くへと送迎を頼んだのだ。
「ここがムムの故郷か……」
里という割には建物や道がしっかり舗装されていて、どこか近代を思わせる作りだった。
深い霧が立ち込めていて、妖しげな雰囲気がある。
サキュバスがどちらかと言うと夜型の種族ゆえか、住人には一度もすれ違わない。
「とりあえず、ムムが言っていた遺跡の方へと行ってみようか」
ムムからある程度里の話は聞いている。
その中に出てきた遺跡の話には、アスモデウスに関するいくつかの逸話があり、まずはそこを調べてみることにした。
「それにしても何だか不気味な里。生活感がないというか、生命体が生活しているようには見てないもの」
「同感ね。私の母親はこんなところで、一体どんな幼少期を過ごしたというのかしら」
リシアと姉貴が言う通り、この里には人の気配が一切のないのだ。まるで人の街を模した模型のようにも見える。
雑音が一切なく、また、虫や鳥たちもいない。
「太陽が見えないことがこんなに心細いのは初めてだな」
霧と雲に隠された太陽の光が恋しい。
どこか恐れながらも歩くこと30分。ようやく遺跡のような物が姿を現した。
「ここでしょうか」
「多分そうだろうな」
それは地下遺跡。
洞窟のような入口と、掘り下げられた階段。
ここがムムの言っていた場所に違いない。
「……姉さん、早く降りなよ」
「あ? お前が先に行けよ」
「え、あー、いや、ほら、暗いしな。リシアはそう言えば光の勇者だし、先頭で道を照らしてくれると助かるんだけど」
「……。」
呆れたような視線が刺さる。
意気地無しとでも言いたげだが、仕方ないだろう。
俺、ダメなんだよ。狭くて暗い地下とか。
ついつい生き埋めにされたらって考えてしまう。
「子供ですか……」
ついにカロリーヌまでもが、ジト目で見つめてくる。
情けないのはわかってるけど、怖いものは怖いんだよ。
「仕方ないわね。【ライト】」
人差し指から光を放ったリシアが、渋々前を往く。
先の見えない階段で、聞こえるのは、自分たちの足音だけ。
「ちょっ! 姉さん押すなよ!」
「お前が歩くの遅せぇからだろうが」
姉貴はせっかちだ!
暗いんだから踏み外したりしたら危ないだろ!?
少々険悪になりながらも歩みを進めると、やがて小さな部屋が現れた。
「なあ、なんか臭わないか?」
「まさか翔太さん漏らしたんじゃないですよね……?」
「違げぇよ!」
「人のせいにするとか最低ー」
「違うって言ってるだろうが……っ!」
だけどそう。
この鼻を刺激するような臭いには、アンモニアのような臭いが混ざっているのもたしかなのである。
俺はそっと股間に手を添えるも、やはり濡れている気配はない。
「奥の部屋からだ……」
俺はリシアの光を分けてもらい、鉄製の扉に手をかける。
よく見えないが、取っ手の部分は濡れていて、滑ってしまうため、開けにくい。
「ぬんっ!」
腰を入れて思いっきり扉を引いたとき、ドサリと何かが倒れてきた。
「ああ、やっぱりそうか……」
リシアの光がなくても分かる。
蝋燭に照らされたその部屋は無数の死体で埋め尽くされていた。




