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疎外


「こんなにワクワクしない冒険は初めてだな」


「うるさいぞ男。嫌ならそこの女と降りて歩けばいいだろうが。我が馬車に乗れただけでありがたいと思え。穢れた股間め!」


 現在、俺たちは下半身がユニコーンのおじさんが引いた馬車でサキュバスの住む地へと向かっている。

 ムムがムチで臀を叩くたびに変な声をあげるものだから、こっちは気が滅入って仕方ない。


「おい、穢れた股間(男)」


「なんだよ……」


「なんでもない! 黙れ!」


「だったら呼ぶんじゃねぇよ!」


 なんだ、こいつ。

 これまで出会った奴らの中で1番やばいかもしれん。


「翔太さん、お腹空きません?」


「確かに。そろそろ昼だしな。なんか食うか?」


「おい、黙って乗れないのか穢れた股間(女)! そこの穢れた股間(男)に、ばなぁーなぁーオ・レでも貰えばいいだろう。おい穢れた股間(男)、今すぐそいつの臭い口を塞いでくれ」


「え、ええ……」


 まさか傾国の美女でもあるカロリーヌがここまでの暴言を吐かれるとは。

 本人もかなりショックだったようで、ガクリと項垂れている。


 今の俺はペトラに血を吸われ魔人となった身。

 半分は彼と同じ魔族なのだと思うと、なんだか気が滅入るな。


「俺とカロリーヌは一旦家に帰って、着いたら合流した方がいいんじゃないか?」


「そうですね。私もそう思います」


 俺の意見にカロリーヌが同意し、ムムの方からも仕方ないの声が上がるが、そこに待ったをかけたのは姉貴だった。


「私をこんな変態のもとに残して帰ろうって言うの? 正気かお前」


「いや、なんも心配いらないだろ。万が一の事があっても

、姉さんなら自分で対処できるし」


「なによ。あんたちょっと生意気じゃない? 自分がちょーっと強くなっちゃったからってイキってんじゃないの?」


「いや、それもあるんだけどさ。なんか今の姉貴は──姉さんは、普通に見えるって言うか、怖くないんだよな」


 この世界に来る前はもっとカリスマ的で、畏れの対象でもあった。そんな威圧感にも似た何かが、今の姉貴からは抜け落ちているように思えるのだ。


「それは私の母親が魔王だからね。私にとっては地球こそが異世界だったのよ」


「ああ、だから宇宙人の称号の効果で魅力アップ等の補正がかかってたのか!」


 なんだよ。チーターかよ。

 おかしいと思ってたんだ。姉貴はあんなに粗暴な癖に、やけに人気だったから。そうか、そんなトリックがあったのか。


 まさか姉貴にそんな秘密があったのか、と今更ながらに気づいた事実に驚いていると、突如馬車が急停止した。


「ひひーん」


「うるさい!」


「あおーん♡」


 何やってんだ、お前たち……。


「どうかしたのか?」


「ああ、翔太さん。少し困ったことになりまして」


 御者席に座るムムの隣から顔を出すと、そこにはボロボロの格好をした子供が立っていた。


 手には木の棒が握られており、それをこちらに構えている。そう、その子は俺たちに敵意を抱いている。


 俺は馬車を降りて子供に対峙する。

 歳は10歳前後。ミリィたちと同じくらいだと思う。

 

「お兄さんたちは悪い人じゃないよ。武器を下ろしてもらえないかな」


 俺は対子供用の営業スマイルを浮かべながら、目線を合わせるためその場にしゃがむ。

 無害アピールをする俺に対し、しかしその子は目を細めると武器を構え直した。


「有り金全部置いて去れ。じゃなきゃ叩く」


「……おいおい物騒だな、少年。残念ながら俺はこの国の貨幣は持ってねぇよ」


「だったら食いもんだけでもいい。置いてけ」


「……ふむ」


 見たところ、少年はかなり貧しい生活をしているのだろう。衣服は土汚れだけでなく生地の解れが目立つし、手足も細く痛々しい。少なくとも()に住んでるようには見えない。


「なあムム。魔族の国も、やっぱり貧富の差はあるのか?」


「あるところにはありますね。人族の国ほどではないですけど」


 魔族の国は他種族国家で、種族によって生活も何もが違うらしく、一概には言えないらしい。


 俺は鑑定眼を使って目の前の少年のステータスを覗き見る。……が。


「あれ、なんでだ? レベルは低いのにステータスのほとんどが隠蔽されてるな。名前はナラで種族はサキュバス……じゃあ、お前女か」


 言った瞬間、ムムが俺の首を掴むとものすごい勢いで後方へと投げ飛ばした。


「ちょっ、どうしたんだよ」


「翔太さん、下がっていてください」


「お、おう」


 俺は土を払いながら立ち上がる。何が何だかよく分からないが、ムムの額からは嫌な汗が伝っている。


「ナラ様、何故あなたがここにいるのです?」


 ムムは魔法袋から武器を取り出すと、それを突きつけ子供に問う。


「……逃げてきた」


「不可能です。あなたにかけられた封印はそう簡単に解けるものじゃない!」


「……魔王、今いない。だから作ることに決めたらしい。アイツらは私を媒介に紫髪の乙女を復活させようとしてる。……時間がない。私は早くこの場を去らなきゃいけないの。金でも武器でもいい。置いていって。……私を助けて」


 事情はよく分からないが、ナラとムムの反応からも、それがただ事じゃないということはわかる。

 だが、ムムはそれと同時に目の前の少女を危険だといった。


「穢れた股間(男)何を迷っている。白き少女が助けを求めているのだ。真っ先に動くのが男であろう」


 ケンタウロスは俺の背を叩き、一歩前に押し出した。

 かっこいい言葉だ。……舌なめずりさえしてなければな。


「ムムよくわからんが、事態が逼迫してるのは何となく分かった。どうすればいい?」


 ムムはしばらく悩んだ素振りを見せたが、やがて苦虫を噛み潰したような顔をしてからナラに向き直った。


「……ナラ様。ここにいる半魔の2人はスミレ様の御子様です」


「なんと……。そうか、そうでしたか。ならばいつまでも姿を偽る訳にもいきません」


 スミレとは俺と姉貴の母の名である。

 母もまた、この世界の住人であり、父と駆け落ちする前はこの国で魔王だった存在だ。

 ムムの説明を受けたナラは魔法を解き本来の姿を表した。

 背は俺と同じくらいの高身長で、髪色はなんと紫。腰にはサキュバスの象徴である小さな羽と尻尾が生えていた。


「……ものすごく疎外感を感じるわ」


 たしかに。姉貴ってサキュバスなのに胸が小さいよなあ。

 これも純正種? の母が、無理やりに父との子を成した弊害なのだろうか。


「大変失礼申し上げます、御二方様。どうか私を助けて頂けませんか?」


「私は構わないわ。母のことを知ってるみたいだし、これも何かの縁なのでしょうね。その代わり、あなたの知っていることすべて話してもらうからね」


「感謝致します」


 土下座するナラの上で両腕を組んで、無い胸を張る姉貴。

 俺には状況が呑み込めぬままに、自体は動きだした。


 ただひとつ今の俺が言えることがあるとすれば、胸が大きすぎると土下座しても頭が地面に届かないことがわかった、というくらいのことだろう。

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