デビルる
遅くなってすみません。
今月、来月少し忙しいです。
「じゃあ、まあ、せっかくだし、希望者も募ってから魔族領に行くか」
たけのこ派の民の拠点である魔族領は、教会からならそう遠くない。
リシアとペトラとの出会いが、付近の荒野であったことからも分かる通り、国境はすぐそこで、山をひとつ越えればすぐにでも魔族領に着く。
今回は余計なトラブルを避けるために転移魔法で魔族領へと赴くが、今の俺の身体能力ならば、数時間でたどり着いてしまうような場所にあるらしい。
俺は半人半魔なので、向こうでも問題なく溶け込めるだろうとのこと。以前俺が戦った風の勇者やドワーフなどは亜人族や人族でありながらたけのこ派であった。
きのこ派が他種族を受け入れないのに対し、たけのこ派は実力主義。力さえあれば種族は関係なく受け入れられるそうだ。
「差別が全くないかって言えば嘘になりますけどね。今の翔太さんの魔力を見て突っかってくる人はまず居ないと思いますよ」
とのことらしいので、まあ気負わずに行こうと思う。
ただ、問題は俺ではなくペトラの方だ。
「お前もせっかく両親に会える機会なんだし、行きたいよな?」
「うん。そーだね。できれば行きたい」
ペトラもこう言っている。
しかし、魔族は纏うオーラに非常に敏感で、ペトラが魔族領に迎えば、まず間違いなくバレる。
俺と同じ半人半魔で魔女っ娘のリリムでさえ、ペトラの存在に気付いたのだ。純粋な魔族達を欺くのは難しい。
「それに、今のしょーたが纏う魔力もかなりのものだしね。ペトラが行かなくてもしょーたを魔王として祭り上げよーとするかもしれないよ?」
「……それは、困ったなあ」
何か良い方法はないものだろうか。
必死に頭を捻らせていると、救いの声は思わぬ方から上がってきた。
「お任せください。私にいい作戦があります」
「お、おお! カロじゃん。久しぶりー!」
今となっては一国の女王であるカロリーヌが、ドヤ顔でそこに立っていた。何だかものすごく久しぶりに会った気がする。
「少しやつれた?」
「久しぶりに会って言うことがそれですか? 全く。本当にデリカシーの欠片もない人ですね」
なんて。
頬を膨らませながらこちらへと近づいてくると、自然な流れで俺の胸に抱き着いてきた。
「えっ!?」
リシアが驚きの声を上げる。
しかし、驚いたのは俺も一緒。なに? この子熱でもあんの?
「……ダメですか?」
「ダメじゃねぇけど……」
もしかしたら、女王様というのは想像以上に疲れる仕事なのかもしれない。思うことも無いわけではないが、今日はこの神経衰弱のお姫様を甘やかしてやるとしよう。
「まあ、それは良いとして。いい作戦ってのは?」
撫でつつ俺が問うと、カロリーヌは名残惜しそうにその場を離れて、考えを語ってくれた。
どうやらカロリーヌは次期魔王候補の一人と知り合いらしい。人が血を重んじるように、魔族は力を重んじる。
両親がパン屋さんのペトラがわずか3歳で魔王に君臨したように、力さえあれば誰でも魔王になることができるのだ。
「よくそんなコネもってたな」
「はい。私、凄いので」
やっぱりおかしい……。
しばらく会っていない間に彼女が変わったのか。
それとも、今日だけおかしいのか。
どちらにせよ、こんなに人との距離が近い人間ではなかったし、むしろパーソナルスペースの広さは家族の中でも上位だったはずだ。
「私は女王としての会談。皆さんには付き添いという体でついて来てもらいたいと思います」
「けど、会談ってなると1ヶ月後とかになっちゃうんじゃねぇの? 相手にだって準備とかあるだろうし」
「ふふっ。御安心を。明日にだって行えますよ」
「そりゃすげえな」
どういう原理かはわからないけど、それでどうにかなるならそれでいいか。
結局、ペトラの両親には会いに行くのではなく、会いに来てもらうという形で話は進んだ。
これからしばらくは、その魔王候補の人に世話になるらしい……手土産とか準備しとくか。
「姉さんもそれでいいか?」
「ええ。まあ、なんでもいいわ。私も切羽詰まるほどの急ぎではないしね」
ということらしい。
さて、魔王候補の方はどれほどの力を持っているのかな。
俺はむしろ、そっちが楽しみだ。
「あの翔太さん。夜、お酒飲みません?」
「ん? いいぞ」
珍しいな、カロリーヌがそういう誘いをしてくるなんて。
俺はあまり酒が得意じゃないので、こういう時はいつもエレナに振っているのだが、今日のカロリーヌの様子から察するに、ストレスも溜まっているのかもしれない、そんな考えもあって、俺は引き受けることにした。
忙しそうだし、愚痴でも聞いて欲しいのだろう。
カロリーヌは不機嫌なときやストレスが溜まってるときに酔うと、口数が増えるので、まあ今日は長期戦覚悟で聞き役に徹することとしよう。
「先に潰れたらごめん」
「いえ、いいんですよ。そのときは私が介抱しますから」
「あはは。そうならないように気をつけるよ」
──その晩、夜通し介抱された。
──○○○○──
翌日。ペトラは一旦自宅待機してもらって、俺たちは魔族領へと向かった。
転移魔法で一発のはずなのだが、今回はカロリーヌが直々に赴くということもあり、馬車で行くことになった。
魔族領に入るまでには大した時間を要さなかったのだが、入ってから待ち合わせの場所までに4日間もかかった。
ただそれはそれで、旅行みたいで意外と楽しかった。
魔王候補の方が道中の旅館も手配してくれていたようで、そこに関しての不便はなかったが、俺達が人族や魔人ということもあって、他の客からはあまりいい顔をされなかった。
夜はカロリーヌにたくさん介抱された。
この子も実はサキュバスかな。
そんなこんなで、5日目の朝。
次期魔王の候補者の元を訪れたのだが──
「よ、ようこそ起こし下さいました! わ、わたし魔王候補になりました、ソノです! ご挨拶遅れましたこと、誠に申し訳ございません。えと、私は元気です!」
魔王候補うちのメンバーだった!
黒の方舟では新参の部類。スピカの前の前くらいに入ってきた子だ。
髪は深い緑色のくせっ毛で、背は低く子供のようにも見えるが、年齢は21歳と、我が家では年上グループである。
ただ非常に気が弱く、そして結構ドジっ娘。
俺は彼女に対してそんな印象を持っていた。
「今回のお休みを機会に帰省しようと思ったんです。戦争中に捕虜となって以来、家族に連絡が取れてなかったので、せめて無事を伝えようとしたんです。……なんですけど、いつの間にか担ぎ上げられちゃって、うう。帰りたい」
うん。そんな感じする。
「あの、ペトラ様のお父様とお母様には既にお手紙と遣いの者を出しております! ここからだと、少し距離があるので、到着にはあと2日ほどかかるかもしれないです!」
なるほど。
そこまでやってくれていたのか。
「助かるよ」
「いえいえ、それほどでもないですよー」
照れ笑い。
そういえば、彼女は昔からポンコツ気味で、人から褒められることが少なかったと言っていた気がする。
黒の方舟に入り、力を得ることで、誰かの役に立てるのが嬉しいとも。
だったら、せめて俺は彼女のいい所をたくさん見つけて、褒めてあげられたらいいな──
「お客さまがお見えになりました」
「ううぅ。もう来ちゃいましたー」
「ま、まあ。早い分にはいいんじゃないか?」
しょんぼりする彼女を見て、褒めるより慰める機会の方が多そうだと思ったことは内緒だ。




