里帰り
「変態」
「変態です」
「変態ですね」
「変態だっ!」
「……。」
俺の娘である人魚ちゃんを見た家族たちの第一声は俺を責めるものだった。
まだ何も言ってないんだけど?
「傾聴! 可愛いだろうっ! 俺の娘だ!」
「「「……。」」」
「俺の──」
「いや、聞こえてるから。それで、なんの冗談なの?」
どうやら全く信じていない様子のリシアが目頭を抑えながら訊いてくる。
「かくかくしかじか──」
キノに話した時と同じように、俺はこの子のことを話して聞かせる。
ただ、ベッドに押し倒して気が動転していたキノはともかく、朝食の席にいた彼女達は思ったよりも冷静で、それ故に──
「家族団欒の旅行中、そんな事をしていたんですね」
リリムが髪を咥えながら包丁を握っている。
ヤンデレ系女子かよ。
まあ、似合ってるけどな。魔女だし。
「てなわけで、俺は一回海の底に沈んで来ようと思うんだ。さすがに700年海底に籠るわけじゃあないけど、まあまたしばらく家を空けることになると思うから、よろしく」
ぶすーっとした視線の中、俺は乾いた笑みを浮かべると、食器を片付ける。
さて、今回海底に赴くに当たって、同行者を決めようと思うのだけれど。
「誰か一緒に来てくれる人いない?」
──しーん。
いなそうだなぁ。
「はあ……」
俺はため息を吐いて、クハクを呼び出す。
「教会まで飛ばしてもらっていい?」
「御意に」
ぴょーん。はい。着きました。
「あー、なんか懐かしいなあ」
何だかんだで、数ヶ月ぶりの教会である。
あれ、もしかしたらもうちょっとで半年ぐらいかな?
びっくりするほど時の流れを感じる。
「ただいま〜」
俺は慣れ親しんだ階段を下りながら地下三階へと降りていく。
扉を開けて部屋を覗くと──
「あれ、誰もいないや」
どうやら、ちょうど留守だったみたいだ。
むー。どうしよっか。
俺は久しぶりの教会を寺谷さんとハルのお墓に花を添えたり、辺りをうろちょろして時間を潰した。
3時間ほど経ったが、誰も帰ってくる様子もなかったので、俺は教会に設置されている転移門を使ってレベッカが経営する喫茶店まで飛んだ。
「やっほう、レベッカ! って、ごめん!」
スタッフ控え室に繋がったゲートから飛び出した俺を迎えたのは着替え中のレベッカだった。
あら〜っと大人の余裕を見せながらも妖艶に微笑むレベッカだが、こちらとしては非常に目のやり場に困る。
「うふふっ」
あっ! ちょっと! あっ、あぁぁぁ。
────
──
しくしく。歳上のお姉さんには勝てなかったよ。
何があったのかをここで語ることはしないけれど、でも負けたという事実だけは明かそうと思う。
俺は強くならなければならない。
その一歩が、まずは負けを認める事だ。
「あ、あのう、レベッカさん。レベッカさんは旅行に行った時の人魚を覚えているかな」
俺はパンツを履きながらレベッカに問う。
おっと、これでは俺がパンツを脱いでいたみたいだ。否定はしないけど。
「覚えてますよ。ご主人様が呪いを解いたあの方ですよね?」
「そうそう! 俺、あの件で卵貰ってさ。そんで昨日丁度孵化したから今日あたりに一回、海ん中行ってみようと思って」
「ほう」
突如レベッカの視線が鋭くなる。
彼女は死神という暗殺の最高峰の職業に就く者だ。
威圧感が違う。
俺はこくりと唾を飲む。
レベッカは暗殺が得意なだけでなく、時間まで止められる存在。
はっきり言って、1対1で対面している現在は彼女に命を握られているも同然だ。すごく怖い。
「一緒について行ってくれる人を探してるんだけど、どうかな? レベッカが着いてきてくれると嬉しいんだけど」
あははーと乾いた笑みを浮かべて交渉を試みる。
「……。すみません。今回の同行は辞させて頂きます」
そっかぁ、残念。
「命令ならどこへでも参りますが?」
「いや、今回は完全な私用だから。そうだな、じゃあどうせなら、今度デートでもしようぜ! 実は隣町に幽霊が出るって噂の廃屋があるらしいから」
レベッカはオカルトや都市伝説などの類に興味があることをこの前に打ち明けてくれた。
不気味の一言で言い表すのが妥当なメンバーのアデルミラと比較的に仲が良いのも、恐らく彼女が占い師だからだろう。
俺は幽霊とかは本当にダメなんだけど、レイスとかの幽霊系魔物が普通にいる世界観なので、少しだけ耐性もついたはずだ。
デートの行き先が心霊スポットってどうなんだろうとも思ったが、レベッカの方はどうやら興味があるらしく、目に見えて楽しそうに笑っている。
「命に替えても」
デートのお誘いの受け答えとしては些か重すぎる気がするが、応じてくれてよかった。
実はレベッカからは色々と借りがあるので、そのときに少しでも恩を返す形で楽しんでもらいたい。
俺はせっかくなのでケーキをひとつ注文し、ゆっくりとティータイムを楽しんでから、教会へと帰宅した。
誰かが帰ってくるのを待つか。
なんて思いながら階段を下っていくと──いた。
ひとりいた。
先程話題に出ていたアデルミラがいた。
「アデルさんお久しぶりー」
「きひひひひ」
「今、一緒に海の底まで行ってくれる人を探してるんだけど、どうかな」
「けへへへへ」
「忙しい?」
「いひひひひひ」
ダメだ。全然、会話が成り立たん。
俺は失礼、と一声かけて、貞子のような前髪をどうにか掻き分けてアデルミラの素顔を確認する。
肌は白く大きな瞳。色素の薄い唇。
相変わらずの可愛さだ。素顔を晒さないの、もったいないなあ。
切っても一日で髪が伸びちゃう呪いみたいなものにかかっているので仕方ないと言えば仕方ないのだけれど。
「はわ」
「はわ?」
「はわわわわわぁっ。み、みないでぇ……」
恥ずかしそうに涙目で赤面しだしたアデルミラ。
なんか、凄いいけないことをしてる気分になる。
俺は髪から手を離して座り直し返事を待つ。
「…………いきます」




