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モテモテでは



 春野翔太は他人に求めない。

 それが黒の方舟のメンバーか彼を評するものひとつだ。


 黒の方舟とは、とある目的のために集められたメンバーによる組織。


 いつか来る大きな戦争に向けての鍛錬を彼はメンバー達に課すが、しかしながら、それ以外には奴隷としての彼女らに何かを求めることはとんどない。


 エレナの管理の元、家事当番などの割り振りは行われているが、翔太自身はそれを彼女らに強制はしておらず、もし誰一人として家事をしなかったとしても、翔太はとくに気にすることも無く、その役割をひとりで遂行しようとするだろう。


 故に翔太の奴隷になったばかりの家族たちは、楽でいいと、そう思う。

 与えられた自由を楽しめる。楽しませてくれる、良い主だとそう思う。


 しかし、その自由は彼と過ごす時間が増す毎に意味合いが変わってくる。

 そう。求められない事が期待されていないのではないかという不安、もしくは寂しさへと変化するのだ。

 実際、その不満を口にしたのがリシアであり、彼女は真に対等な家族として、翔太に告げている。

 家族旅行の下見デート以来、リシアとの親密さは増したと言えるが、家族全員との時間が作れるわけではない。


 かく言うケーラも、かつてのリシアのような不満を持つ家族のひとりである。



 ケーラは寝息を立て始めた己が主に抱かれながら、自己問答する。


 おかしい。

 さっきまで、明らかに良い流れだったのでは……?


 夜のベッドで、これだけ男女が密着しておいて、何も起こらないというのはどういう事か。

 何が足りなかったのか。

 頭を悩ます。


 他の家族の仲には、何人か主人である翔太と夜を共にした人がいることを知っている。

 

 決して向こうから迫ってくるわけではないが、それでもアピールさえすれば察してくれるだけの度量は持っているとも聞いていた。


「足りないんですか? 何すればいいんですか!」


 ケーラも、決してやましい気持ちがあって毎晩翔太を訪れていたわけではない。

 純粋な寂しさや不満解消と言ったものが彼女の動機である。


 しかし、今日は翔太が偶然起きていて(偶然じゃない)、今夜は帰さないと言ってくれて(そうとは言ってない)、ここまで来たらゴールイン!

 晴れて大人の階段を上るための舞台は整った。

 はずだ。どう見ても! 誰が見ても!


「しょ、翔太様〜? 寝てるんですかぁ…?」


 甘えるような声を出すも……寝てる。どう見ても寝てる。

 猫獣人の彼女は夜目が効く。間違いない。


 もぞもぞと動いてみても、その寝息は乱れることなく、一定のリズムを刻んでいる。


「そんなぁ……」


 唇に当たる暖かな翔太の吐息が、ケーラの切なさを加速させた。


 頬を撫でても、唇に触れてみても、それは変わらない。


「ま、まぁーきんぐーぅ」


 かぷりと肩を甘噛みしてから、翔太の脚にまたがる様にして、太ももで挟み擦り寄る。

 右腕を胸に抱いても、腰に尻尾を絡めても、彼が反応を示すことはない。


 それが切なくて。苦しくて。ちょっぴり悔しい。


 ケーラは翔太の前髪を梳いて寝ているのを確認してから、顔を寄せる。


「起きない翔太様が悪いんですよ?」


 浮く開かれた下唇をついばむようにしてキスをする。

 気恥しさと共に感じる幸福感はかなりの中毒性を帯びていた。目眩にも似た、意識が朦朧とする感覚と、加速する鼓動。

 

 一層の事舌まで入れてやろうか、そんな事を考えたケーラだったが、キスというものが思いの外恥ずかしかったようで、何度か口付けを繰り返した後、布団の中に潜り込んだ。


「今日はお終いっ! 続きはまた今度!」


 自分に言い聞かせるようにして目を瞑り、自分も寝る体勢に入る。

 何処か──何処か、焦り過ぎていたような気もする。

 周りの家族たちが寵愛を受ける中、自分だけが取り残されているような焦燥感がずっとケーラの中には燻っていた。


 しかし、ケーラの主人は眠りながらも、こうして片方の腕では、彼女の背中を抱いていてくれている。


 今は、これで満足しよう。

 最後にもう一度だけ口付けをして彼女は眠りについた。





 そして翌朝、鋭い痛みが右腕に伝わり彼女は目を覚ました。


「随部とまあ、幸せそうな寝顔ですねー」


 そこには、布団叩きを片手に、引き攣った笑みを浮かべるキノがいた。


 布団を剥がれ、カーテンを開けられ、朝の日差しが部屋に入り込む。


「んあああ」


 両手を動かして奇妙な動きをする翔太。

 どうやら、彼は目を開けぬまま、剥がれた布団を探しているらしい。


「あるじー、さっさと起きて、朝ごはんの支度してもわらわないと、困っちゃうなー」


 すっかり、翔太相手には敬語を使わなくなったキノはデシデシと布団叩きで翔太を叩く。


「キノ、後15分待ってくれ」


 寝返りを打って枕に顔を沈めた翔太は、寒そうに膝を抱えながら眠りに入ろうとする。

 まるでスフィンクスのような体勢。

 よくこの姿で寝れるな、とケーラもキノも感心する。

 キノからすれば、ケツ叩きに丁度いいようだが。


「今日、予定あるんじゃなかったのー?」


「あるある。めっちゃある。でも、昼だからもう少し寝かせて」


 翔太はケーラを連れて獣人族の国へと行く予定だ。

 

 と、そこで、会話に新たな人物──否、ぬいぐるみが加わる。


『昨晩はお楽しみでしたね?』


 突如立ち上がったくまのぬいぐるみが、念話を使って語りかけてきたのだ。


「だだだだだ!?」


 飛び跳ねるようにして距離をとるケーラ。

 

『はじめまして、私はダークエルフのハルといいます』


 ハルは昨日の晩の時点で、既に翔太のベッドの枕元に座らされていた。

 ケーラもそれを知っている。


「……見ました?」


『はい』


「何を見たんですかー? お楽しみってなんですかー?」


 キノはケーラに詰寄る。

 その顔は間の抜けた声とは裏腹に、鋭く尖っていた。

 もし、翔太様と関係を持つ人が家族内に複数人いると知ったらキノさんはどうなってしまうのでしょう、そんな事を考えながらも、ケーラは必死に言い訳をする。


「翔太様は直ぐに寝てしまわれたので、やましい事は何もありません! ただ、私が布団に忍び込んだのがバレて、一緒に添い寝して下ることになっただけで! 断じて! 何も! ありません!」


 必死の形相。

 ケーラはぬいぐるみを睨む。

 

『これ以上余計なことを話したら、糸くずにしてやります』


 キノに聞こえないよう念話でぶっそうな忠告をしたケーラは、その場を退場して行った。


「ふむー。まあ、あそこまで言うならそうなんでしょうね。ぬいぐるみさん?」


 脅しにも似たキノの問いかけに、ブンブンと首を縦に振るハル。

 癖の強いメンバーが集まるこの組織で生きていくのは簡単じゃないなあと、主人と添い寝を始めるメイドを見ながら、ハルは思った。

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