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捕獲作戦



 さて、瞬剣の言う師匠は黒の方舟のメンバーであるケーラだったわけだが、そこでひとつだけ疑問が浮上した。

 それが、なんで今一緒に住んでいないのに俺からケーラの臭いがするのか、である。


 俺が知らない間に城へ遊びに来てる説。

 これが一番濃厚だ。

 そうなると、俺はケーラから避けられているんじゃないかと思うけれど、ミチがその説を否定する。


「もっと肉体的にベッタリ接触してないと、それほどの臭いは付きません。獣人族なら誰でも気付くレベルの臭いですから、多分これはマーキングの1種でしょう」


「マーキング? おれ、ケーラにおしっこかけられてるの?」


 人によってはご褒美ではないだろうか。

 俺はあんまり、そういった性癖はないので、よく分からないけれど。


「違いますよ! 人族はみんな、獣人族をただの獣だと思ってませんか!? 確かに本能に忠実ではありますが……そうですね。師匠の場合は、貴方に身体を擦り付けて臭いを移しているのではないでしょうか」


 ふむ。てなると、夜か。

 

「……あの、師匠に会わせて頂くことはできませんか?」


「うん。別にいいよ?」


 瞬剣の宛が外れてしまった以上、この国でやることは、ミリィの故郷に帰る以外残っていない。

 こちらも急ぎではないので、それくらいの時間ならとることが出来る。


「ぜひ! 是非お願いします!」


「おっけー。じゃあ、今夜、君の師匠を捕獲するか」


 ──それから、それから〜


 夜になって、いつも通りミリィと一緒にお風呂へ入った俺は自室に向かう。

 ひとりでチソチソをちぇこちぇこするとすぐに眠気が来てしまうので、今日は我慢。


 久しぶりに、魔法袋の中身を整理する。

 この世界に来て一年。

 振り返ってみると、色々なことがあった。

 

 ふと、一通の手紙が目に止まる。

 ミリィが俺に宛てて書いてくれたものだ。

 元々奴隷であったミリィは、当然字なんて書けない。

 毎日練習して、そして初めて書いてくれたのが、このお手紙だ。


 稚拙で読み取るのも苦労する文字。

 大好きなお兄ちゃんの絵。


 俺の宝物だ。


「ミリィは、本当の家族に会ったらどうすんだろうな」


 本当の家族と一緒に生きていく事を選ぶのだろうか。

 

 それは──さみしいな。


 俺はきっと、それを止めはしないだろう。

 ミリィは俺が金を払って買った奴隷だと言い張れば、無理やりにでも彼女を連れて帰ることはできる。

 でも、そうはならない。そうはしない。


「もしかしたら、この旅がミリィとの最後の思い出になるかもしれないのか……」


 寂寥感が胸を突く。

 

 笑顔の練習をしとかないとなぁ。


 なんて事を考えていると、段々と睡魔が襲ってくる。

 一層のこと、全部忘れて眠りたい。

 そう思った時に、背後から気配を感じた。


「あ、あのー起きてますか?」


 ケーラの声だった。

 俺は返事をしようとして寝返りを打とうしたが、それよりも先にケーラの「お邪魔します」の声。

 モゾモゾと、彼女は俺のベッドに侵入してきた。

 慣れた手つきで布団を捲り身を寄せてくる。

 それは間違いなく常習犯の動きだった。

 

 俺は一瞬考えて、脅かしてやろうと決めたのだけれど、その考えは直ぐに捨てることになった。


「……今日も学校で、嫌なことがあったんです」


 どうやら彼女は、嫌なことがある度にこうして俺の元へ愚痴を言いに来ていたらしい。


 俺は寝たフリをしながら、彼女の話を黙って聞く。

 どうやらケーラは人間関係について悩んでいるようで、奴隷や獣人族を嫌うような人達と、良好な関係が築けていないらしい。


「居場所がないというのは、やっぱり辛いことですね。こんな気持ち、久しく忘れてました」


「──」


「本当は私だって、翔太様に着いていきたかったんですから。あなたのいる場所だけが、私のいるべき場所なんです。たまには、教会の方にも帰ってきてくださいね」


 しばらく背中に張り付いていたケーラは最後にそれだけ言い残すと、ベッドから出ていく。


 が──俺はケーラの腕を掴み、再び布団の中に引きずり込んだ。


「お、起きてたんですか!?」

「今日は、起きてた」


 暗闇のせいで顔は見えない。

 しかし、その声からは大きな驚きを感じる。


「久しぶり、ケーラ」


「お、お久しぶりです」


 どうやら俺が起きていることは想定外だったようで、ベッドの中で向かい合った彼女の吐息が混乱を如実に表していた。


「あ、あのすみませ──」

「怒ってない」


「あの、でも……」

「俺の方こそ、家に帰らなくてごめん」


 教会を出てから何ヶ月経っただろうか。

 その間、俺は一度も帰っていない。

 それを寂しく思ってくれたなら、少し嬉しい。


 髪を梳くように撫でる。

 少し癖のある猫毛がとても懐かしい。


「学校は大変か?」


「え、えっと……はい」


「だよなぁ。俺もさ、あの空間は全然慣れなくて。結局11年間学校に通ってたけど、友達はひとりしかできなかったよ。それに比べたら、ケーラはよくやってるよ」


 俺なんて、身分差も何も無い環境であのザマだった。

 情けない話である。


「気の利いた事も、アドバイスもできないけど、話くらいは聞くから、これからも頼ってくれると嬉しい」


 俺はケーラの背中に手を回して抱き寄せる。


「今日は泊まっていきなよ。明日は学校休みだったよな?」


「は、はい。……でも、エルネスタさんがブチ切れそうなんですけど……」


「エル姉がどうかした?」


 ケーラは明日やる事があるのだろうか。

 けどエルネスタは内気だけど優しくていい人だ。

 1回のサボりくらい許してくれるはずである。

 ブチギレるはずがない。


「ああ、そう言えば翔太様の前ではそうでしたね」


 普段は違うってこと? よく分からないや。


「……だめだ。そろそろまぶたが限界。続きはまた明日にしよう」


 俺はウトウトと、目を閉じた。

 

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