愛護団体
「参考までに聞きたいんですけど、ポメラニアンってどれくらい強いんですか?」
「……はっきり言って、このままでは精霊の里は壊滅的し兼ねん」
それほどの脅威か……。
杖の老人がかなり渋めに顔をしかめている辺りから、自体の深刻さが伺える。
「ねぇ、しょーた。とりあえず、ここは一旦ひこう! 里が滅んだらまた来ればいいよ」
力になってあげようとか、そういう気持ちは一切ないんだな。やっぱりペトラって身内以外にはすげぇ、冷たいよ。
「私も賛成かな。精霊がいなくなってから、ポメラニアンを倒せば、万事解決だと思う。私も助けてあげたいって気持ちはあるけど、本人がこれじゃあ、仕方ないんじゃない?」
「俺はお前から、もっと勇者っぽい言葉が聞きたかったよ……」
けど、仕方ない、か。
命の危機にある人達を見捨てるのは些か気分が悪いけれど、本人にその意思がないのだから、これ以上は野暮だろう。
「わかりました。俺達は引くことにします。もし、生きてたらまた会いましょう」
俺はペトラの魔法袋に入るため、踵を返す。
「ま、待ってくれ。お前たちは……いや、あなた達は本当にあの怪物を撃退できるのですか?」
今更になって、腰を低くした杖の老人がそう尋ねてくる。
「退治はできると思いますよ。やる気があれば」
「理沙後輩。あるじってこんなに性格悪かったっけー」
「はい。キノ先輩。この人、軽い口調とネガティブ思考で誤魔化してますけど、根はクソなトンチキ野郎ですよ」
外野がうるさい……。
「……精霊の森の里長である私がそなた達の永住を認めることを誓おう。この通りだ。里を助けてくれんだろうか?」
それは覚悟を決めた男の顔だった。
精霊達にとって人間は、余程好ましくない存在であるように思える。
でも、それでも、民の命と天秤に掛けて腹を括ったのだ。
なら、俺達もそれに答えなければならない。
「貴方の意志、我等黒の方舟がしかと受け取りました」
「なっ。そなた達があの黒の方舟だと申すか」
意外と有名になったものだ。
最近じゃドナドナ団の名よりも黒の方舟を聞くようになったのではないだろうか。
「……ヒソヒソ、エレナさん、これって、なんか、いい話風にまとめてますけど、退路塞いで無理やり平伏させただけですよね?」
「リリムさん。それは言わなきゃ分からないことです。黙って見守りましょう」
外野がうるさい……。
「と、とりあえず里の方に案内して貰えますか?」
「嗚呼、わかった。……ただし、絶対に私から離れないでくれ。一度迷ってしまえば、二度と森を抜けられないと思った方が良い」
……こわ。
俺はミリィを胸に抱いて、クハクに跨る。
これで、たとえ迷子になっても一人ぼっちじゃない。
「大丈夫だよ。お兄ちゃんはミリィが守るからね」
「ありがとう。頼りにしてるぜ」
俺達は、入り組んだ森を歩き、進んで行く。
「随分と森を歩き慣れているようだが……」
「あー、実は俺達も、少し前まで森に囲まれた家に住んでたんです。街に買い物に行くにも、森を抜けないといけないので、結構慣れてるんです」
「なるほど」
それ以来、杖の老人は何も言うことは無かった。
程なくして、森が開ける。
そこは自然豊かで、木造建築が立ち並ぶ小さな集落だった。
「この里には300人の精霊が住んでいる」
ほう。300人ね。
「精霊って、全体ではどれくらいいるんです?」
「精霊女王の都には3万の民が住むと聞いている。私はこの里から出たことがないので、正確には分からないが」
この人、俺たちが住むことを認めてくれたのは良いけど、それだけの権力が、ほんとうにあるのか?
精霊女王とやらに、普通に、ダメですって言われないだろうか。俺が通っていた高校の生徒会長でさえ、1000人の頂点に立ってたのに、この人は300人の頂点だ。
「どうしよ、急に不安になってきた……」
え、黒の方舟は70人じゃねぇかって? うるせぇよ。
──ゴゴゴゴゴ
俺の不安を煽るようにして地鳴りがする。
どうやら地の聖獣が暴れているらしい。
「クハク、ネギま。とりあえずは俺達3人で向かおう。そんでダメそうだったらペトラに頼ろう」
『はい』
『御意』
俺は翼を広げたネギまに跨り空を駆ける。
「あそこだ」
急転直下で地に降り立った俺達。
そこに居たのは、等身大サイズのポメラニアンだった。
『俺様に何の用だ? ああん?』
メンチ切ってくるポメラニアン。
メラバケ〇ソのスキルが翻訳してくれてるみたいだ。
『お久しぶりでございます。駄犬様』
『おうおう、九尾の嬢ちゃんじゃねぇか。いい女になったなぁ。どうだ? 一発××××でもよ。×××が×××の×××になるくらい××してやるよ』
このイッヌとんでもねぇな。
セクハラの聖獣だろ。つーか性獣。
『主様。このオスを灰にする許可を』
『主様だぁ? んだオメエ。この人間に首輪付けられてんのか。クァッハッハッ。堕ちる所まで堕ちたな。聖獣ともあろうお前が、たかが人間如きのペットかよ。傑作だぜ』
ドスの効いた声で笑うポメラニアン。
しかし、次の瞬間、その毛玉は青白い炎で燃焼する。
『っテメエら調子に乗ってんじゃねぇぞ、オラ』
身を焼かれながらも、ポメラニアンは伸縮スキルで、3m程にまでサイズアップし、こちらへと飛びかかってくる。
犬を傷付けるのは、俺の良心が痛むけれど、今のポメラニアンはどう見ても完全に化け物。今なら殺れる。
俺はアイネクライネナハトムジーク第十八金剛烈空丸・華叉を抜き放つ。
桃色の魔力を纏った刀身が残像を残しながらポメラニアンへと迫り、そして皮膚を切り裂く。
『グァルルルル』
ポメラニアンの呻き声と同時に、地面が針山のように隆起する。
俺はネギまに掴まって飛行。
その猛攻を躱す。
『死んでくださいまし』
皮膚がヒリつくような業火が再びポメラニアンを燃やす。
『ぬりぃよ。そんなんで俺が止められる訳ねぇだろうが』
炎を纏ったポメラニアンはクハクの前足に噛み付く。
幻術だろうか?
するりとすり抜けたクハクはポメラニアンから距離をとる。
「お前のせいでうちの子が狂犬病になったらどうすんだ犬畜生!」
俺はネギまから飛び降りた加速を利用して切り掛る。
顔を狙ったはずが、前足で軌道をズラされてしまった。
しかし、それでも致命傷だったようで、バランスを崩したポメラニアンが転倒する。
「デス・スピア〜」
その隙に人型を執っていたネギまが槍を背中に突き刺す。
地面に縫い付けられたポメラニアンはジタバタと暴れるが、体勢を立て直せない。
「グァァァァ」
断末魔のような叫びが森にこだまし、一斉に鳥が飛び立つ。
「終わりでございます」
赤く光る九つの尻尾。
そして、大口を開けたクハクは口から光線を吐き出した。
「ふふっ。死になさい」
ポメラニアンの体を真っ直ぐに貫いた光線は途絶えることなく、数キロ先まで焼き尽くす。
完全なるオーバーキルだ。
「俺、クハクを怒らせることだけはしないようにしよう」
改めて力の差を思い知ったというか、格差を知ってしまったというか。
最近、ステータスが上がりづらくなってきている。
個人の限界、と言うべきなのだろうか。
元々、そこまで運動神経が良かった訳では無い俺では、ステータスを伸ばすという特訓方法が、使えなくなる時が来るかもしれないということを頭に入れて置かなければならなそうだ。
「でも〜、聖獣相手にこれだけ難なく勝てるって〜中々に異常ですよね〜」
「まぁ、確かにそうだよな。クハクには勝てる気がしないけど」
「ワタクシは鍛えております故。才能に胡座をかいた犬っころとは違うのでございます」
褒めて欲しそうに九つの尾を揺らすクハク。
さっきのポメラニアンの言葉じゃないけれど、聖獣ともあろう九尾がこんな姿を見せるのが何だか面白くて俺はいつもより力を込めて、わしゃわしゃとクハクを撫でた。




