リング
「今日はみんなに大事な話がある。俺たちの未来に関わる、大切な話だ」
教会の地下三階。
だいぶ狭くなってしまったこの場所で、70人近くいる家族が俺に視線を向ける。
数人からは覚悟の色が取れる。
俺の考えを見透かしている子もいるのかもしれない。
「突然だけど、今日をもって、黒の方舟は一時解散としようと思う!」
俺の宣言を聞き、部屋がざわめく。
何人かに話してはいたけれど、大半の人は俺の覚悟を知らない。
だから多分、俺の言葉を処理するのに時間が掛かっている子もいるはずだ。
俺はみんなが整理がつくまで待つ。
「前々から、いつかここを離れることは考えていたんだ。俺達が一箇所に定住すれば、それは同じ国に住む人達にも迷惑がかかる。──だから、いつか国を出て、俺たちの本当の居場所を作らないといけないと思ってたんだ」
だから、俺は旅に出る。
新たな居場所を求め、そして、強い仲間を手に入れ、神に挑む。
「俺は、もうすぐここを離れる。これからはそれぞれ別の道を行くことになる。俺たちと来てくれる人は歓迎するし、故郷に帰る人は見送るし、どこか新しい地での生活に挑戦する人は応援しよう」
俺が周りを見渡すと、ポツポツと覚悟の決まった顔が見える。が、やはり戸惑いを感じている人の方が多いようだ。
そこでひとつ、手が上がる。おずおずと挙げられたのはリリムの手だ。
「一時解散ってことは、また再会できるんだよね? また翔太くんと、みんなと一緒に暮らせるんだよね?」
「もちろん。俺たちは家族だ。みんなが俺の事を嫌いでも、俺はそう思ってるし撤回する気もない。だから何かあったらいつでも俺達を頼って欲しい。頼りなくても、情けなくても俺はみんなのリーダーとして、一人の男として、家族として、君たちの役に立てる事を望んでいる」
リリムは俺との別れを惜しんでくれている。
でも、ここにいる全員がこの生活に納得していたわけじゃない。
無理やり俺たちが攫ってきた人もたくさんいるし、一刻も早く家に帰りたかった人もいるかもしれない。
それでもこれまで手を取り合って生きてきたんだ。
だからたとえ離れ離れになってもこれっきりなんて嫌だ。
これは俺のわがままだ。けど、絶対に突き通す、意志を持ったわがままだ。
「しつもーん。あるじについて行くって選択肢はー?」
キノがいつものように間延びした声で問う。
「リシアとペトラが着いてきてくれる。他にも、俺と一緒に旅をしてくれるって人がいるのなら、是非」
「あるじはどっちを望んでるのー?」
どっち、か。
ちょっと難しい質問だな。
やっぱり、今このタイミングで全てを話さなきゃダメかもしれない。
「俺がこの組織を作った本当の目的はさ、神を殺すことなんだ」
万能神ゼーベスト。そして、奴の眷属として牙を剥くであろう天使達。奴らを俺は殺さなきゃならない。
「だから、悔いのない選択をして欲しい」
「死ぬ前に、束の間の幸せを噛み締めろって事でしょうか?」
「ちょっ、エレナ、言い方!」
リシアはエレナに食い掛かろうとする。
でも、だけど、それが真実だ。
「エレナの言うことは、一言一句間違ってない。俺達は、いつか戦争を起こす。誰かが命を落とす可能性だってある。悔いの残る生き方はして欲しくない。──その為なら、俺はみんなへの協力を惜しむつもりは無い。俺にできることなら何でもしよう」
「今なんでもするって言いました?」
「ああ。そうだよ理沙。なんでもする」
「……それだけの覚悟があるんですね」
ニヤリと笑う理沙に、されど俺は真剣な表情で返す。
彼女は俺の本気を悟ったのだろう。決意を込めて、頷いた。
「他のみんなも、考えて欲しい」
「ワタシはこの教会に残るっス。新しい家ってのも素敵っスけど、みんなが気軽に帰って来れる場所を守りたいっス」
頬を掻きながら照れくさそうに言ったプリシラに、レベッカが続く。
「私もこの国に店を構えてるわけだし、この家に残ろうかしら」
「わ、私は翔太くんについて行く。どこまでも!」
「私も残る組かな」
「私もー!」
「あたしも!」
「ウチも残る!」
つられるようにして次々と手が挙がる。
大体半分くらいだろうか。
「主よ、私は故郷に病にかかった母を置いてきました。もう長くないでしょう、ですがその命があるうちは傍にいたいのです」
「あぁ。待たせて悪かったな」
「私はルナちゃんと冒険者をやろうと思う。有名な魔術師になるのが夢だったから2人で頑張るんだ!」
「待って! シイルさん、お姉ちゃん、私も!」
「ダメニャン。アルビナにはまだ早いニャン。
──俺は今後について話をしてくれるみんなの話を聞き、エールと別れの言葉を告げる。
「じゃあ、これが最後の餞別だ」
俺は魔法袋からとある装飾品を取り出す。
「離れていても、俺達は黒の方舟だ。だから、昨日みんなの分、こっそり作ったんだ。何か証が欲しいなって」
その実、俺たち女神の方舟がやってきた事といえば、奴隷を強奪したり、ダンジョンマスターを繰り返しボコボコにしたり、貴族をぶん殴ったり、お姫様誘拐したり、他国と戦争したり。
「碌でもないことばっかしてたけどさ、楽しかったから。俺は楽しかったから、だから最後にこれは囁かな俺からの御礼だ」
俺は家族一人一人に、指輪を渡す。
装備すると、僅かながらステータスが上昇するお守りのようなものだ。
ものとしては、リリムやアデルミラが作ったものの方が数百倍も上質になるだろう。
けれど、これは俺からの気持ち。
家族の顔を思い浮かべながら、一番似合う色の宝石を付けたお揃いの半お揃いの品だ。
「実はこれ、魔力を流すと黒の方舟のシンボルマークが浮かび上がるんだ」
御旗士が使う旗に描かれていたものと同じだ。
「お兄ちゃん。見てみて〜、お嫁さん!」
「私もお兄さんのお嫁さん」
左手の薬指に指輪をはめた幼女2人は楽しそうにニコニコ笑う。
「みみみみみみ見て! エルお姉ちゃんもお嫁さんだよよよ」
相変わらず緊張のせいか上手く舌が回らないエルネスタ。今日も噛み噛みだ。
「ははっ。それじゃあ、みんな俺のお嫁さんになっちゃうね……ってあれ? どうしたの……?」
突如空気が変わった地下三階。
特に数人からは獲物狩る獣のような視線を感じる。
俺、なんか変なこと言ったかな?




