子守り
「チワワ! チワワじゃない!」
お祭りの2日目、王城で会ったのは、俺をペット扱いして振り回したお嬢様だった。
「貴方どこにいたのよ! 心配したわ!」
ひしっと抱きついてきたお嬢様はおでこをくっつけて俺の体をペタペタと撫で回す。
「まあまあ、落ち着けクソガキ。俺はもうお前のペットじゃない訳だ。それにお前ももうお嬢様じゃない。子供は子供らしくお外で遊んできなさい」
「何言ってるの!? チワワお座り」
「にゃん!」
……ダメだ。反射的に従ってしまった。
「ねぇ、今日は一緒にお祭りに行きましょう。きっと楽しいわ!」
「俺だって忙しいんだよ。そこら辺にいるメイドさんにでも付き合ってもらえよ」
「チワワ、伏せ」
「きゃん!」
くそ、またしても……。
「さあ、行くわよ! まだ見ぬ世界が、広がってるはずなんだから!」
元気だなぁ。
カロリーヌに家族が殺されて塞ぎ込んでるって思ってたけれど、彼女の様子は気丈だ。
いや、無理してるのかもしれねぇな。
「今日くらいは付き合ってやるか」
俺はポリポリと頭をかいてからお嬢様に続いた。
「まずは自己紹介をしようか。俺は春野翔太。人間だ。いいか? 人間だ」
「お手」
「くぅん!……って、違う。普通、猫はお手なんてしないだろ?」
「ネコなんでしょう?」
「猫じゃない」
なんか、絶妙に話が噛み合わない。なんで?
「で? お前はなんて言うんだ?」
「私はエミリア。エミリア・ルーズイッヌーよ」
へぇ〜、エミリアって言うのか。
日本にいた頃は異世界ものの小説を結構読み漁ってたけど、こいつほど頭の悪そうなエミリアは一度として見たことがない。エミリアって名前の異世界人はだいたいレギュラーか準レギュラーにいるしな。
「よろしくな、エミリア。そんで、このクマさんのぬいぐるみが、ハルだ」
「あんたぬいぐるみに名前を付けるタイプなのね……」
「でも、可愛いだろ? 何故かいい匂いするし」
俺は胸に抱いていたクマさんのぬいぐるみに鼻をつける。
うん。お花の匂い。
『ちょっ! やめてください! 嗅がないで! やめて!』
念話が届くけど聞こえないフリ。
俺たちは賑わう街並みを歩いていく。
「翔太!これ……! 凄く赤いわ」
「これはりんご飴だよ。知らなかったの?」
「ももも、もちろん知ってたわ! 父が雇っていたメイドの中にこの武器を使って天下一武道会で優勝した人がいたもの! 確か打撃に優れた近距離武器ね」
そう言って見た目から想像出来るホラ話を自慢げに聞かせ始める。
この世界において砂糖は割と貴重らしいのでりんご飴ももちろん高級である。値段だけ見たら装備に見えなくもない、か。
あの筋肉執事だったらこんな馬鹿げた話を聞いたあとも「お嬢様は博識でいらっしゃいますな」とか言って華麗にスルーなんだろうな。
あー、そういやあの執事は生きているのだろうか。
「なぁエミリア? これ食べ物なんだけど」
「ふふふっ。私より少しばかり街に詳しいからって嘘でからかおうとしても無駄よ! そこの、このりんご飴とやらを1つくださいな」
そこの、ってなんだよ。そこの、って。、めちゃくちゃ偉そうだな!
……俺も1回でいいから使ってみたいな。
「そこの者名はなんとも申す?」てきな?
「あんた何ブツブツ言ってるの?隣にいて恥ずかしい真似だけは辞めてちょうだい」
この女殴っていいかな?
「ほら、私からののどごしよ?これが食べ物だというのなら私の前で食べて見せなさいよ」
「のどごしじゃなくて施しな? いいよ、あーん」
俺はエミリアの手元に残ったままのりんご飴に噛み付くと、砂糖部分をバリバリと捕食する。
この男正気か? みたいな目で見るエリミアに、ほらな、と笑いかける。
「あなたちょっと気持ち悪いわね、宇宙人ってみんなこうなのかしら?正気を疑うわ」
口から出た情報は視線から入ってくる情報よりも3倍きつかった。
目は口ほどに物を言うなんて、口の悪いヤツ相手には通用しない言葉みたいだ。
「いいからお前も食ってみろよ」
「……わかったわ」
「どうだ?」
「うん。まぁ、そうね。うん……。うん。まあまあね」
「そこはさ、甘いわ! とかそういうリアクションをとってお嬢様生活との街での生活との差にカルチャーショックを受けるタイミングじゃねぇのかよ!」
「なんで私がハイパーキックを受けなきゃいけないのかは別として、ただ甘いだけのものに感動は起きないわね」
「意外と厳しいな、お前……」
俺はハルの為にもうひとつりんご飴を買うとその屋台を後にする。
『私、こんなもの貰っても食べれませんけど……』
「雰囲気だよ、雰囲気。りんご飴は持ってるだけでお祭り気分は味わえるから」
『……!? もしかして、私の考えてることが読めるのでは!?』
俺は黙り。無視をする。
次第にはりんご飴でポカポカと殴ってきたので、俺は頭やお腹をわしゃわしゃと擽る。
『ひゃめっ! いやっ! は、ハレンチです ひゃうっ』
クマのぬいぐるみ相手にいけない気持ちになったりはしないけれど、声はものすごくえっちかった。
「次はあれをやりましょう! 金魚救いよ! こんな価格でに救世主気分を味わえるなんて、なかなか楽しそうな遊びね」
「金魚掬いな」
たくましいやつは何年も生き残るけど、お祭りで掬った金魚ってすぐ死んじゃうんだよな。
俺達には救えねぇよ。
『回復魔法を掛ければいいのでは?』
「あ、そうか! その手があるわ!」
ハルってばぬいぐるみのくせになかなか頭が回るじゃんか。
『やっぱり、私の思考読んでるじゃないですか!?』
「おーっと、いけね。やらかした!」
バレてしまったら仕方ない。開き直ろう。
俺はポイをひとつハルに渡す。
「勝負しようぜ!」
お店のおっちゃんは動くぬいぐるみを見てビックリしていたけれど、俺がゴーレム使いだと知ると納得したように頷いた。
「詐欺よこれ! 私は救世主にならなきゃいけないのよ!」
隣で騒ぐエミリアは一匹も捕れないままぶーすか駄々を捏ねている。
「ヘッタクソだなぁ、お前。何でも簡単に救えるなら英雄なんていらねぇよ」
言うまでもなく、これはただの金魚掬いだけど。
「なっ! だったら見本見せて見なさいよ!」
「いいぞ。ハルも見とけよ!」
俺は赤い金魚に狙いを定め、ヒレを外して掬いとる。
「どんなもんよ!」
そして、続け様に2匹、3匹、4匹……
驚き半分、感心半分の表情でこちらを見る二人。
こういう日も、悪くない。




