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【閑話】終わりよければ、続編が


 これは世界一幸せなダークエルフの物語。


 私の人生は恵まれたものではなかった。

 物心ついた時には、自分の命が銀貨1枚にも満たない事を知った。

 そして、ある程度成長した頃には、銀貨1枚が、旦那様の食事1回分の費用だと知った。


 ダークエルフは希少である。

 そんな理由で買取られた私には大した使い道もなく、ただ遊び半分の拷問を受ける日々が続いた。


 どうして私はこんなにも辛い思いをしなければならないのだろう。そんな疑問の答えを出したのは、黒目黒髪の青年だった。彼は一言──「運じゃない?」と、そう言った。


 その言葉はまるで闇そのものだった。

 私の全てを否定し、私の人生の価値を晒け出した。


 聞きたくなかった。知りたくなかった。そんな事。

 怒りよりも、悲しみよりも、深い絶望が私を襲った。

 


「取り引きをしよう。俺を逃がしてくれれば、キミには3つ、俺から差し出せるものがある」


 彼の提示した物は全てが喉から手の出るほど欲しいものだった。


 温もり、居場所、名前。


 彼が条件として挙げたのはこの3つだった。

 私は涙を禁じえず、その場で崩れ落ちた。


 例え、彼が逃れる為の嘘を吐いていただけだとしても、そんな幸せな未来を想像してしまった私は堪えることができなかった。


「うぅっ。……ぐっ。ううっ。うあああああああん」


 嬉しかったのだ。彼が願いを叶えてくれなかったとしても、その可能性が存在するというだけで。

 

 私は彼の拘束を解いた。

 すると彼はいの一番に私を抱き締めた。


 人の体温を感じたのはいつぶりだろうか。

 物心付くようになってから、今の今まで、私が誰かに触れた事は一度としてない。

 時々ご主人様が私をお仕置と称し、暴力を振るうことがあるが、必ず道具を使い、指先ひとつ触れることは無い。


 私は──汚いから。


 しかし、正面から抱き締め、私の身体を覆った黒髪の男は私の身体を離さなかった。


 傷だらけの膿だらけ。

 こんな身体に触れさせてしまったことに罪悪感を感じた。


「ぐすっ……近寄らないでください。お召し物が汚れますし、私も臭うでしょう」


 昨晩から取り替えていない包帯には火傷の痕から滲んだ膿が付着している。こんな風に抱き締められては、染み出した膿で、この人の服を汚してしまうだろう。

 体だって、最後に雨が降った日以来洗っていない。


「不愉快な思いをさせてしまい、すみません」


 私は彼が口を挟むよりも先に謝った。


 こんなことを言わなければならない自分の立場を強く呪いながら。


 どうして私が謝らなければならない?

 私は好きでこんな体にされている訳ではないのに。

 そんな気持ちが湧いた。

 それでも謝ったのは、彼が希望に思えてしまったから。

 彼に離して欲しくなかったから。

 更こんなに醜い身体を抱き締めてくれた嬉しさと、申し訳なさ。そんな感情がごちゃ混ぜになって、自分でも訳が分からないことになって、私はただ泣いた。


 そんな私を彼は離さない。

 どんなに抵抗しても、私が泣き止むまで、彼が力を緩めることはなかった。嬉しかった。


「用事が終わったら、また会いに来るよ。残りふたつの約束も、ちゃんと叶えよう」


 生まれて初めてのプレゼントはクマのぬいぐるみだった。

 私がプレゼントを貰うなど、多分これが最初で最後。


 その日は泣いて眠った。泣いて泣いて、泣き疲れて、眠った。



 そして翌朝。

 私は男を逃がした罪に問われる。

 聞き取りと称した拷問のため、鎖に繋がれた。

 使用人のひとりが、嬉々として旦那様の代わりに器具を用意している。どうやら爪を剥がすつもりらしい。

 痛いのは嫌いだ。こればかりは慣れる気がしない。

 頭では冷静なのに、きっと数分後には悲鳴を上げているのだろう。

 容易に想像できる未来を憂いていると、私よりも先に屋敷の方からメイドの悲鳴が聞こえてきた。


「ついに来たのね」


 内乱が起きていたことは知っている。

 当家が狙われるだろうことも。


 やがて拷問の準備のため、部屋を出た使用人と入れ違いに、1人の女が部屋に入ってきた。

 私と同じ褐色の肌を持った大女。しかし、彼女は人間ではなく、下半身は蛇のようだった。恐らくラミアという魔物だろう。

 

「……ふむ。お前は殺さなくても良さそうだな」


 すぐに部屋を出ようとするラミアに、私は待ったの声をかける。


「すみません、お願いがあるんです」


「妾は忙しい」


「手間は取らせません。すぐに死にますから」


「ほう?」


 死という言葉に興味を引かれたのか。

 彼女は近くに寄ってきて、真っ直ぐ私を見つめてきた。

 蛇睨みという言葉があるように、私もまた、動けなくなる。今更ながら、自分がこんな化け物に声をかけたことに驚く。


「お主も随分と昏い奴じゃ。気に入った」


 舌を鳴らし喜ぶラミアに、私は要件を持ち出す。

 隣の部屋にあるクマのぬいぐるみを持ってきて欲しい、と。


 雑に頭を掴まれたクマのぬいぐるみが投げ渡される。

 私は鎖の繋がっていない右手で拾い上げ、それを胸に抱いた。少しだけ花の香りがする。あの男と同じ匂いだ。

 じーっとクマのぬいぐるみを見つめる。

 ふわふわの毛並みの可愛らしいクマは、少し湿っていて──結論は案外すぐに出た。


「貴女の毒を分けて頂けませんか?」


 死ぬ覚悟はとっくにできていた。それでも死ななかったのは、生きてさえいれば幸せになれるのではないか。

 そんな淡い期待と、辛いだけの人生を何の意味も価値もなく死ぬことに対する恐怖があったから。


 それももう今日で終わり。

 

 何故なら、今の私は──死にたいと思う理由がある。


 多分、今の私は人生で一番幸せな時を過ごしている。

 あの男の口車に乗ってしまったのは少し癪だけれど、それを押して余るほど、私の心は満たされていた。


 死ぬなら、今しかない。

 

 今の私には、このクマのぬいぐるみがある。

 温もりの残滓が消えてしまう前に、私はこの世を発つ。

 さすれば、私の人生はハッピーエンドだ。


「さようなら」


 私はラミアに貰った毒を口にして、己自身に睡眠魔法を掛ける。深い、深い、睡魔が、私を襲った。

 



「……あれ? 私、死んだはずじゃ」


 次に目を覚ました時、私の視界に映ったのは雲ひとつない晴天の青空だった。


 心地良い風が私の肌を撫でていく。


 私は、ひどく重く感じる頭を持ち上げる。

 ダメだ。体のバランスが上手く取れない。


 フラフラと揺れながらも、何とか立ち上がった私の視線の先には、ひとつのお墓があった。


「全然読めない……」


 墓石には何か文字が刻まれていたけれど、読み書きの出来ない私には解読が不可能だった。


「でもなんでだろう。凄く懐かしい感じ」


 まるでここが私の家のように──


 っ! まさか……これが私のお墓……?


 色とりどりの花々が飾られた立派な墓石。


「でも、もしこれが私の墓なら、私はもう死んでるはず」


 しかし、私は現に、ここにいる。


「クマだ〜逃げろー」


「ん。スタコラサッサッサーのサー」


 私から少し離れたところで、二人の子供が走っていくのが見えた。獣人族の子供と、人族の子供だ。


「そこのお嬢さん、待ってもらえませんか?」


 私はやたらと逃げ足の早い2人を追いかけていくと、やがて小さな教会の前に辿りいた。


「うぇっ!? クマのぬいぐるみが喋ったっス!?」


 そこで私は、思いがけない再会をする事となる。

高評価ありがとうございます!

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