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受け身は取れたか?



 ──ガキンッ


 重い衝撃と共に剣がぶつかり合う。


「お姉さんの剣もなかなかだね。僕の魔剣と打ち合えるなんて、すごいや。それに度量も。中ボスか何かなのかな?」


 ゲーム脳宇宙人は鍔迫り合いの状態から、カロリーヌの剣を受け流すようにして横にステップ。

 カロリーヌの腹部に蹴りを入れて距離を取る。


「【縛】」


 カロリーヌが発動したのは糸術士のスキルで、敵を拘束する為のものだ。


「多芸だね。けど、僕だって負けてないよ」


 宇宙人は捕縛される直前に、魔剣を投擲した。

 

 カロリーヌはスキルにより宇宙人を拘束する事に成功したが、代わりに左足が魔剣によって貫かれる事となる。


「お姉さんは痛覚がないのかな? 普通なら悲鳴を上げるだろうに。それとも中ボスクラスのNPCに悲鳴の演出は付けられてないのかな? ─【帰還】」


 宇宙人は何やらぶつぶつと言ってから、手元に魔剣を召喚して糸を斬った。


 カロリーヌは足を剣で貫かれた為、無理してその場を移動することはせず、火属性と毒属性の複合魔法を放つ。


「へぇ、化学の知識もあるのか」


 無詠唱とは思えない威力の魔法が宇宙人を襲うが、あろう事か彼は魔法を切断。それを吸収した。


 流石のカロリーヌもこれには目を見開く。

 魔王や勇者が訓練を施す黒の方舟においても、魔法を吸収するなど、聞いたことなかった。

 翔太は魔力の吸収というように似たような事ができるが、それでも既に展開された魔法を吸収はできない。


「魔剣を見るのは初めてみたいだね。ちなみにこんな事もできるよ」


 宇宙人は膨大な魔力を剣に乗せるとそれを斬撃として飛ばしてきた。

 何度も何度も飛来してくる魔力刃は決して無視できない威力。カロリーヌは剣で弾き間合いを詰める。


 幾度となく剣を打ち合い、少しずつ互いにダメージを負わせる。

 ステータスはカロリーヌのほうが圧倒的に高いが、戦闘のセンスは宇宙人の方が比にならないくらい上。

 彼はゲームで培ったセンスでカロリーヌと渡り合っているのだ。


「──【茨】」


 カロリーヌは棘だらけの触手を召喚し攻撃するが、宇宙人はそれを全て剣一本で凌ぎ切った。巻き添えになった他の兵士たちは数十人命を絶たれたが、目の前の宇宙人にはかすり傷ひとつついていない。


「遅いよ」


「甘いですよ」


 茨を断ち切り距離を詰めようとした宇宙人の前で、空間が揺れる。カロリーヌが用意したのは重力魔法。上級職の中でも特に扱いの難しい魔法だ。

 ペトラのように生物を圧迫死させることはできないが、敵の動きを鈍らせることはできる。

 初めて膝をついた宇宙人に向け、カロリーヌは空かさず、氷魔法を展開する。


「穿ちなさい」


 無数に展開された氷の矢は宇宙人へと吸い込まれていく。

 一撃一撃が、命を奪いかねない威力だが、それでもやはり宇宙人を殺すには至らない。

 ラクからもチート生物と言われている通り、女神による加護を得た人間というのは、戦闘に長けているものが多い。

 宇宙人も例外ではなく、戦闘センスは抜群に高かった。

 とくに転生前にRPGをやり込んでいた彼は、この世界をゲームとして認知しており、視点や考え方が根本的に違っていた。

 その影響は魔法の使い方に出る。

 魔法剣で吸収をしながらうまくそれらを捌くと、溜まった魔力を解放して重力結界を弾き壊す。

 一切無駄のない動きに、カロリーヌも目を見開く。


 彼女が使う魔法の威力は決して低いわけではない。

 単純に、この攻撃を耐えきった宇宙人の能力を褒めるべきだろう。


「ってぇ……」


 矢を掠めた頬。

 血を拭いながら、剣を構え直す宇宙人。

 流石に無傷とはいかず、ところどころ矢の刺さった場所から血が滲んでいた。


「なるほど、遅効性のデバフか」


「はい。これも貴方たち宇宙人の知恵ですが」


「ようやく喋ったね。その宇宙人がお気に入りなのかな?」


 宇宙人に刺さった氷の矢は、少しずつ体の体温を奪っていく。既に、皮膚の一部は凍傷を起こしており、すぐに治療しなければ体が壊死する可能性もある。


 カロリーヌとて、宇宙人の強さは十分理解していた。

 全力の魔法を使ったとしても、倒すことは難しいだろうことも予想していた。


 ゆえに、これは威力の勝負ではない。

 如何に不自由を与えて、敵を弱体化させるかの頭脳勝負だ。


「アイシクル・レイン」


 カロリーヌは再び魔法の矢を放つ。

 今度は頭上から降り注ぐように。


 宇宙人は追尾してくる氷の矢を走って回避すると、カロリーヌへ剣を振り下ろしてくる。

 距離さえ詰めれば、魔法は使えない。ゆえに、近距離戦で勝負を挑むべきだ。そう考えたのだろう。


 しかし、そんなものはあまりにも()()()()過ぎる。

 黒の方舟が、勇者に鍛えられた彼女たちが、そんな戦い方をするわけがない。


 幾度となく剣を打ち合う2人。

 しかし、魔法の矢が止む気配はない。


「どういうつもり……?」

 

 宇宙人の顔が歪む。

 氷の矢は降り続けている。

 それが例え敵だけでなく、カロリーヌの身体に降り注いだとしても。


 宇宙人はカロリーヌの剣撃を受けながら、矢の対処もしなければならない。一方のカロリーヌは、己に矢が刺さろうともお構いなしに、宇宙人へと攻撃を続けた。


 確かにステータス自体はカロリーヌの方が宇宙人よりも高い。ゆえに受けるダメージはいくらかマシだ。だが、だからと言って痛くないわけじゃないのだ。


 それでも自傷を躊躇わないその戦い方は、何処かの狂剣士に似ていて。

 宇宙人は思わず身震いをする。


「ふざけるなっ!」


 魔剣を解放し、炎を纏わせた宇宙人はカロリーヌの頭上に剣を振り上げた。

 当たりさえすれば、戦局を覆す大きな一撃だっただろう。

 しかし、カロリーヌはポンと、その肩を押すと、いとも簡単に宇宙人はその場で転倒した。


 見れば、足元はスケートリンクのように、当たり一面氷で覆われていた。

 カロリーヌが空から氷の矢を降らせていたのはこの為。

 当然、普段から氷の魔法を使用している彼女はその辺りも対策済み。あらかじめ、刃のある靴を履いていた。


 カロリーヌは剣を横なぎにすると、魔剣を握っていた右腕が手首ごと弾け飛んだ。


「うっあああああああああクソッ!」

 

 蹲り、悲鳴を上げる宇宙人。

 先程までの余裕のある表情は見る影もない。


「……貴方はとても不快な人でした」


「黙れっ!」


 とどめをさそうとするカロリーヌが目にしたのは銃口。

 それは明確に、頭部へと、向けられていた。

 

「っ!」


 宇宙人は隠し持っていた拳銃の引き金を引く。

 発砲音と共に鮮血が舞った。


 その砲撃はカロリーヌの眉間を狙われたものだった。

 が、利き腕を失い、左手で撃ったからだろう。

 銃弾は的を外し、カロリーヌの肩を深く抉った。


 しかし、それでも所詮は肩だ。

 肩を撃たれて死ぬような鍛え方はしていない。


 カロリーヌは怯むことなく、足元に仕掛けていた糸で宇宙人を吊し上げた。


「いッグ……」


 声にならない悲鳴を上げる宇宙人。

 痛覚のある人間が痛みによって行動を鈍らせるのは本来なら当然のことである。


 宇宙人は自棄になって2発目を放ったが、それはカロリーヌの仮面を吹き飛ばすだけで、致命打にはならなかった。


「ははっ。ひでぇ顔……」


「そうですか。初めて言われました」


 カロリーヌは冷淡に笑い、宇宙人の首を切り落とした。

 宇宙人を王女が倒す。

 それはつまり、人という種族が神の加護に打ち勝ったということでもある。

 カロリーヌは決して戦闘力が高い方ではないが、今や黒の方舟という組織は、明確に神へと届きうる存在となったのだった。


「うぉぉおおおおおお!!!」



「……っ!」


 宇宙人という強敵を討ち、一瞬気が抜けた隙に、他の兵士達が畳み掛けてくる。

 息をつく暇もないとはこのことだろう。

 宇宙人という強者が討たれたことで、多くのものは勝ち目がないと悟ったとのか、戦意を喪失させている。

 その一方で、強く死を覚悟した者たちの狂気にも火を灯したのだ。

 初撃は何とか凌いだが、その後に続いた槍がカロリーヌの脇腹を穿つ。


「邪魔ですっ!!!」


 傷口を抉られるようなその攻撃に、カロリーヌは顔を顰めたが、すぐに敵を切り伏せ距離をとる。

 止まない攻撃の雨。

 敵意と憎悪。


 何人倒しただろうか。

 数百人? 数千人?

 数え切れないほどの死体の山で、カロリーヌは息を吐く。

 季節外れの白い吐息。

 

「この国は私たちのものです。死にたくなければ立ち去りなさい」


 カロリーヌは自身を中心に氷魔法を展開。

 脇腹から滴る赤色の液体が血晶となるほどの冷気が周囲を包む。

 

 まるで凍土のように冷えきった地で、舞い踊る姫。

 カロリーヌは宇宙人に弾き飛ばされた仮面を拾うと、顔を覆い静かに笑う。


「……私も未熟ですね」



──○○○○──



 足が震える。

 霞む視界でどうにか敵を捉えて、剣を振るう。


 宇宙人を倒した後も猛攻が続き、ただひたすらに敵を斬る。魔力も底をついたが、敵の底はまだまだ見えない。


「うぉぉおおおおおお!!」


 迫り来る敵をまた叩き伏せる。


 この国の仇は──自分自身。


 私のせいでこの国を危険に晒し──そして、守ることすら出来なかった。

 私は王女。立場ある人間にはそれに伴う責任があります。


 この国の膿を全て吸い出した後、私は死なねばならない存在。

 死ななきゃダメ。ダメなのに……どうしてこんなにも、死にたくないのでしょう。


 私のせいで何人死んだだろう。

 私の剣でどれだけの命を奪っただろう。


 私は生きていていいような人間じゃない。

 だけど──


「どうしても死にたくないと思ってしまうんです……」


 死に物狂いで立ち向かってくる敵を一人……また一人と返り討ちにしていく。


「サーストには謝らなければいけませんね」


 私が生きたいと思ってしまった時点で、この復讐は失敗だ。自分自身が復讐の対象である以上、ここで死なねばならない。


 なのに。今になって命が惜しい。


「……嗚呼そうですか。そう言うことですか……」


 ──私が、亜人族や獣人族または奴隷の者達と馴れ合ってしまった時点で……彼女達を家族と認めてしまった時点で、私はもう王女ではなくなってしまったんですね。


 彼女達と笑い合う日々をもっと過ごしたい。

 彼の淹れた紅茶が飲みたい。


 だから──死にたくない。


「んアッ!」


 近くで魔法が爆発した衝撃で、私の体は宙を舞うと、受け身も取れぬまま、どじゃりと地面に叩きつけられた。


 今ので何本か骨が折れた。

 痛みと熱。身体を捩るが、上手く立てない。


「ごめんなさい。……ごめんなさい。ごめんなさい」


 私の口からは無意識に謝罪の言葉が紡ぎ出された。


「自分勝手な人間でごめんなさい。迷惑掛けてごめんなさい。無責任でごめんなさい。裏切ってごめんなさい。嘘つきでごめんなさい」


 ──生きたいと思ってしまってごめんなさい。


 私は王女失格です。

 人の上に立てるような器じゃなかったんです。


「だけど、それでも、生きるのだけはやめられません」


 生きたいんです。

 また、あの人に会いたい。


「翔太さん………………たすけてください」


 私は縋った。

 王女としてのカロリーヌではなく、黒の方舟としての私が。


 そして時空が割れて一人と一匹が現れる。

 

「その言葉をずっと待ってたよ、カロ。ありがとう」


 そう言って翔太は北枕で倒れていた私の頭を南に向けた。


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