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神に縋る



「【爆ぜよ】」


 俺の一言が敵陣のど真ん中に大爆発を起こした。

 

 この爆発技は、俺がペットになっている間に思い付いたもの。ずっと課題だった殲滅型の魔法が、ついに完成したのだ。


 昨日、俺がお嬢様に水をねだった時に、メイドが魔法で水を生成し、俺のお椀に注いでくれた。

 もちろん、コップを使う権利なんてないので、よく犬とかが水を飲む時に使ってるあれだ。


 俺はその水を飲んだが、お腹を壊すことはなかった。

 そう、つまりメイドが生成したのは飲料水だったのだ。


 これは知らない人が多いかもしれないが、ただの水、つまり純粋な水、純水は人にとって有害なのである。

 よって、メイドが生成した水には不純物が混ざっていることが分かったのだ。


 それはつまり、水魔法で生成する水に関しても、作為的にコントロールが可能だという事ではなのではないだろうか? 俺はそういう決断に至ったということだ。


 空間魔法と毒属性魔法、更に水属性と火属性魔法を複合させた水素爆発は初の試みで──敵陣に穴を開けた。

 詠唱無しでこの威力はかなり使える。


 俺達は動揺する敵の隙に入り込むようにして武器を振るった。


「ひっ、怯むな! 敵は100人もいないぞ! 囲んで仕留めろ!」


 指揮官らしき男の声に、勇敢にも敵兵は立ち向かってきた。そんな敵兵を憐れむかのように、リリムが苦笑いを浮かべると、両手に執ったミニガンの引き金に指を掛ける。


「っがァァァ!!!」


 銃身が回転し甲高い音、共に上がる悲鳴が耳朶を打った。

 目の前まで迫っていたはずの敵兵達は発砲されたその銃弾に身を貫かれ絶命していく。


「いいか、スピカ。1番の敵は──味方だ」


 俺はリシアとスピカと共に戦場を駆ける。

 俺たち接近戦派は味方が放った銃弾や魔法、矢を躱しながら戦わなければならない。


「ごめん! 2人共物理法則に従ってくれない? 何で背中から飛んできた矢を躱しながら戦えるの?」


「んなもん、日々の特訓で身に付けんだよ」


「本当に人間!?」


 どうやら、スピカにはまだ早かったようだ。

 俺はネギまに頼んでスピカと共に移動してもらう。


「えっ!? ちょっ! えええー」


 ネギまはスピカを咥えながらも、翼からは火の粉を撒き散らしていく。


「翔太のことは私が護るから。安心して背中を預けてくれていいよ」


 リシアは背中合わせで俺の後ろに立つと、そう言った。


「なら、俺はただ眼前の敵を屠ろう。お前の後ろには俺がいる。リシアも存分に剣を振るってこい」


「そう。──頼りにしてるから」


 リシアは青白く光った聖剣を振るい、敵を薙ぐ。

 飛来する魔法は全て弾き、矢は叩き切る。

 鮮やかなステップで戦場を駆ける度に、出会った頃よりも少しだけ伸びた金髪がひらひらと舞う。

 

「そう言えば、ペトラちゃんはよかったの?」


 リシアは目の前の敵を叩き切ると再び俺の背後まで後退し、そう言った。


「まぁ、いいんじゃないか?」


 今回、ペトラは戦いに参加していない。

 敵軍にちょくちょく混ざってる魔族に正体をバレないようにするため、という理由もあるが、1番は彼女が力を持ち過ぎているからだ。万の力を持つ彼女が10と11を調整するのは難しい──そういう話だ。

 あまり広くないこの場で、彼女が力を解放させるととんでもない事に成りかねない。


 故に、今回は御旗士と呼ばれる職に就いた子達と後方で旗を振っている。

 御旗士は、戦闘職でこそないが、味方の能力を上げるサポート型の職だ。

 いつの間にかに作られた黒の方舟を表した旗は、俺たちを鼓舞するように振られている。


 正直、めちゃくちゃかっこいい。


「【狂化ランク2(マダー・ツー)


 俺は沸き上がる衝動に身を任せ、まるで獣のような動きで敵を切り伏せていく。飛び散る鮮血が地に落ちる頃、その場に俺の姿はなく、次々に敵を屠る。


「近づく闇に足音はなく、轟く雷鳴に慈悲はない。祈る者は神を忘れ、ただ一抹の灰燼と化す!」


 俺の詠唱に答えるように華叉が纏う桃色の雷が黒く変色し膨張する。


「【地龍雷神】!!!」


 俺が地面に叩きつけた華叉から放たれる無数の黒雷は兵士騎士関係なく命を奪い周囲を巻き込むように感電していく。


 今の俺にはこの有象無象が人にすら見えない。斬れば音を鳴らすただのガラクタだ。

 死体の山を築けば築くほど、力が漲ってくる。


「……っく! 来るなァァァ!!!!」


 敵の叫びが俺を狂わせる。


 今俺の頬を伝う雫は汗か血か。


 酷使してボロボロになった右腕の痛みといえば、いっその事ちぎれてしまった方がいいんじゃないか? そんなことすら思わせる程だ。

 しかし、敵を斬る快感はそれを遥かに上回る。

 もう止まれない。


「狼狽えるな! このような者を生きて返すわけにはいかん! 奴は体力の限界だ。囲んで仕留めろ!」


 阿鼻叫喚の戦場で、勇ましく声を上げたのは色白肌で銀髪の女騎士だった。

 この女性が騎士であることから、同時に上級職であることがわかる。綺麗な人だ。



 ──っぐ。まずい、これは……



 突如として俺を襲う頭痛。

視界がぼやけ、足元が揺れるような錯覚に捕らわれる。


「なんだよこれ……」


 そして、その隙を見逃さなかったのは女騎士だ。流石の判断力と言わざるを得ない。

 彼女は瞬き1つで見失うような速さで俺の元に迫る。

 その実力は黒の方舟を除けば、世界有数と言っていい。



 ──くそ、だめだ……



 抑えられない。


 頭痛に耐えつつも女騎士を見上げた先で視線が交差する。

 見れば見るほど綺麗な瞳だ。


 しかし、それも一瞬のこと。

 やがて、鋭く細められた彼女の碧眼は血の涙を流し俺の視界から消えていく。


 女騎士の首は宙を舞っていた──。




 

──〇〇〇〇──



「信じられん……」


 辺りは一面死体の山。丁寧にかられた芝生は鮮やかな紅色に染まっていた。


 幾度も戦場を渡り歩いた俺にはとっくにわかっていた。

 これはただの虐殺だ、と。


 敵のほとんどが全てがまだ若い少女達。

 整ったその容姿と、人間離れしたその強さが恐怖を増長させていく。


 そして目の前には一組の男女。


 黒髪の男──その動きはまるで獣。明らかに防御を無視した動きは人間のそれではない。


 金髪の女──手に執るは光の聖剣。きのこ派の希望にして人類最強と謳われた英雄だ。


「……くそっ。何故こんなところに狂戦士が」


  普通、上級職でわざわざ狂戦士を選ぶような奴はいない。理由は明白。すぐに死ぬからだ。

 防御を捨て、身体を酷使すればそうなるのは当然だ。

 また、痛みに耐えかね、廃人になった狂戦士の人間を何人か見たことがある。

 諸刃の剣とも呼ばれるその職は──されど、敵対してしまえば厄介なことこの上ない。


「お前たち、一旦狂戦士からは距離を取れ!」


 この男は狂気に飲まれつつもまだ理性が残っているようだ。だがそこまで精神が強そうには見えない。

 ならば、それを、補うほどの確たる〝意思 〟があるということだろう。


 それでも……

 俺はニヤリと口を歪めた。


「すみません、お父様。このような時に遅れてしまい申し訳ございません」


「良い。さっさとあいつを討ち取ってこい」


「はっ」


 ベーナ・ヤー。正真正銘俺の一人娘だ。

 自軍の騎士の中では最大戦力だろう。

 幼き頃に剣客としての才能を開花させ上級職についたのは20を過ぎた頃だ。聖剣には選ばれなかったものの、後5年もすれば国を背負う初の女騎士として名を馳せるであろう我がヤー家の誇りだ。


 例え勇者に勝てずとも、狂戦士の男相手ならまだ可能性がある。

 ここであの男を討ち取れば今日のことはベーナの英雄譚のひとつとして語られることになるだろう。

 その為ならむしろ他の雑兵の命はベーナの強さを引き立たせるための糧となって構わない。


 目の前で獣の様に狂う男は、恐らくこの組織の長だ。

 トップを討ち取れば、相手に動揺が生まれる。

 その隙に撤退すれば良い。


 俺は男の最期を見届けようとして──


 宙を舞ったのはベーナの首だった。



 たった一閃だ。横薙ぎにされた剣筋は俺の目でも追えないものだった。ただその剣筋を辿るように流れた桃色の魔力が見えただけだ。



「くっふふふふ、ははっ、はははははっくはははははは」


  突如として発せられる笑い声は間違いなく目の前の男のものだ。

 ついに呑まれたのだ。

 男は空を見上げただひたすらに高笑いをする。

 その場から動ける者はなく、俺もまたその内の一人だった。

 愛娘が死んだ事実さえ未だに実感が沸かぬまま、1秒にも100秒にも感じる時の中で俺はただその光景を見つめる。



 1番初めに動いたのは、やはり男だった。男は地面に己の武器を刺すとダラりと上半身を脱力させ、右手に掴んだものを勢いよく俺に投げてきた。


 はっと、したのも束の間、俺はソレを胸でモロに受ける。

バキリという骨と鎧が砕けた音。


「くっ……」


どうやら鎧が砕けたらしい。が、骨が砕けるほどの痛みはない。


 あの音は気のせいか?


 そんな考えは最悪の形で肯定される。その音の正体は俺の胸目掛けて飛んできたソレによるものだったからだ。


「……」


 俺は何も言えなかった。


 物理法則に従って地に落ちていくソレ……娘の生首と目が合ったような気がしたからだ。


 娘のその目は俺を責めているような気がした。

 そのことに復讐心よりも後悔が募る。心が屈している証だろう。


 俺は……俺は……



「全員撤退だ! 今すぐ逃げろ!」


 声を張り上げることができたのは恐らく一抹の騎士としての自覚だろう。


 狂戦士は敵を全て狩るまで1度抜いた剣を納めない。

 俺は恐怖を胸に走った。




「逃がすと思ったのかしら?」


 突如、黒い霧が立ち込めて、1人の女性が姿を表す。

 見下げ果てたかのように目を細めた女の右手にはまるで死神のような大鎌が握られている。


「……そうか」


 逃げ場など、何処にもないのだ。

 彼女達の前に立ったが最後。勝敗など、初めから──。


「嗚呼……神よ」


 視界がブレる。

 霞んでいく景色と、朧気になっていく意識。


「お前が乞える神なんていねぇよ。いるのは、不運な子供と、孤独に涙する女の子。──そして、俺の女を泣かせたクズ野郎だけだ」


 黒髪の男の言葉を最期に、俺の意識は途絶えた。

 

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