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壊れる


「貴様! 何者だ!!!!」


 ロウソクの灯りだけが部屋を照らす薄暗い王座。


 クァマセ・ルーズイッヌーはそこに人影を見た。

 ここはルーザス王国の王城。

 そして、クァマセは亡きルーザス王に変わりこの国を導く立場になった──実質、今の国の最高権力者である。


 直接的な国の乗っ取りはなかった為、クァマセもルーザス王国の出身ではあるが、カロリーヌの調べでは、彼は高い地位を得るために売国した男。敵国の息が掛かった傀儡の王。明確な敵であった。

 

 クァマセが発した声により、メイドや騎士、様々な人が集まる。


 ──ずるずるずるずる


 薄暗い部屋から聞こえてきたのは何かを引き摺るような、這うような、そんな音。

 気味の悪いその音に、クァマセ達は1歩後ずさる。

 

 そして、駆け付けた騎士の一人が部屋に灯りを灯す。


 そこに現れたのは黒を基調とした見慣れぬドレス姿の女性と、ラミアだった。

 王座に座るその女性は白い面を付けているため、正体は分からないが、只者ではない事を伝えるには十分だった。


「ひっ……」


 その場にいたメイドの一人が小さく悲鳴を上げる。

 

 体長数メートルのラミアであるサーストは、残忍に笑う。


主様(ぬしさま)よ。喰ろうても良いのじゃろうな?」


「いえ、待ってください。知り合いもいるものですから」


 ここにいるメイドの中にはカロリーヌが逃げ出す前から務めていた者もいる。

 城の門番がそうであったように、王宮仕えの全員が入れ替わったわけではない。

 

 カロリーヌは復讐というが、罪のない人間までもを巻き込むつもりはない。

 国を奪い返し巣食う敵を排除できれば、()()それでいい。


「皆様御機嫌よう。──あるいは、ただいまと言いましょうか」


 カロリーヌは得体の知れない姿とは裏腹に、鈴を転がしたような美しい声でそう言った。


「皆さん、聞きました? ターブン王国はシレーナ王女を女王とし、国名をセルフィッシュ・ハーシー王国と改名したらしいですね」


 カロリーヌのその言葉を聞いた男のうちの一人がギリッと歯軋りをする。

 彼はたけのこ派の人間で、此度の戦の総合指揮官だった男である。

 国取りの戦に圧勝し祝杯を挙げていた彼に届いたのは、国名を改名し、敗北宣言も取り消すという考えられない暴挙だった。

 無駄な抵抗だ。そう思っている反面、あのシレーナ王女が軍師として再び舞い戻った事実が、彼に不安を与えた。


 シレーナはこと戦においては誰よりも頭がキレる。

 圧倒的な戦力差をも覆す采配。

 彼女が現れてからは、たけのこ派の勝率が激減したことは言い訳のしようがない事実である。


 だからこそ、圧敗した国を捨てるわけでもなく、今更壇上に上がってきた彼女が敗北宣言を解いた意味を彼は考えていた。


「驚きましたよね。シレーナ女王はとっくに亡くなったものだとされていましたから。──けれど、国を救う為に民のピンチに颯爽と現れる姿は正しく英雄と言えましょう」


 クァマセの目の前にいる黒服の女性の言葉から感情を伺うことはできない。ただ聞き惚れるような、美しく抑揚のない言葉だけが部屋に響く。


 カロリーヌは考えていた。

 今この場にいる人間が、果たしてどちらの味方なのか。

 いくら宗教だからと言っても、全員がきのこ派を心の底から崇拝するわけではない。クァマセのように信仰心の薄い人間もいる。命よりもきのこが大事だというまでの信仰心を持つ人間はそうそういないだろう。

 

 そして、カロリーヌも既に昔ほどの信仰心を持ってはいなかった。


 ──きのこは民を救ってはくれない。


 考えてみれば、いくらきのこを神聖視したところで、所詮は女神イスラの好物でしかない。

 しかも、厳密に言えば、きのこ派かたけのこ派どっち? という問に対し、女神がきのこと答えただけのこと。

 本当に好きなわけでも、きのこが何かを成し遂げたわけでもない。

 翔太や理沙が笑ってしまうのも、無理はないだろう。


「……さて。ここはひとつ、私も彼女の真似をしてみたく存じます」


「──貴様がこの国の王となり、国を導く。そう言いたいのか?」


「はい。その通りです。……そうですね、まずは売国奴の駆除。それから、軍の制圧といったところでしょうか」


 黒服の女はクイッと首を傾ける。

 その動きは可愛げがあるものの、彼女の存在とラミアの存在を考えれば不気味の一言だろう。


 しかし、クァマセが浮かべるのは驚愕ではなく嘲笑。

 

「愚かな娘だ。今この国に何人の兵がいると思う? 3万だぞ? 再び隣国に攻め入ったとしても2万以上の兵が残る。貴様らに何が出来る?」


 目の前にいるのはたった2人。

 どこかに兵を隠しているのはわかっている。

 しかし、それでもこの兵力差は簡単に覆るものではない。


「……クックックッ。ならば逆に問いたいのじゃが──妾達にはできないと、本当にそう思っているのか?」


 安い挑発だ、とクァマセは鼻で笑う。

 彼に2人の力量が測れたのならば、もう少し考えようもあっただろう。しかし、彼には目の前の2人が3万近い軍を相手に戦えるとは到底思えなかった。


「自国の民を憂う気持ちはないのですね」


「強国の庇護下で安寧を得れば良い。無駄な抵抗をして民を危険に晒そうとする貴様の方こそ愚かではないのかね?」


「そうですね。けれど、復讐さえできれば愚かでも別に構いはしません」


 黒服の女──カロリーヌはここにきて、ようやくその面に手を掛けた。


 そして覗くは宝石のような瞳。


「カ、カロリーヌ王女殿下……?」


 クァマセは驚愕しつつも、見蕩れていた。

 その暴力的なまでの美しさは、男性のみならず女性をも魅了する。

 その場に居合わせた旧知のメイド達でさえも、反応を失っていた。


「カロリーヌ王女殿下、生きておられたのですね。……これまでの無礼な態度、誠に申し訳──」


 即座に謝罪へと移行しようとするクァマセ。

 カロリーヌ王女への絶大なる支持は身を滅ぼしかねない。

 即座に頭を低くしてご機嫌取り。

 鮮やかな手のひら返しだった。

 

 しかし──


「何言ってるんですか? 殺すに決まってるじゃないですか」


 カロリーヌはきょとんと首を傾げる。


「お、お待ちください。私と貴方の父は学生時代からの友人。この国だって、ルーザス王が私に……」


「ええ。お父様もすっかり騙されていたようです。私も貴方は良い人だなって、思ってましたから」


 ニコリと微笑むその笑顔は、やはり見蕩れるほど美しい。

 クァマセはゴクリと息を呑み、説得の為に口を開く。


「ルーザス王は、カロリーヌ王女殿下の安寧を望んでおられました。──復讐は何も産みはしません。ルーザス王もきっと悲しむでしょう」


 震える声で懸命に弁明するクァマセ。

 額からは冷たい汗が滑り落ちる。

 静かな部屋の中にはクァマセの荒い息遣いだけが聴こえる。


「……確かに貴方の言う通りです。お父様は優しい人でした。捕虜となった私の行く末を考え、国から逃がしてくれるくらい、私にも優しい人です。もし、私がここで貴方を殺そうものなら、きっとお父様は悲しむでしょう」


 カロリーヌは目を伏せると静かな声でそう言った。

 ルーザス王は娘が血に塗れることなど、絶対に望まない。

 それが国のためであっても。


「な、なら!」


「ですが、貴方はひとつ勘違いをしてます。私が貴方を殺すことでお父様が悲しんだとしても、その様なことは、少しも関係ありません。復讐とは誰かの評価の為ではなく、自己満足の為にするものです」


 ──私がスッキリできれば、それでいいんです。


  鮮血が舞った。


 いつの間にかカロリーヌは血濡れた短刀を右手に持っており、足元にはクァマセだったモノが転がっている。


「命乞いは許しません。この国は私のものです」


 その笑顔はひどく冷たく、そして誰よりも美しかった。

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