表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

222/329

手放すくらいなら



 開戦から2週間が経った。現状は芳しくない。


「なぁ、これって、国の存亡を掛けた戦いなんだよな?」


 俺は大の字になって寝転がりながら干し肉を齧る。

 今は真夜中。敵の猛攻も止み、一時的に敵の進行が弱まっているので休憩だ。

 ちなみにスピカは未だに戦場を駆けていて、時々ゴロゴロと落雷の音がする。エルネスタもだいぶ上手に弟子を育てているようだ。

 恐らく黒の方舟に入ったばかりの新人に比べたら、スピカのほうがよっぽど強い。


 ちなみに、スピカでないのなら、俺は一体誰に話しかけているのかと言えば、それはセツナである。

 顔を煤だらけにしたSSSランク冒険者。

 戦いの様子を見たわけではないが、ここまで生き残っているのだ。それなりの実力と言っていいだろう。


 彼はパーティーメンバー全員でこの戦いに参加しているようで、俺とゴリマのやり取りを見てニヤニヤしていた日本人のお姉さんも彼の仲間だった。

 日本人同士、日本話をしたいけど、今の俺はショータなので、話しかけるわけにもいかない。


「このままなら頑張って1週間ってとこだろうね。ショータもかなり強いみたいだけど、殲滅には向いていないようだし」


 ……そうなんだよな。


 狂戦士はパラメーターで言うのなら、攻撃力特化の職業だ。その代わり魔法適正が驚くほど低い。村人より低い。

 故に、どんなにペトラと魔法の特訓をしても、今の俺に扱える魔法は並の上級職者より少し上程度。

 敵を一網打尽にするには物足りない。


 しかも敵軍は動きを最適化・対応してきており、軍も国を囲むようにして進行している。


 このままではこの国が落とされるのも時間の問題だ。

 

「相手はリールドネス連邦国だ。切り札には風の勇者がいるはずだよ。はっきり言って、この戦争で僕達が勝てる見込みはまずない」


「……そうか」


 風の勇者が死んだこと、こいつは知らないんだな。

 風の聖剣は今ではアイネクライネナハトムジーク第十八金剛烈空丸・華叉の素材なんだけど。


「悪ぃ、セツナ。俺、先に寝るわ」


 俺はセツナに別れを告げて、その場を離れる。

 真っ直ぐテントに向かうつもりだったが、ふらりと俺の足は別の方へと進んで行った。


 そこは火葬場。

 積み上げられた兵士達が、赤く燃えている。


 あと何人死ねばこの国は護られるのだろう。

 あと何人殺せばあの国は諦めるのだろう。


 そんなことを朧気に考えた。


「貴方の死は無駄になるかもしれない。この国は救われないかもしれない。それでも、国のために剣を取ったこと、勇気を持って立ち上がったことだけは絶対に無駄にしない。 俺はこの日を忘れない」


 俺は亡き者達への誓いを胸に眠った。




 そして、それから丁度6日後。


 ターブン王の宣言により、俺たちの国はリールドネス連邦国に敗北した。



 ──〇〇〇〇──


 5分の3以上の兵士達が死傷、負傷者を合わせるれば7割以上になる。

 圧倒的に叩きのめされる形となったこの国は開戦からたった20日間で敗れる事となった。

 

 その結果は、翔太に決断をさせるには十分だった。

 彼は存外この国を気に入っていたのだ。

 国としては他と比べてしまえば小さなものだが、平和で居心地の良い今の暮らしを失うのは耐えられない。


 挫折。耐え難い胸の痛み。悲痛。鈍痛。頭痛。


 そして彼は決心する。修羅の道を。


 翔太は教会の前に家族全員を集めた。

 整列する女性陣達の前で口を開く。そして、たった一言。


「……世界を敵に回す。ついてこれるか?」


 重い言葉だった。

 家族──リシアやペトラでさえもが目を見開く。

 決意に充ちた言葉。されど今の彼は弱々しく、儚いもののよう見えた。


「無理強いはしない。場合によっては君たちの祖国や本当の家族までもが俺の敵になるだろう。……それでも、俺についてきてくれる奴はいるか?」


 


「いいよ。覚悟はできてたから」


 1番に口を開いたのはペトラだった。

 普段の彼女からは感じさせない、静かな声だった。

 ペトラは子供ながらに分かっていたのだ。いつかこんな日が来ることを。そして考えていた。自分がどう生きるかを。

 そして今口にした言葉は随分も前に決めた結論だった。


「私はこうならない為に、翔太について行くと決めた」


 次に口を開いたのはリシア。

 彼女は元々翔太を監視するために行動を共にしていた。

 翔太は命の恩人だ。しかし、それでも彼が人類にとって脅威なる存在ならば、勇者としての責任を取って自らの手で始末しようと決めていたのだ。

 

「でも……いいよ。貴方の覚悟が本物なら、私も一緒に堕ちてあげる。例えこの光が鈍ろうとも、穢れて濁ろうとも、貴方の勇者でいてあげる」


 それは純粋な心替わりだった。

 人間とは他者を傷付けることでしか生きていけないのだ。

 それは歴史が証明している。

 ならば──せめて、人を傷付けることに心を傷められるような優しい人間の剣となろう。そう思ったのだ。


「……ありがとう。お前たちがそう言ってくれるだけで、俺は救われるよ」


 翔太は二人に儚げな笑顔を向ける。


「……こんなこと言うのもなんだけれど、私の国の為に傷ついてくれてありがとう。私も翔太の為に傷付く準備はできてるから」


 続くようにしてシレーナが、そして他の家族たちが次々と翔太について行くという意思を示した。


 そして、最後に一人。カロリーヌだけが残った。


 彼女は黒の方舟のメンバーであることに、最も不満を抱いていた人物でもある。

 辺りから視線が集まる中、シレーナはキョロキョロもじもじとしてから、息を吸い込んでから、口を開いた。


「人という字は長い方が短い方に支えられている……でしたよね? なら黒の方舟の構成員である私も、翔太さんを支えるのは当然だと思います。私の力なんて要らないなら別にそれでも良いんですけど……」


 少し早口になりながらも、カロリーヌはその意を伝えた。

 

 翔太は自己評価とは裏腹に、存外家族からは慕われていたのだ。

 皆、思うことがないわけではない。

 だが、例え血が繋がっていなくとも、例え偽物だとしても彼ら、彼女らは家族なのだ。


「みんなありがとう。……なら、まずはこの国を貰い受けようか」



 ──〇〇〇〇──


 ターブン王が降伏宣言をした翌日、俺は城に訪れていた。王座にはターブン王、そしてレナード王子。

 顔色の優れない大臣達が並んでいる。

 半ば不法侵入で城に突撃したため、かなりピリピリしていた。


「初めまして、ターブン王。私、ショータ・サンゼン・ルーザスと言います」


 礼儀もそこそこに、俺はすぐに本題を切り出した。

 今は時間が惜しい。

 敵国の人間が入ってきてこそいないが、治安の悪化は著しく、盗みや強姦など、犯罪が溢れている。


「この国を貰いに来ました。突然ではありますが、貴方には今日中に退位してもらいたいのです」


 レナードを中心とした何人かは、俺の発言を聞いて怒鳴り声を上げたが、そんな事に構っている暇はない。

 俺はもう、世界を敵に回すと決めたのだ。


「言うことを聞いていただけないのなら、貴方達を全員殺す覚悟もあります」


 それが友人の元婚約者だとしても、シレーナの父だとしても、俺にはその行動を取るだけの覚悟がある。

 全てを掬いとる事ができないなんて、俺は初めからわかっていた。


「この国は代々我がターブン家が治めてきた──」


 何やら語り始めたターブン王。


「そういうのは要らないんで。時間もありません。退位するか死ぬか決めてください。それに血ならば問題ありませんから」


 俺の合図でクハクが現れる。

 レナードは何か言いたげだったが、それは無視。

 そういえば、あいつはクハクを見たことがあったんだったな。


 今度は、クハクの持つオシャレな魔法袋から現れた人物に、皆驚きの声を上げる。


「お久しぶりです、お父様。皆様方」


 シレーナは黒の方舟の夏用制服である軍服ドレスに身を包み、俺の右後ろに立った。


「王座にはシレーナが着く。これで問題ありませんね?」


 俺はターブン王に確認を取るが、彼の耳に俺の声は届いていなかった。


「……そうか、シレーナは生きていたか」


 安堵するような、喜びを隠しきれないような、そんな声だった。


 ──その顔に心底腹が立つ。


 かつては民や軍の不満を解消するための道具として、シレーナは殺される事となった。

 それに対する文句はない。その時はまだシレーナの事なんて知らなかったし、娘の命より政治を優先させる事が必要なのも理屈では理解できるからだ。


 だから今更、父親のような顔を見せるターブン王が気に食わない。王として生きると決めたなら王らしくそこに座って

いるべきなのだ。


「お父様、私からもお願いします。どうかお父様の口から、王座を私に譲り渡すと宣言してください」


 シレーナはこの場においても父をターブン王とは呼ばない。彼女はすぐにでも、ターブン女王になるからだ。


 ターブン王は黙って考えているようだ。

 彼自身も、王座を明け渡すにはまだ若い。

 しかも、王と言う立場がなければ、最悪、リールドネス連邦国に支配された後、処刑される可能性さえある。


 ただ、ここで王座を明け渡さなければ、殺してでも退かすので考えるまでもないはずなのだが……。


「しかし、シレーナが王になったところで国民が納得するかどうか……」


「……ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇよ、殺すぞ」


「私のお父さんに凄まないでくれるかな?」


 シレーナが小さく耳打ちしてくる。

 なんだこいつファザコンか?




「……わかった。王位継承はシレーナとする」


 かなり時間を要した。

 それでもターブン王は結果として、この国を娘に譲ることを決めた。

 国を敵に譲ったくらいだ。娘に譲らないなんてありえない。

 なんて──随分な皮肉だ。


「王よ! 言葉ですが、姉上には王の立場は──」


 相変わらずレナードは何やら騒いでいる。

 こんな有様でも王になりたいのだろうか。


「レナード、黙りなさい。たった今から私が女王よ。跪きなさい」


 俺はあまり気分が良くないけれど、シレーナはどこか楽しんでいるようにも見える。

 自分が王ってのはやっぱいい気分なのかな。

 俺は黒の方舟のリーダーをやっているけれど、その気持ちはよく分からない。


「戴冠式は明日。今すぐ準備を進め始めます。貴方たちは国中にそれを伝えるように」


 ──そして祝福しなさい。黒きのこの国を。


 シレーナの宣言と共に、70人近い女性達が姿を表す。


 軍服姿に身を包む多種族の若き女の子戦士達。


 逆らう者は全て捩じ伏せよう。

 我らを悪と言うのなら甘んじて受け入れよう。


「この国は、絶対に渡さない」


お読みいただきありがとうございます。


↓にリシアを主人公としたお話を貼ってます。

 ポンコツとギャグ一辺倒なので、気軽に読んでいただけます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ