伝えたいこと。
カロリーヌとぽかぽかお昼寝。
そんな俺の夢に出てきたのは女神様だった。
「まーた厄介事に首を突っ込もうとしてる」
呆れ顔で笑う彼女は、バスケットボールでだむだむとドリブルをしていた手を止めた。
服装も何故か俺が元の世界にいた頃の学校の、女バスのユニフォームである。
会話を続けるべきかツッコミを入れるか迷っている隙に、女神様は続けて口を開いた。
「あなたの博愛にも参ったものよね」
博愛?
俺はいつの間に博愛主義になったのだろうか。
「俺は博愛主義なんかじゃありませんよ」
人というのは、選択する生き物だ。
たった一人を愛する事でさえ難しいのに、あろう事か全てを愛そうとするなど、傲慢ではないだろうか。
俺は博愛主義者が嫌いだ。
神にでもなったつもりか、と言いたくなる。
「けれど、あなたの行いは紛れもなく博愛じゃない」
「そんな事ありませんよ」
少し強めな否定。
しかし、女神様はそんなこと意に介さず続けた。
「なら、あなたは周りの人間に優劣をつける事ができるの? 今あなたの周りにいる人の中で、一番を決められるの?」
「それは……」
考えたことも無かった。
「あなたは選んでいるようで選んでいない。友達がいないのだって、取捨選択ができないからでしょう? あなたは等しく掬い上げるんだもの」
俺は友達を要らないと、等しく切り捨てていたはずが、──等しく掬い上げていた?
バカバカしい話だ。
けれど、その根拠を否定する材料を持っていなかった。
俺は博愛主義者が嫌いだ。
けど、俺自身も傍から見ればそんな存在なのだろうか。
「女神様は……神様は俺の事が、俺以上にわかるんですか?」
「さぁ。どうかしらね。自分のことは自分が1番わかっているべきだとは思うけれど」
そう言って女神様はバスケットボールをリングに向けてシュートした。
綺麗な放物線を描いたとのシュートはリングに触れることなく、ネットを揺らす。
「バスケって、面白いわよね。リングの直径はボールの二倍近くあるのに、外れるときは外れるわ」
神界にもバスケはあるのだろうか。
俺は足元に転がってきたボールを拾った。
女神様の真似をしてシュートを打ってみたけれど、それはリングに弾かれてどこかへと飛んでいってしまった。
「角度って、大事だと思わない?」
「角度ですか?」
「そう。角度。見方、捉え方、考え方」
確かにそれは大事だと思う。
けれど、話が繋がらない。俺には女神様が何を言いたいのかがよくわからない。
「別に何が言いたいってわけでもないから」
──そういう事らしい。
「けど、角度が大事って言うのはわかりますよ。もし、ゴールが手前に傾いてくれていれば、シュートが入る確率ももう少しだけ上がると思うんですよね」
シュートは真下から打つわけではない。
放物線を描く必要がある以上、地面と平行なゴールよりも、少し傾きがあった方が、シュートの入る確率は上がるのだ。──理論上は。
「その考えは間違ってないわね。けれど、それはあくまで正面から打った時の話。様々な角度からシュートを打つ事を考えると、最終的な成功率は下がる可能性の方が高いわ」
様々な角度……なるほど、確かにそうかもしれない。
何かに特化するということは、何かが劣るということ。
ならやはり──
「自分が大好きなあなたは他を排してると、そう考えるべきだと、そう思っているのかしら?」
やはりこの人は俺の心が読めているのではないだろうか。
言いたいことを先回りして言われてしまった。
「自分の事は自分が一番わかっているべき。けれど、実際にはそうはいかないものね。もしそうなら、お医者さんは治療行為だけで済むはずだもの」
その例えはさすがに大袈裟な気はする。
医者が俺以上に俺の体を知るように、女神様もまた、俺以上に人間の心を知っているということなのだろうか。
「あなたは博愛なんて烏滸がましいと、そう言うかもしれないけれど、私は良いと思うわよ? 全てを愛せるのは、やっぱり素敵だわ」
「それが人と神の差異なんですかね。やっぱり俺には無理です」
全てを拾おうとしてしまえば、いつか必ず取り零す。
全てを愛してしまえば、全てが弱点になる。
キノの件でそれを学んだ。
強欲であっても、傲慢であってはいけない。
俺はそう思う。
「あなたは普通でありたいの?」
「いえ。そうではありません。……ああ、でも、普通が一番だとは思いますよ」
身の丈に合った生き方が、一番良いのだ。
神に挑もうとするなんて、普通じゃない。
そうすれば、俺は更に多くのものを取り零すだろう。
家族が死ぬこともあるかもしれないのだから。
「結局、女神様は何が言いたかったんですか?」
自己言及するきっかけにはなった。
けれど、女神様の真意ならぬ神意を俺は汲み取ることはできていない。
もうすぐ夢から覚めそうな気配を感じた俺は、最後に聞いてみることにした。
女神様は不思議そうに、首を傾げて言った。
「いえね。ただ、少し、気になったのよ」
──あなた、いつまで人間のつもりでいるのかなって。
その言葉を最後に、俺は目を覚ました。
日は沈みかけており、空が赤く染まっている。
カロリーヌは何故か人型に戻っていて、俺の腕を枕にすやすやと眠っている。深い眠りに入った彼女はちょっとやそっとの事じゃ起きそうにない。
俺は大の字に手足を広げて考えた。
俺はどうして女神様を助けようと思ったのか。
行動原理、好きなもの、嫌いなもの。
たくさん想像する。
──そして、自分への理解を深める。
俺はなんなのか。何がしたいのか。
「はぁ、やっぱり考えるのは苦手だなぁ」
それでも、考えて、考えて、考えて──
日が沈み切り、俺がそろそろ教会に戻ろうと考え始めた時、背後から声がかかった。
「あるじー。シレーナ様のお父さん──ターブン王からお手紙が届いたよー」
重要書類であるはずの手紙を人差し指と中指で挟みピラピラと振るキノ。
「ありがとう。確かに受け取ったよ」
俺はカロリーヌを起こして共に教会へと戻っていく。
今日の夕飯はなんだろうか。
──〇〇〇〇──
呑気なものだ。
この時の俺は知らなかったのだ。
この一通の手紙が、俺を人類の敵へと導く片道切符だということを。
そして俺は知ることになる。
女神様が本当に伝えたかった事が何だったのかを。
このお話を通して、物語もいよいよ後半戦です。




