微笑み
「──という経緯があったんだね。それでね。バレちゃったんだよね」
超大雑把に、セレナが状況を説明してくれた。
おっけーなるほど。やべぇじゃん。
ただ、まぁ、バレることは2割程覚悟していた。
門番にシレーナの正体をばらしたのも、こうなる可能性をそこそこ予想していたからだ。
故に俺は落ち着いている。
大丈夫。こんなの想定の範囲内だ。
「しししししシレーナ、どどどどうしようかかか」
「翔太先輩っていざって時に、何の役にも立たないですよね」
うるせぇ、だったらお前が何とかしろよ!
俺はそんなに頭の回転が早い人間じゃないんだ。
掛け算九九の7の段は逆から言おうとすると30秒はかかる。
「何言ってるんですか。何も考えずに行動してこその翔太先輩じゃないですか」
何も考えずに──
そうだったかもしれない。後先考えずに行動して、結果どうにか乗り切るのが、俺の生き方だ。
理沙も、たまにはいい事言うな。
よし、なるようになれ。
「皆さん、顔を上げてください」
俺はシレーナの隣に立つと、会場全体へと向けてそう言った。
しかし、誰も動かない。
え、無視? 俺のカリスマ性って称号の効果で上がってるんじゃなかったの?
「顔を上げなさい。私の主がそう申しております」
シレーナが威厳たっぷりにそう言うと、ちらほらと頭を上げ始める。
これがカリスマ性の差と言うやつか!?
納得できん。
「ここにいるシレーナ王女は、オリヴィア嬢を祝うこのパーティーに、お忍びで参加したということをまずは念頭に置いていただきたく存じます」
今日見たことは秘密にしておけよ、との念を込めて俺は圧を飛ばす。プレッシャーによる口封じはあまり上策とは言えないが、これは仕方ない。
「ルーザス王国が敗れてから、数ヶ月が経ちました。今やたけのこ派の勢いは増すばかり。リールドネス連邦国がこの国を攻める準備に取り掛っているという事実は皆も知っていると思います」
このパーティー、オリヴィアの何を祝っているのか、ずっと謎だった。
これなんのパーティーですか? なんて聞けないので、盗み聞きした範囲でしか分からないが、近日訪れるであろうきのこ派とたけのこ派との戦、その軍の一部をオリヴィアが指揮することになったらしい。今日はその就任祝いのようなものだ。
俺が次の言葉を考えていると、シレーナがこちらを見てコクリと頷いた。どうやらここから先は彼女が話すらしい。
「ですから、今日はオリヴィア嬢の指揮官就任を祝うと同時に、ちょっとしたノウハウを伝授出来たらと思い、足を運んだ所存です。……戦犯扱いされて殺されても困りますから」
翔太の言葉を引き継いだシレーナは、いい笑顔でそう言った。
かつてシレーナと弟のレナードが王座を争っていた頃、オリヴィアの実家であるヴァシュラール家は、当然婚約を結んだレナードの方の派閥だった。
今日招かれた貴族達も、大半は元からレナード派だった者ばかり。
レナードの罪を被って極刑に処されそうになったという事実を知る者たちからすれば、シレーナの皮肉は深く刺さる。
オリヴィアとシレーナの間に遺恨はなく、ともすれば親しいものだが、オリヴィアの両親は別だ。
レナードの罪をシレーナに着せる事に関しては積極的に賛同していたからだ。実に耳が痛い話だろう。
「──私からの話は以上です。先程ヴァシュラール公も無礼講と言ってらっしゃいましたし、今日は存分に楽しみましょう。幸い、今はオリヴィア嬢も席を外してます。今日の主役はオリヴィア嬢なのですから、貴方達は彼女のために存分に盛り上げなさい」
女漁りをしてる暇なんてありませんよ、と笑うとシレーナは俺に手を差し出してきた。
俺は彼女をエスコートする形で再び長い階段を下る。
丁度下りきったタイミングで、オリヴィアがエリルと共に会場へと入ってきた。
一瞬空気がどよめいたが、先程のシレーナの言葉が効いたのか、再びパーティーは盛り上がりを見せた。
違和感を感じない程度には自然体だ。
俺は運悪くオリヴィアと目が合ってしまった為、また長い階段を上り下までエスコートする。今回はエリルも一緒だ。
「階段くらい一人で降りろよ」
「何言ってるの? 私、今日は主役なのよ? エスコートもなしで歩いていたらみんなの笑いものだわ」
「ダルくね」
「……その言葉の意味はわからないけれど、底知れぬ嫌悪感が湧き出すわ……。二度と使わないで」
「アモーレ」
「それもなんか嫌」
へぇ、こっちはいい意味なんだけどなぁ。
「んで、せっかくのパーティーなのに、お前たちは何で席を外してたんだよ?」
俺は左に並ぶエリルの方を向いて話を振る。
いいよな、両手に花。美人と可愛い子に挟まれるのは気分がいい。
特にエリルなんて、こんな日でなきゃ傍に寄ってもくれないからな。
手触り的に、エリルはコルセットを付けていないようなのだけれど、それでもお腹はキュッと引き締まっていて、腰はくびれている。
滑舌と身長のせいで幼く見えがちだが、彼女も立派なレディだ。まぁ、胸はないけど……って、いたたたたたたた。
「はんで頬をひっぱうんらよ!」
エリルを眺めていると、オリヴィアが無理やり自分の方へと顔を向かせた。
「今日の主役は私だって言ったわよね?」
「え? いやいや、だからってエリルを放置するわけにもいかないだろ? こんな可愛い子ほっといたらバチが当たるぜ?」
俺はぐいっとエリルの腰を引いてオリヴィアの前に立たせる。妹バリアーだ。
「エリル。貴女も何満更でもなさそうな顔しているの?」
「べっ、別にしょんなんじゃありましぇん! しぇんしぇいも、あんまりベタベタと触らないでくだしゃい」
照れたエリルは俺をペシっと叩くとどこかに消えていった。悲しいぜ。
だが、オリヴィアはそんな妹の姿を見送りながら、少し嬉しそうに口を開いた。
「あの子、あれでも丸くなったのよ。前はもっと余裕がなくて──」
レナードと婚約したオリヴィアはいずれ家を出て行くはずだった。必然的に、ヴァシュラール家はエリルが婿を取ることで継ぐことになる。
納得する結果を出せない苛立ちと、家を継がなければならないという重圧。
エリルは色々なものを抱え、独りで戦っていたのだ。
「さっき、言われちゃったわ。私が婚約破棄された時、内心喜んでた、って。酷いわよね?」
そう言ってオリヴィアは優しい笑みを浮かべる。
「──貴方が変えてくれたのね」
それだけ聞くと、俺のせいでエリルが辛辣になったみたいだが、多分そうじゃない。
これまでの彼女達は、そんな明け透けな会話が出来るような関係ではなかったということだろう。
オリヴィアはこちらに向き直ると俺の目を真っ直ぐ見つめた。俺より少しだけ身長の低いオリヴィアは、自然と覗き込むような上目遣いになる。
「俺は先生だから。頑張ってる奴には報われて欲しい。そう思っただけだ」
「そう。なら、姉としてお願いするわ。一生あの子の先生でいてあげて」
何か含みを感じる言い方だったが、俺は頷いた。
「エリルが俺を先生と呼んでくれるなら、俺もまた先生であり続けるよ」
俺の言葉を聞いて、少し不満そうな顔をしながらも、ありがとうと礼を言うオリヴィア。全く、顔に出やすい奴だ。
別にご機嫌取りをしたい訳ではないけれども、たまたま俺はいい物を持っていた。
「オリヴィア、遅くなっちゃったけど、おめでとう。これ、俺の手作りなんだけど、良かったら貰ってくれないかな?」
俺は魔法袋から手のひらサイズの黒い箱を取り出すと、そのままオリヴィアに手渡した。
オリヴィアはキョトンとしてから、しばらく停止。
ソワソワしながら髪をいじる。心做しか顔も赤い。
「ああ、ラフレシアか? 待ってるからさっさと摘んでこ……いったああああああああ!!!」
目突きはダメ。
目突きはダメだろ!!!!!!
ダメだ、涙で霞んで前が見えない。
というか、目が開けない。
俺は顔を両手で覆って回復魔法を掛ける。
「へぇ、ネックレスなのね。ありがとう、けどこれ、私なんかに似合うかしら」
俺を心配する様子も見せず、オリヴィアは淡白な感想を零す。
あんまり気に入らなかったのかな?
だとすれば、ちょっと申し訳ない。
やがて目の痛みが引いた俺は、指の隙間からチラッとオリヴィアの様子を見る。
「……フッ」
ああ、気に入ってくれたようでよかった。
時間を掛けて頑張った甲斐があったようだ。
俺が復活した事に気付いたオリヴィアは普段通りの態度に戻っていたけれど、多分彼女は自分の口許がだらしなく緩んでいることに、きっと気づいていない。
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