年増じゃないんだから
「はぁ〜、若いっていいよねぇ」
教会の一階。祭壇の前で、ため息混じりにそう零したのはムムだった。
「急にどうしたんですか〜」
そこに居合わせたネギまは、ムムの作業を手伝いながら問う。
「いやぁ、翔太さんって今学園で教師してるでしょ? 学生はみんな十代だしね。世代を感じちゃうなって思って」
「確かにそうですね〜」
二人とも、翔太よりも歳上の姉さんである。
ムムは二十代前半、ネギまは五十代だ。
「翔太さんからしたら私たちっておばさんなのかしらね」
自虐的に笑ったムム。
しかし、その目には少し寂しさのようなものが浮かんでいた。
「な訳ねぇよ。翔太くんはそんな事思ってねぇよ。……思ってないよな? 思ってるわけねぇよ!」
「あーあーうるさいのが来たよ……」
ムムとネギまの会話に割り込んできたのはエルネスタ。
彼女もこの家ではお姉さん枠に分類される。
エルネスタは手に持っていた頑丈なロープをソレに巻き付ける。
「私はまだ24だぞ。翔太くんとだって7歳差だ。全然問題ないだろ? ないよな? ないって言えよ!!!」
エルネスタはムムの胸ぐらを掴むとグァングァンと揺する。それに伴い、胸はどるんどるん揺れる。
残念ながら、エルネスタの場合は年齢差以前の問題だろう。
普段はよく喋るのだが、翔太の前だと緊張してまともに目も合わせられない。
「人族の7歳差は〜結構なハンデですよね〜。宇宙人の世界では、小学生と大学生ですからね〜」
ソレを見上げながら、ふふっと笑うネギま。
彼女の場合、後100年は、今の見た目を維持するだろう。だが一方の人族は短命だ。老いるのもまた早い。
ちなみに、ネギまが小学生と大学生という言葉を知っている理由は、以前に翔太がミリィに抱いている感情について追及したことがあるからだ。
翔太にとって、8歳下はアウトらしい。
さて、7歳上はどうなのだろうか。
「7歳差でダメなら92歳差は絶望的だね」
ムムの発言に、ピクリと耳を動かすエルフが一人。
彼女はソレに手を合わせると、会話中の女性陣の方を振り向いた。
「あー、アンジーさんはねぇ……」
「私は何だって言うんですか!?」
「いや、うん。ね?」
「何ですか? ちなみに私、彼のこと、もう家族に紹介し終えてますから!」
アンジーの父であるペアーと翔太は、世界樹防衛戦の際、既に交流を持っている。
これが109歳の彼女が出せる唯一のマウントだ。
「……あら。その話、本当かしら?」
刺すような冷たい目をアンジーに向けたのはレベッカ。
彼女の嫉妬深さは黒の方舟の中でも有名である。
しかも何をするかわからない。そんな危うさが、彼女にはある。
「レベッカちゃん、顔怖すぎだよ?」
ムムは空気を和ませようとそんなことを言うが、レベッカの耳には入って来ない。
彼女の脳内は、アンジーが語ることが事実だったら、という一点のみ。
「え、えっとー、気の所為だったかなぁ……」
折れたのはアンジー。
あははーと空笑いでとぼける。
「ふぅ……よかった。家族を一人失うところだったわ」
((((何をする気だったの!?))))
「まぁ、相手を想うだけなら、年齢なんて関係ないんじゃないかいかしら?」
レベッカの言葉を聞き、確かにその通りだと、そこにいた全員が納得した。
だが、それだけでは足りない。それも全員の共通意思。
そう。翔太に想って貰うためには、やはり年齢は──
「まさか、想ってもらうには──なんて事、考えてないでしょうね? ビッチにもペットにもババアにもクレイジーにも出る幕なんてないってこと、わかってるのかしら?」
ギロりと他のメンバーを一瞥したレベッカは冷たい声で言い放つ。
「それはちょっと〜聞き捨てなりませんね〜」
「そうね。ビッチ呼ばわりなんて、心外だもの」
「わ、私はおばさんじゃ……」
「てめぇ、私のどこがクレイジーなのか、簡潔に説明してみろよ! 出来るんだよな? 出来るんだろ? さっさとしろよ!!!」
((((いや、お前は文句無しのイカレ女だ))))
「レベッカさんって、翔太さんにピンチを救われて惚れたんだよね? それって本当に好きって言えるの? ご主人様に尽くす自分が好きなんじゃなくて?」
「そうだな! ムム、お前いいこと言ったよ! 私なんて、翔太くんの好きなところ100個言えるぞ! お前は言えんのか? 言えるんだろうな? 言ってみろよ!」
「まあまあ〜。いい所を認めることだけが、好きっていうことにはならないですからね〜」
「わ、私もネギまさんと同じです。やっぱり、母性本能くすぐるような、あの無邪気さも、ポイントだと思うんです!」
ガールズトークと呼ぶには、些か物騒なメンバー。
ガールズというには、些か平均年齢の高いメンバー。
──誰もアンジーが平均を底上げしていることに触れないが。
ヒートアップする彼女達の会話に、更にさらに新たな声が加わる。
「ねえ、ちょっと、ねぇってば! 何やってんの!?」
そこにやってきたのは首からタオルをぶら下げた風呂上がりのリシア。
「ちっ、十代だからってマウント取ってんじゃねぇぞ、無乳が!」
「え? いきなりディスられた? しかも舌打ち?」
エルネスタが急に吐いた毒が、リシアにクリティカルヒットする。
「そうね。有力候補とか言われてるからって、ちょっと調子に乗ってるんじゃないかしら?」
全く状況がわかっていないリシアはあたふたしながら、右往左往する。
実はリシア、例のおもらし事件を期に家族とは少し打ち解けたのだ。悪く言えばナメられているのだが、彼女がそれに気付く気配はない。
「でも〜。みんな歳をとれば〜老いますからねぇ〜。男の人は、いつまでも若い人に傍にいて貰いたいものなのですよ〜」
「そ、そうですね! 男は結婚するとき、女が変わらないことを望む。女は結婚するとき、男が変わることを望むって名言があることを理沙さんからも聞きましたよ! はぁ〜、生まれて初めてエルフで生まれたことに感謝しました」
リシアは何となく察する。
恐らく翔太のことだろうな、と。
「あの、私は別に翔太のこと好きとか、そういうのじゃないから」
「そうやって言っといて、後出しで掻っ攫っていくから女は信用できないんだよねぇ」
ムムは苦笑いを浮かべてそう言った。
──この人達って翔太がいないところでこんな戦い繰り広げてたの? 普段どれだけネコを被ってるか丸わかりね。
「っていうか! まずはソレについて説明してくれる? 何しれっと話進めてるの!?」
リシアの目に映ったのは、十字架に磔にされたキノの姿。
そして、暴言を飛ばし合いながらも、手を合わせて跪くムムたちの姿。
「見りゃわかんだろ?」
「ごめん。ぜんっぜん、わかんない!」
実はキノ、翔太とのキスをうっかり家族に話してしまったらしい。それが巡り巡って、このメンバーに辿り着いた結果、憎まれると同時に神聖視されるようになったという訳だ。
「頭沸いてるんじゃないの? この人たち……」
さすがに手足を杭で止めるようなことはしていないが、その代わりに身体の至る所が縄でぐるぐる巻きにされている。
「よし、夜のお祈りは終了だな。何となく色気が増した気がするんだけど、どうだ? 可愛か? 可愛いよな? 可愛いって言えよ!!!」
「ハイハイ。可愛い、可愛い」
「えへへ。だろ? ムムも可愛くなったんじゃない?」
「えっ!? あれ……。そう、かな? ちょっと照れるなぁ」
──この家にはバカしかいないのだろうか。
リシアは頭を抱えた。
実際、ステータスで見れば、ここにいるメンバーは全員リシアよりも知力が高いのだが、人というのはきっかけさえあれば、いつでもバカになる生き物なのだ。
「みんな何の話してるのー?」
「ぺ、ペトラ様!?」
ニマニマと笑いながら腕を組んでその豊満な胸を強調していたムムは、ペトラの出現により居住まいを正す。
例え3歳児でも、おねしょ癖が治らなくても、たけのこ派の民にとって、彼女は王なのだ。
「ペトラちゃんはさ、翔太が結婚するのって誰だと思う?」
クレイジーの異名を持つエルネスタでさえも、ペトラを前にすると萎縮する。
ゆえに、リシアは気を利かせて、皆に代わり話を繋いだ。
「誰って……ペトラだよ?」
「「「……えっ?」」」
「ペトラ様……ですか……?」
恐る恐るといった形で、アンジーが問う。
「しょーたと約束したもん。ペトラがおっきくなったら、お嫁さんにしてくれるって」
「な、なるほど……」
その約束は、恐らく子供の頃にする「おっきくなったらパパと〜」のそれと同等のものだろう。
アンジーには心当たりがあったようで、軽く頬を赤らめる。
やがて思春期を迎えたペトラはその約束を忌むべき黒歴史として、闇に葬る……はずだ。
そこにいた面々は、安心できない。
ペトラの精神年齢は他の3歳児よりも遥かに高いからだ。
もし、彼女が子供のソレではなく、本気で言っていたとしたら、ほとんど勝ち目はないと、全員が思った。
「に、2番目も視野に入れておこうかしら……」
レベッカは悔しそうに歯軋りをして、そう零す。
「大丈夫。相手を想うだけなら、関係ないよ。レベッカ?」
──ドスッ
おでこにクナイが刺さったムムの鮮血が舞う。
「身内で争ってても、仕方ないでしょ? 本当の脅威はもっと別にいるんじゃないの?」
リシアは知っている。
翔太が女神イスラの為に、黒の方舟を作ったことを。
もし、それを話してしまえば、翔太への恋心を原動力にしている子達のやる気を削いでしまう可能性があるので決して口にはしないが。
──それに、翔太が女神イスラに気があるかどうかも、実の所はよくわかってないしね。
翔太と女神が恋仲でないのだとすれば、本当の脅威はもっと別の存在。
「ねぇ、私達さ明後日、オリヴィアちゃんの家に行くんだけど、一緒に行く人いない?」
「この前来た、ヴァシュラール家の御令嬢様ね。 どうして私達なのかしら?」
レベッカは不思議そうに問返す。
「なんでって……彼女が翔太の恋人の最有力候補だから。興味あるかなって」
翔太はオリヴィアを言い表すとき、憧れという言葉を使う。そして、友達とも。
彼にオリヴィアへ対する恋心があるかどうかは別としても、その存在が唯一無二であることだけは、確かである。
「カロリーヌさんの代わりで、一人分枠が空いてるんだけど、どう?」
翔太の他には、リシアとペトラ、セレナや理沙が行く予定だ。カロリーヌは予定があっていけないらしい。
リシアの問い掛けに、皆うーん、と頭を悩ませたが、真っ先にレベッカが、仕事を理由に渋々辞退した。次にアンジーが、種族を理由に辞退、それに合わせるようにして、ムムも断った。
必然的に、全員の視線がエルネスタの方へと集まる。
「わっ、わた、私はいぃぃい行くぞ! 行く。行くから!」
まさかの、一番の不穏分子が、同行することに決定した。
リシアは内心、頭を抱えそうになったが、この国の生まれであるというエルネスタが、まさか公爵家で開かれるパーティーで問題を起こすはずがないだろうという、常識的判断と、希望的観測で、決定した。
──常識など、この家では通用しないのに。
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