火傷の少女
自分の名前はプリシラっス。
現在、リリムさんからお使いを頼まれ、食材を買い出しに行ってるとこっス。
人族の国はいつも賑やかで、エルフの森とは大違い。
たくさんの人々が忙しなく歩き回っているっス。
ちなみに、エルフの国はそれはもう静かなもんス。
みんな落ち着いているというか、なんと言うか。
街は常に閑散としていたんスよね。
だからこそ、元気ハツラツな自分は、国を出て、人族の国に来たっス。
コミュニケーション能力があれば、例えエルフだとしても普通にやっていけると思ったんスよ。
まぁ、結果、良心に付け込まれて、あれよあれよという間に住み込みの過重労働施設へ。待っていたのは人権のない生活っス。
主様と出会ったのは、病気になった自分が寮を無理やり追い出されて、路地裏に棄てられた時だったんスけど──
正直、よく覚えていないんスよね。
真冬の寒空の下に投げ出された自分は、ボロボロの体で、蹲ってたんス。
半年間働いて、何とか貯めた十数枚の銅貨を握り締めて。
働き初めてから毎日来ていた半袖の夏服が、冬の寒さを和らげてくれることはなく。ただ己の浅はかさを悔いて泣いたっス。
──その涙だけが、唯一私の寒さを和らげてくれる温もりだったんス。
だから、あの時、自分に声を掛けてくれた主様の温かさと言ったら今思い出しても……その、はい。嬉しかったっス。
ただ、過去が過去だけに、その時は主様の優しさを疑って、酷い言葉を投げ掛けてしまったんスよね。
それが心残りっス。
──本当に優しくしてくれるつもりなら、その上着だけ置いて帰って下さい!
だったっスかね……。
なかなか失礼っスよね。
そんな自分がどうして主様に着いていく事になったかと言うと、主様はそんな自分の手を温かい手で握って言ったんス。
「──なら、買い物はどう? その銅貨を対価に、俺から居場所を買わないか?」って。
正直、それを聞いても乗り気じゃなかったんスよね。
けど、主様の後ろから自分を睨む紫髪のエルフ──エレナさんを見て、もしかしたらって思ったんス。
人は何度でも騙される生き物だって言いまスけど、弱者が生きるために残された道は、希望を信じて縋るしかないからなんスよね。例えそれがどんなに分の悪い賭けでも。
結果として、自分は今の暮らしを手に入れたってわけっス。街に繰り出せば、相変わらずエルフである自分を良くない目で見てくる人はいるんスけど、自信があればそれも気にならなくなるっス。
ただ、唯一、気になってしまうとすれば──
それは、自分と同じ奴隷の言葉。
「大丈夫っスか?」
自分が声をかけたのは、通行人とぶつかり合い、力なく倒れたエルフの少女。既に衰弱し切っており、立つのも困難の様子。
「結構ですので。離れてください」
彼女はそう言って、自分の足で立ったっス。
それにしても、珍しいっスね。
まさか、人族の国でダークエルフを見るとは。
ダークエルフというのは、魔族とエルフの混血なので、圧倒的に人口の少ない種族なんス。きのこ派の人族からすれば、侮蔑の対象と敵としての対象のハーフ。
生きづらさで言えば、自分よりも遥かにしんどいと思うっス。
現に、彼女の身体のほとんどが、包帯で雑に覆われており、その隙間からは火傷の痕が見えているっス。ポーションのひとつも使えないことを考えると、相当酷い主人をお持ちのようっスね。
「──貴女は他人を庇える余裕があっていいですね」
ボソッと、口を開いたそのエルフは虚ろな目をこちらに向けることもなく、立ち去ろうとする。
それはあくまで独り言で、自分に掛けた言葉ではなかったのだと思うっス。
それでも、その言葉から感じる敵意を、自分は見逃すことができなかったっス。
「待ってください。どういう意味っスか」
包帯だらけの肩を掴むと、ヌルりと滑る。
恐らく火傷の跡がまだ乾ききっていないのだろう。
振り向いたダークエルフの彼女は痛がる様子もなく、虚ろな目で自分の目を覗いてきたっス。
「他のエルフもみんな不幸だったのなら、私も割り切れたでしょう。けど──たまにいるんですよね。同じエルフでありながら、幸せそうに生きてる連中が……。まぁ、大体は宇宙人に穴売って取り入った売女なんですけど」
その少女はハッと嘲るように笑って、自分を見下ろしたっス。カチンときたっスけど、気持ちもわかるんス。
全員が不幸なら、きっと諦めもつく。
エルフに生まれてしまったんだから、仕方ない。
これは運命なんだって。
けど、自分だけが不幸だったら、それは運が悪かったということなんスから。運命を呪いたくはなるし、幸せそうな奴を憎悪したくもなるっス。
「そういう訳ですので、失礼します。病気を移されては困りますので」
そう言って踵を返すダークエルフの少女。
──何も考えず、ただ肉穴として生きるのはさぞかし楽しいでしょうね。
イヤミたっぷりの捨て台詞を吐いて去ろうとする少女でしたが、それは許せなかったっス。
言われっぱなしは、性に合わない。
何より、その勘違いだけは正さなければならないと思ったんス。
「……くるっスか? うちに」
「はい?」
ダークエルフの少女はこちらを振り向き、眉毛を顰めました。
「貴女が望むなら、我が家へ招待するっスよ」
「冗談は辞めて下さい。奴隷にそんな特権与える主はいません」
「うちは平気っス」
頭を下げればきっと、主様は許可を出してくれるっス。
あの人は、一度関わってしまった人を無下にできない。
優しくて、温かい人なんス。
「それに、見てわかるように、待遇もいいですし、美味しいものを食べて、眠い時には眠れるっス。休みの日もあれば、バカンスにだって行けるんス。家族が一人増えるくらい大したことないっスよ」
「フッ。幸せ自慢ですか。 お気楽そうで何より」
またしてもバカにしたように笑う少女。
けれど、私は物申したいんス。その勘違いに。
「自分は別に、来てもらっても構わないと思ってるっス。ただ、これだけは言わせて下さいっス」
──もう二度と、楽そうだなんて言うな。
楽なわけがないんス。
たしかに、前と比べて生活に余裕はある。
お金もあるし、ご飯は毎日出る。
寝る時間だって取れるし、お風呂にだって毎日入れる。
だから自分は幸せっス。
けれど、楽しいからって楽なわけじゃないっス。
今と昔、どっちの生活に辛いことがあるかと聞かれたならそれも今なんスよ。
「貴女は零れ落ちた自分の内蔵を掻き集めた事があるっスか? 手足をもがれたり、血反吐を吐いても尚走らされたり、手ぶらでドラゴンの住む山に置いてかれたり──」
頭がおかしくなるような──
廃人になってもおかしくないような特訓をほぼ毎日やらされてるっス。
気を病んでも、精神が荒廃しても、無理やり回復魔法を使用されて立たされる。
「そんな生活をしてる自分達が、本当に楽だと思うんスか?」
辛くないはずがないんス。
きっと目の前の彼女が我が家に来れば、すぐにでも去っていくと思うっス。実際、家を出ていく人もゼロではないんスから。
「それでも自分がこの家で生きていこうと思えるのは、そこに理由があるからっス」
拷問の方が優しいくらい傷付いても向き合えるのは、傷つく事に意味があるから。辛くても共に乗り越える家族がいるから。泣きたいときは胸を貸してくれる主様がいるから。
「貴女のように孤独で意思のない人間はうちに来ても幸せにはなれないっス。人が幸か不幸かを判断するのは気持ちっス。貴女のように閉ざした人間はどこで生きても、何を得ても、変わらないっス」
自分はそれだけ言うと、その場を去ったっス。
案の定、彼女は自分を引き止めなかったっス。
ただあの瞳にもう一度光が宿った時、もしかしたら彼女と再開する可能性もあるかもしれないっス。
自分はすっかり買い物を忘れ、手ぶらで家に帰りました。
──そう言えば、売女だとか、肉穴だとか言ってたっスけど、それはあれっスかね。自分、大人っぽく見えるってことっスかね。
「どうスか、主様! アタシ、色っぽいスか?」
「そうだなイロモノって感じだな」
プリシラは、翔太と話す時だけ一人称がアタシになります。何でですかね。
 




