七夕
「お兄ちゃん何してるのー?」
「おうよ! 七夕の準備だ!」
「七夕ー? って、なに?」
「七夕ってのは、訳あって離れ離れになった織姫様と彦星様が一年に一回会える日なんだよ」
俺はミリィに七夕ストーリーを超簡潔に略して伝えると、教会の入口に笹を飾る。
「当たり前みたいに、彦星様ってみんな言いますけど、なんでただの牛飼いを様付けしなきゃいけないんですかね。あの人に関しては平民でしょ?」
「理沙、お前は黙ってろ」
「え! 冷たい!」
いや、ほんと、勘弁してくれ。
特に子供の前でそういう事を言うのだけは。
「俺もよくわかんないけど、あれだろ? 織姫の婿になったから、身分が上がったんだろ?」
「え? あの人たちって結婚してましたっけ? 普通にただの恋人じゃないんですか?」
いや、そこまで詳しくは知らん。
「つーか、お前、短冊作りは終わったのか?」
「もちのろんですよ。完璧です。きっとみんなの願いも叶いますよ」
理沙は首をこてんと横に倒してニコッと笑った。
こういう風に純粋な笑顔だけを見せてくれたら、俺としても救われるんだけどなぁ。
〜そして夜
「この短冊に願い事を書いて、笹に括りつけるんだ。字が書けない人は、俺が教えるから」
ロマンチックなイベントは女性陣にも人気らしく、節分とは違ってかなりの盛り上がりである。
まぁ、人数が増えたってのもあるんだろうけれど、アンジーさんも楽しそうにお酒を飲んでいるし、成功と言っていいだろう。
さて、お願い事、どうしよっか。
真っ先に浮かぶのは女神様のこと。
孤独な彼女を救い出したいと思う。
それが俺の1番の願いだろう。けど──
「こればっかりは人任せにする訳にはいかねぇよな」
自分の力であの人を連れ出したい。
だから──ここには書けない。
代わりに、俺は想像する。
全てが終わった後のこと。
俺が寿命で命尽きるその日までの事。
願わくば、ここにいる全員が、俺の死を看取ってくれる事を。
みんなで生きて、歳を重ねて、俺の死を嘆いてくれる。
それ以上の幸せがあるだろうか。
いや、ないだろう。
俺はそんな素晴らしい未来を想像しながら筆を走らせる。
──よし、これでいいかな。
俺は自分の短冊を笹に括り付けて当たりを見渡す。
そこには互いの願い事を見せ合って笑う子達や、盗み見されて、顔を赤らめている子、字の書き方をレクチャーしている子など様々だ。
なんか良いな、こういうの。
前の世界にいた頃は、絶対に見ることの出来なかっただろう光景。
「俺は、随分と取りこぼしてきたのかもな──」
何を、とは言わないけれど。
「主様、御教授願えますでしょうか」
人型に変化したクハクがそう言うと、ちょっと恥ずかしそうにネギまとドクロが続いた。
そっか、みんな字は書けないもんな。
「分かった。教えちゃる。んで、お願い事は何にするんだ?」
「お嫁さんでございます」
「お嫁さ──ぷふっ」
「こんっ!?」
「いや、ごめんな。さすがに意外過ぎたっていうか、なんて言うか」
クハクことだから、もっとえげつない系の願い事を書くのかと思った。この世のスライムが全てが死滅しますように、とか。
まさか、こんな乙女なお願いをするとは──なんか、他の人の短冊も気になってきたぞ。
「油揚げ100個の方が良いでしょうか?」
「いや、自分が本当に望むものでいいんだぞ」
つい笑ってしまったのは本当に申し訳ない。
「では、そのままで……」
珍しくどもった声を出すクハク。なんか新鮮でいいな。
「あの〜。私も同じのでいいですか〜?」
「私は、翔太くんのお嫁さんになりたいって書く!」
え、従魔組はお嫁さんブームなの?
ていうか、ドクロちゃん可愛すぎん?
俺のお嫁さんだってさ。
オ レ の オ ヨ メ さ ん だ っ て さ
大事なことなので二回言っちゃったよ。
俺はちょっとした照れくささも感じながら、字の書き方を教える。
結果としては、ナメクジの這った後みたいなヨレヨレの字になってしまったけれど、一生懸命書いた当人たちは満足そうだ。
「じゃあ、そろそろ、泉の方に移るぞ!」
俺は教会の裏にある泉にみんなを誘導する。
多分、星を──天の川を見るのならば、ここより適した場所はないだろう。
俺は先陣を切って、泉へと歩いていく。
辺りは芝生になっているので、きっとリラックスして、星を観測できるはずだ。
「うわぁ……綺麗」
誰かが零した声に導かれるように、全員が空を見上げる。
視線の先では、たくさんの星々が散りばめられたその川は、緩やかに光を運んでいた。
日本にいた頃と違ってよく見える。
ネオンなんてないから。
それに、空気が澄んでるのも理由の一つだろう。
泉に反射したその星々も、キラキラと水面を輝かせている。
「すっげぇ」
もはや語彙力は消失。
目の前に広がる光景に、ただただ見蕩れるばかり。
俺の知ってる七夕は、毎年梅雨のせいで雨が降っていたからな……。逆に、近年で、雨の降らなかった七夕ってあったっけ?
「どうしたの? 翔太くん。黄昏ちゃってるよ?」
ほけぇーっと空を見つめてその場に座っていた俺の隣に、リリムがやってくると、そっと腰を下ろした。
「翔太くんは願い事、何書いたの?」
「俺? 俺は童貞卒業だよ」
いや、まぁ、嘘だけど。
「そっか。私も似たようなこと書いたよ」
「マジで?」
「うん。翔太くんとの間に、新しい子どもが欲しいって」
一瞬邪な考えが頭を過ぎってしまったけれど、これはリリムの言い回し的に、俺のために新しい武器を作ってくれるということだろう。
また共同作業をしたいという意味だ。
でなければ、新しい子供、なんて表現しないだろう。
「翔太くんが先戦場に立った時、頼るものは私の武器であって欲しい。そうすれば、私も一緒に戦えるから。生きるときも死ぬときも、私は共にありたい」
リリムは星空を見上げたまま、そう言った。
──重い、よなぁ。命って。
当たり前のように、家族みんなで笑える日が、いつ終わるかなんて、誰にもわからない。
キノを失ったと思ったときの胸の痛みは形容し難いものだった。
誰にも、あんな思いをさせたくない。
そして、自分も、二度とあんな思いをしたくない。
「どうか、俺の願い、聞き届けて下さいね」
「……あの、翔太くん。童貞卒業なら、私が手伝えるよ?」
「違ぇよ。あれは冗談だ」
俺が願うのは、悔いなき物語。
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多分、次話から、物語が進行します。




