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ペトラと歯



「しょーたぁ〜どうしよう歯がぁ〜」


 歯? 虫歯でもできたのだろうか。


「ちょっと見せてみろよ」


「うんっ!──あーん」


 俺は念入りにペトラの口内を除くが特に虫歯らしいものはない。


「大丈夫そうだぞ?」


「でも、べろで触るとぐらぐらーって!」


 あぁ、なるほど。


「左下の奥の方!」


 俺は人差し指でそっと触れると歯が微かに揺れる。


「生え変わりっぽいなぁ」


 大人の身体なのに歯は乳歯なのか?

 虫歯もポーションで治せる世界観らしいし、もし治らないならそれは多分生え変わりなのだろう。


 そんな事を考えていると──


「ぱくり」


 ペトラに指を咥えられる。


「お、おい!」


「ちうちう」


「おい、ペトラやめろって!」


 子供は純粋だから怖い。

 いくら精神が子供だからって、俺からしたら綺麗なお姉さんに指をしゃぶられてるわけなんだから狼狽えないわけがない。


 あ、そういや昔、姉貴に指を噛まれたことがあったな。

 3針縫ったんだっけ?確か幼稚園生の頃の話だ。


「しょーたの指しょっぱかった!」


「感想はいらん」


「この歯はどうすればいいの?」


「多分そのままにしておけばいいと思うよ?気になるなら抜いてもいいけど、多分かなり痛いはず」


 乳歯とは言うものの、見た感じはゴリゴリの大人の歯だもんな。できるなら、生え変わりまで待った方がいいだろう。


「抜きたい! ペトラ痛覚無効スキルあるし!」


「マジで?」


「まぢで!」


 んー。いいなぁそのスキル。


 まぁ、それはそうとして──


「あ!閃いた!」


「通報しますよ?」


「うおっ!なんだ、理沙かよ!びっくりさせないでくれ」


「翔太先輩から邪な臭いがしました」


「別に邪じゃねぇよ! ペトラは何でも口に入れるな〜なんて考えてねぇよ!」


「いや、言い訳下手で草」


「草とか言うな! いいか? 前も言ったが、そんな言葉こっちの世界で流行らせてみろ? 俺は絶対許さないかんな!」


 これ以上日本人に好き勝手いじくられたら10年後に来た日本人とか絶対泣くぜ?

 口癖が草のエルフとか、デュフデュフ笑う猫耳っ娘とかまじ耐えられん。


『ネギま、クハク!集合!』


 俺は念話で2匹を呼ぶ。


「今から紐引きをしてもらいます。ペトラの歯を手に入れた方にご褒美をあげちゃおうと思います!」


 俺はペトラの歯に紐を括り付けるとネギまとクハクに逆方向から引っ張られるように綱引きの要領で歯を引っ張ってもらうことにした。


「準備はいいかー? よーい、ドンっ!」


 ──て言ったらはじめるんだぞ。


「……」


 誰も引っかからない。

 どころか、俺の次のよーいドンを待っている節さえある。


 ああ、なるほど俺のネタがすべったんじゃなくて、そもそもこっちの世界ではよーいドンがスタートの掛け声には抜擢されてないみたいだ。悲しけり。悲しけり。


 理沙だけはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「いくぞー! よーい……ドン!」


 ──しゅぱ


 その菖蒲は一瞬だった。


 目にも止まらぬ速さで駆け抜けた2匹の獣たち。


 勝者はネギまだった。

 

「おめでとう」


 俺はネギまとペトラ、それぞれの頭を撫でてやる。

 ネギまには後で何かしらご褒美をやるとして──


「ペトラ、ちょっと口の中見せてみろ」


「んぁーっ」


 大きく開かれた口。

 先程まで歯のあったところはぽっかりと隙間になっている。


「ちょっと血が出てるな」


 菌が入らないように、ポーションだけ飲んでおけば問題ないだろう。


 ペトラは口を閉じると、モゴモゴと舌で歯の抜けたところをいじる。ずっとあったものが無くなるという感覚はやはり気になるものらしい。


 俺なんかは、6歳頃歯の生え変わりが来たから幼稚園の卒園アルバムとか、結構やばかったんだよね。


 比べてペトラはまだ3歳。

 成長速度の差を感じるなぁ。


 いや、まぁ、3歳児でダイナマイトボディ持って時点で何をかいわんやだけれども。


「ん! しょーた、見て!新しい歯、生えてきた?」


 ペトラはそう言って再び口を開ける。


 いやいや、そんな直ぐに生えてくる訳──


「うわっ! 生えてる!」


 先程までは何もなかったところに白い歯がピシッと並んでいる。これはたまげたなぁ。


 ヴァンパイア特有の再生能力ってやつか?


「って、うわっ! 何すんだよお前!」


 あろう事か、ペトラは俺の眼を舐めやがった。


「理沙ちゃんがやれって!」


 俺は無事な方の左目で理沙を睨むと、彼女は恍惚とした表情でこちらを見ていた。


「……すごく良い」


「何言ってんだ、コイツ」


 何故か理沙のその顔が異常なほど幸せそうなものだったので、俺も怒る気が失せる。もはや呆れの領域だ。


 つーか、中学生でその性癖って、どんな人生?


 この歩く変態辞典が世界に与える悪影響は、果たして俺のカバー出来る範囲で済むのだろうか。

 

 俺はため息を吐いて、そのまま右目を拭った。

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