不幸中の幸いワイワイワイ
「ここに住む……?」
このボロい教会に?
確かに異世界に来てから家がないせいで野宿や宿生活は送ってたけど、教会に住むってのは、想定外だ。
『ここの教会を作ったのは寺谷愛美という日本人よ』
「日本人……」
寺谷愛美は20年程前にこっちにきた宇宙人だったらしい。
女神より授かりしスキルは対象を最善期へと至らせるもので、成長や若返りなどの効果があった。
そして死者を蘇らせることもまた、彼女にとっては簡単なことであったそうだ。
それ故に多くの権力者達に目をつけられ、呑まれて行ったのだという。
『そんな大人達の世界に嫌気を指した彼女はここに小さな村を築き隠居生活を送っていたの』
しかし今から1年ほど前に悲劇が訪れる。
魔王ペトラだ。
彼女はこの地を通りすがりに滅ぼしたのだという。
寺谷愛美にいくら最善期へと至らせる能力があったとしても、自分もろとも一瞬で灰にされてしまったのでは意味がない。
抵抗は疎か、何が起きたのかさえ分からずに彼女は2度目の人生を終えたという。
『それで、その寺谷愛美が住んでたのがこの教会なのよ。そこの石像を動かすと地下へと続く通路があるわ』
日本人ってこういうの好きでしょ? という女神様の問いに俺は少々の気恥ずかしさを感じながらも肯定した。
俺は早速像の前に立った。
こんな重いの動かせんのかよ、と思いつつ力を込める。
案の定動かない。
「開けゴマ!」
「……」
色々試した俺は少しばかりの時を経て扉の開き方を見つけた。
「あーこれ、左スライドで開くのか」
多分寺谷愛美という宇宙人は左利きだったに違いない。
俺はどこか故郷を感じさせるその造りに小さな喜びを感じながらも奥へと歩いていく。
「なんか、懐かしい感じがすんなぁ」
この照明灯とかも夜道の住宅街を思い出させるのだ 。
──あれ?
ふと感じる違和感。なんだこのつっかえる感じ。
当たり前なのに、当たり前じゃない。当たり前じゃいけない。
「気のせい、か?」
しかし、小さな俺の独り言は目の前の光景によって否定されることになる。
扉を開けた先にあったのは一般的な一軒家と変わらないそんな一室だった。
「あー、床暖付いてる〜」
じゃなくて!
違和感の正体がここに来てやっとわかった。
「ここ、電気通ってるじゃん!」
『やっと気づいたみたいね』
「女神様……」
これは後の女神様情報なのだが、どうやら女神様と人との交流に祈りの姿勢は必要ないみたいだ。
あくまであの姿勢でお祈りするのは女神様に気に入られるために人が勝手に生み出した儀式で、女神の眷属という称号を得るためのものらしい。
女神様曰く「誰とでも会話できたら私のレア度さがるじゃない? 気軽に接されても困るのよね」とのことだった。
正直知りたくなかった。
というか、話しかけられるなら俺が石像の前で苦戦してる時にアドバイスをくれてもよかったんじゃないか?
俺は玄関で靴を脱ぐと部屋に上がる。
『愛美はいつか日本人にこの部屋を自慢したいって言ってたわ。苦労話でもしながら一緒に住みたいって』
確かにこれは自慢出来る……明らかにここだけ別世界だ。
『彼女は元々ホームデザイナーの仕事をしてたしね。職業もクリエイターだったからこそのこの完成度よ』
「へぇ」
安い感嘆詞しかでてこない自分の口がもどかしい。
こんなにも素晴らしいところなのに……。
『どう?ここに住みたくない?』
住みたいとは思う。けど、立地条件が……
街から距離もあるし、周りは森で囲まれているので安全とは言えない。
『でも、勇者の子はここなら好きなだけ畑を耕せるし、魔王の子も反対はしない、それにあのおっきな鳥を街まで連れていくのは無理よ?』
「うーん。確かにそうかも……」
『そうよ!そうなのよ!そうした方がいいわ。そうすれば私もお昼だってあなたと話せるし』
「女神様もしかして寂しいんですか?」
『ばっ! なわけないじゃない! 私は最近夜に仕事が入るようになったから会ってあげられないなと思っただけよ! あなたに寂しい思いをさせたくないっていうあたしの気遣いを無駄にする気?』
「左様ですかー」
でもこの家本気で検討する価値はある。交通の便以外は完璧なのだ。
これから冬が来るというのならこの床暖はなかなか手離し難い。
それに地下というのがいい。季節の影響を受けづらいところが魅力的だ。
間取りとしては玄関のある階を地下一階とするのなら地下二階と地下三階のある三階建てだ。
教会本部を入れたら四階だな。
地下一階にあるのは広めのキッチンと机だ。
床には高そうな絨毯が敷いてあるがその他に特質するべき点は見当たらない。
地下二階には風呂とトイレがあった。さすが日本人というか、なんというか……風呂は大きな檜風呂で大人でも5〜6人ぐらい余裕で入れそうなサイズだ。
ちゃんと脱衣所もついていて流石はホームデザイナーって感じだ。
蛇口を捻ってお湯が出た時にはもう感動の嵐。俺は絶対ここに住むと決めた。
だって昨日の夜くっそ寒い中井戸で水浴びして体の汚れ落としたんだぜ?
凍死するかと思ったわ。
そして地下三階は書庫兼寝室のような間取りのワンルームとなっていた。
壁を添わせるように本棚が並んでいてこの部屋は他のどの部屋よりも広い。地下1階と同じく床暖房が完備されていて、部屋の隅には掛け布団のぐしゃぐしゃになった布団があった。
寺谷愛美さんはベッド派ではなく床派だったようだ。
「にしてもすごい広さと本の量だなぁ」
恐らく壁に本棚を沿わせるということに何かしらこだわりがあったのだろう。
そのせいで部屋が無駄に広くなっている。
ただ俺はこの時既に確信していた。この本棚のどれかの後ろに隠し通路があることを。
『その仕組みは確かに作ろうとしてたみたいけど、その前に死んじゃった』
「あ……そうですか……」
やるせない気持ちになった俺はその布団に向かって静かに黙祷した。
「……」
『ねえ……?』
「はい、女神様」
『寺谷愛美はね……』
「はい、女神様」
『右利きだったわ』




