聞こえぬ
「やはり人間というのは果てしなく──愚かだ」
狂化した翔太に腹部を刺されたジャヒーは、吐血をしながらも顔には笑みを浮かべる。
「私はあくまで精神体だ。君が傷つけているのは、アルビナの身体であって、私じゃないよ。──君は自らの手でこの子を殺す気かい?」
ジャヒーにとって、今の体はただの器である。
痛みは感じるものの、肉体の損傷による彼女へのダメージはほとんどゼロに等しい。
丁寧にも、それを説明するジャヒー。
それに対し翔太は突き刺した刀をゆっくりと引き抜き──傷口を狙って、右足を蹴り上げる。
咄嗟に腕を構えてガードしようとするジャヒーだったが、勢いを完全に消すことはできず、大きなダメージを受ける。
「最早対話は不可能、か」
翔太は既に狂化スキルを発動している。
ある程度は度合いをコントロールできるようになってはいたが、今はかなり深くまで研ぎ澄まされた状態。
ジャヒーの声は届かない。
「人の体って、意外と脆いよね。こればっかりは私にもどうしようもない」
ジャヒーは迫り来る翔太の猛攻を躱しながら、自らの腹部と腕に回復魔法を掛ける。
その隙を逃すまいと、翔太は更に深くまで狂気の渦に沈み込み、命を刈り取る為に刀を振るう。
しかし──
「獣の動きは読みやすい」
ジャヒーは横凪にされた刀をしゃがみ込むようにして躱すと、足を払う。
そのまま、体勢を崩した翔太の顔面を目掛けて回し蹴りを繰り出すと、翔太の身体は後方へと飛んでいく。
ジャヒーは追撃しようと魔力を腕に溜めて──咄嗟に後方へと放った。
翔太は紅く光らせた眼を残像に、ジャヒーの背後へと回っていたのだ。
「君はどうやら人間の域を脱しているようだね」
蹴り飛ばされた状況から、一気に背後を取るなど、人間のできる芸当ではない。速さの一点においては、神へと至れるほどの力だ。
遊んでいる暇はない。ジャヒーは全魔力を解放して、翔太を殺す事を決めた。
娼館内の人間が全員首を斬られていたのも、翔太との戦いにおいても、魔力をあまり使っていなかったのも、全ては己の体の具合を確かめるためのもの。
「上手く馴染んできたし、大体は力の把握もできた。後は君を殺すだけだ」
先程までは淡く光っていた翼が、禍々しさを増長させる。
「死ぬといいよ」
ジャヒーの持つ4対の翼が、無数の魔法陣を作り出す。
これは召喚魔法。単純な魔法ならば、高威力を出すためには詠唱が必要になる。
しかし、ジャヒーの場合、高威力の魔法を召喚することで、その詠唱をカット。
複数同時に高威力の魔法を発動できるのだ。
「この地と共に眠るといいさ」
一度放たれれば、周囲共々更地になる威力の魔法。
これが、かつては神と呼ばれた悪魔の力である。
「【テスタメント・ノウ】」
ジャヒーの魔法が放たれる──
「【吸魔】」
翔太が低い声を鳴らした。
その瞬間周囲を揺るがすほどの莫大な魔力が一瞬にして散霧する。
それはアイネクライネナハトムジーク第十八金剛烈空丸・華叉の機能のひとつ、周囲の魔力を吸収するものだ。
驚くジャヒーの目の前で、2つの紅い光が揺れると、一瞬にして間合いを詰めた翔太の刀がジャヒーを襲う。
「クソ……ッ、クソが、クソがァァァァ!!!」
初めて──初めてジャヒーが声を荒らげる。
表情も、これまでの余裕なものではない。
涼し気な表情は憤怒の形相へと変わり、ただ眼前の獣をねじ伏せるための武器へと化す。
痛みを耐えるように、歯を食いしばったジャヒーは女性らしくない唸り声を上げ、拳を振るう。
スピードは翔太の方が上、それでも一撃の威力は悪魔である彼女の方が格段に高い。
防御を捨てた翔太は、手刀で左肩を貫かれると、蹴り飛ばされた反動で壁へと激突する。
翔太の鮮血が舞い落ちるよりも早く、構え直した両者は、何度も──何度も何度も何度も互いの刀と拳をぶつけ合う。
ただ、眼前の敵を殺すために。
今の翔太の頭には、アルビナを救うという当初の目的など、一切頭には入っていない。
「【無波】」
敵をねじ伏せるために振るわれた刀は早く、鋭く、相手を薙ぐ。
しかし──
「我、月を愛し、天を仰ぐ者。終焉の灯火は日の命により授かりし──」
ジャヒーは詠唱を始める。
彼女の翼へと集まる魔力は、アイネクライネナハトムジーク第十八金剛烈空丸・華叉では対応しきれない程のもの。
翔太の剣に身を切り裂かれながらも、その詠唱は止むことなく、紡がれていく。
「【トラジディー・ペイン】」
魔力により形成された、禍々しいき一振の剣。
それを翔太に振り下ろさんとした時──
「加勢しま、うっぷ……おろろろろろ」
更に、ジャヒーの頭上から、剣を振り下ろす、紫髪の女性が現れた。
顔を赤く染める彼女の正体は一体──
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