理由
とはいえ、寝たら起きるのが生物でして。
俺は程なくして起床することとなった。
その理由は、単純にペトラに起こされたから。
「ねぇ、しょーた、見て! ルーニャンがリシア達に怒られてる」
すっかり熟睡してしまった俺は、ネギまの背から下りると、伸びをひとつしてから、ペトラの指さす方を見る。
確かに、そこには正座するルナの姿と、腕を組んで仁王立ちするエレナの姿、椅子に座りながら脚を組むリシアの姿があった。
怒られるのは当然だろうな。
それだけのことをしたと言っていい。
エレナもリシアも、プライベート時には、あまり声を荒らげたりするタイプではない。ゆえに、静かなものだが、あれはガチ説教だ。
2人ともだいぶ怒ってるようだが、エレナとリシアを止めるつもりはない。言うべきことは言うのが筋だと思うし、何よりエレナはずっとルナを心配していたのだ。
時々彼女が話題に上げていたのも知っている。
だから彼女の場合は怒るというよりは、叱るの方が割合的には大きいのかもしれない。
俺はそんな光景を見ながら、ネギまの背に寄りかかってクハクを撫でる。異世界もふもふ恐るべし。
「さて、いつまで掛かるんだろうなぁ……」
他人事のように、俺はその光景を横目で見ながら苦笑いを浮かべていた。
まさか、お金を盗まれた俺に矛先が向いて来るなんて思わなかったから。
──ああ、女神様に会いたいなぁ……
俺も一緒になってリシアとエレナからの小言を受けた後は、ルナと二人で、だいぶ遅れた昼食を摂りに家を出た。
彼女とゆっくり再会を喜びたくはあったのだが、やはりどうやら時間に余裕がないらしく、ソワソワとしたまま、気が気でないようだった。
「なぁ、ルナ。まずはお前が家を出た原因から説明してくれるか?」
「分かった……ニャン」
ルナは少し俯いてから、フォークを置く。
手元にあったコップに口を付けると、顔を隠すようにしてポツリポツリと語り始めた。
「人族の国にいる獣人がみんな訳ありなのは、翔太も察しがついていると思うニャン。だから、複雑な家庭の事情は置いておくとして、うちは妹を助けたい。そのためにお金が必要なんだニャ」
そう言うと、ルナはコップを置いて、真剣な表情でこちらを見る。
「うちの妹はとある娼館で働いているニャ。今は、主に雑用を手伝っているニャ。うちは毎月金貨5枚を先払いすることで、妹を買っているのニャ」
「妹を買う?」
「そうニャ。うちが買うことで、客を取らないようにしてるニャ」
なるほどな。
金貨5枚は50万円だ。
毎月それだけの金を稼ぐには、汚い事に手を染める必要もあるだろう。ましてや、ルナは獣人だ。この国で生きるには厳しいだろう。
「うちも翔太たちのお陰で、そこそこ戦えるようになったニャ。しばらくは盗賊狩りをしてたんニャけど、先月は金の入りが芳しくなくて、自分を奴隷として売ることで、何とか金貨5枚分のお金を貯めたニャン」
妹のためにそこまでするかよ……。
てっきり悪さをして捕まったのかと思ったが、まさか自分で自分を売ったとは……そんなことしたって、その場しのぎにしかならないだろうに。
「可愛い妹ニャ。血の繋がったうちの片割れニャ。あの子の為なら、うちはなんだってするニャ」
ああ、どっかで聞いた話だ。
誰かの為に、人生を捧げるなんて、辛いに決まってる。
焦りと不安に胸を掻き毟られ、必死だっただろう。
ルナはずっと一人で戦ってきたんだ。
「俺が何とかしてやる……」
「え?」
「手伝ってやるって言ってんだ」
金なら旅費の余りがいくらかある。
交渉次第で、妹自体を買い取る事もできるかもしれない。
「いい……の?」
「ああ」
「ほんとに?」
「できる限りの事はするよ」
「そっか……ありがとう」
ルナは顔を伏せて泣き出す。
その業は一人で背負うには、あまりに重かったのだろう。
先の見えない苦しみというのは、誰にとっても辛いものだ。彼女のように独りであれば尚更。
進むも地獄、立ち止まるも地獄。
そんな道を彼女は歩んできたのだ。
「それで? 金はいつ払えばいいんだ?」
「明日までニャ」
明日!?
間近じゃねぇか!
俺が想像していたよりも、遥かに短かった。
でもそっか。さっき一月近く風呂に入っていないと言っていたわけだし。
「金は今日にでも持っていった方が良さそうだな」
俺は話を切り上げると、会計を済ませて帰宅した。
もうすぐ日暮れ。夜の街が活気づく時間帯だ。
俺はそれなりに身なりを整えて、ルナと共に家を出た。
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