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【閑話】ひと振りの剣



 保育園の現状は、はっきり言って酷かった。


 単純に6歳以下の学生としてここに通っている者もいるが、それは約1割ほど。

 残りの9割は身寄りのない子供達だ。

 

 親の愛を間近に感じることのできなかった子供達を赤の他人が育てるというのは容易ではない。


 意思の疎通ができればまだいい。

 自分を人間だと理解していればまだいい。

 そんなレベルだ。


「怖くてハサミなんて持たせられませんよ。筆もです。……尖ったものは全部武器になりますからね」


 窶れた顔でそう言ったアズリの手には切り傷や噛み傷などが大量についている。


 とてもじゃないが、大丈夫? なんて聞けない。

 これはダメの領域だ。



 俺は今、保育園のもも組さんのお部屋にお邪魔している。

 このクラスに振り分けられた子は、意思の疎通も比較的容易に出来る。


 俺の髪にリボンを着けて遊んでいる女の子も、背中をでしでし殴ってくる鼻たれ小僧も、俺に引っ付いて眠る甘えん坊な女の子も、みんなある程度は会話もできるのだ。


 だが──


「お隣のほし組さんは正直、もうどうしたらいいのかわからなくて……」


 子供の前では笑っていなければいけない。

 そんな職業意識が彼女にはあるのだろうが、その笑顔はあまりに痛々しくて、見られたものじゃない。


「俺が夜の番変わるんで、今日は家に帰って休んでください。……シレーナがまだいると思うので事情だけは話しておいてもらえますか?」


「わかりました。ありがとうございます」


 保育士はキツい。

 なんて事をうっすら聞いてはいた。

 けど、どうやら想像以上らしい。

 もしかしたら、孤児が教会でお世話になるのって、神云々よりは、聖母さんのような人格者でなければ、務まらないということなのかもしれない。


 アズリは遠慮することもなく、俺に仕事をバトンタッチすると、そのまま立ち上がった。


「私の担当、今日はほし組さんなので、早速ですけど、お願いしていいですか?」


「分かった」


 どうやら他の先生に、俺との話の間だけ担当教室を変わって貰っていたらしい。きっとその先生も手を焼いていることだろう。


 俺は教室を移ろうと立ち上がろうとして……


「うわぁぁぁ、イヤっ!」


 俺に抱きついていた寝ていた女の子がぐずり出した。


 モテる男は辛いなぁ。





 その子の眠りが深くなったタイミングで、そっと床に下ろすと、今度こそ隣の教室へと移った。


 そこにいたお姉さんに事情を説明すると、彼女は了承して、もも組さんの方へ戻って行った。


 さて、どうしようか……。


 今、この教室にいるのは十数人の子供達。

 大体の子供は部屋の隅や物陰を陣取って膝を抱えている。


 意思の疎通ができないとは言っていたが、これはなかなか根深そうだ。


 すると、突如危機感スキルに反応。

 俺はすぐさま後ろを振り返る。


 そこにいたのはくすんだ黄色の髪をした痩せ気味のエルフの子供だった。年齢は5歳くらいの男の子だ。

 手にはフォークを握っている。


 なるほど、これで俺を刺そうとしたわけか。


 俺が急に振り返ったことで、攻撃をする気は失せたようだが、危機感知スキルの警告は消えていない。

 隙を狙って俺に攻撃するつもりなのだろう。


 俺は彼と視線の高さが合うくらいまで腰を落とす。


「君が手に持ってるものはご飯を食べるためのものなんだ。それで人を傷つけちゃいけないよ?」


 一応の警告。

 しかし、危機感知スキルの警告が解ける様子はない。

 

 ……困ったな。


「先生はさ、翔太って言うんだ。君は?」


「……」


 返事はない。

 ただ少しだけ、眉毛が動いたくらいの反応。


 意思の疎通ができない、か。


「んと、先生の言ってることはわかるかな? 分かるなら頷いて欲しいんだけど」


 ダメ元でお願いしてみる。

 すると、意外なことにコクリと頷いてくれた。


 なんだ、意思の疎通ちゃんとできるじゃねぇか。


「えっと、名前なんだけど……」


 やはり返事はない。

 聞けるけど話せないって事か?


「…………」


 ん? あれ?

 先程は見逃していたけれど、この子微かに口は動かしてる。

 もしかして、声がめちゃくちゃ小さいとか?

 それともモスキート音だったり?


 俺はよく耳を済ませる。


「やっぱり聞こえない……か」


 俺の聴力では拾えなかった。

 聞こえてくるのはせいぜい空気の振れる音のみ。


「……もしかして、君って声が出せないの?」


 ──こくり


 そうか、そういうことか。

 

 それじゃ、確かに意思の疎通は難しいか。

 多分読み書きもできないだろうし。


「えっと、伝えたい言葉を頭に思い浮かべてくれないか?」


 メラバケ〇ソというスキルは動物との意思疎通が可能になるもの。人間相手にも使えるはずだ。


『何しに来た』


 うぉ!?


 随分とストレートに切り込んできたなぁ。


「先生はアズリの代わりに夜の番をしに来たんだ」


『そうか』


 そういったきり、向こうから何かを話すことはなかった。

 元々口数は少ないタイプの少年らしい。


「それと、さっきも言ったけど、それは武器じゃない。先生に預けて貰えないかな?」


『ダメだ』


「どうして?」


『守れなくなる』


「ここは安全だよ。君は何も心配しなくていい」


『違う。ここにいるのは全員敵だ』


「どうしてそう思うの?」


 俺に対しての警戒も未だに解けない。

 誰も信用出来ないというのは、本人にとっても辛いはずだ。実際、彼自身からも相当な疲れを感じる。


 ここはどうか、信用してもらいたいのだが……


『そこの人族は先生に噛み付いた。そこの獣人族は先生を引っ掻いた。そこの人族は先生の髪を引っ張った。そこの──』


 この言葉には素直に驚いた。

 ああ、そうか。君は先生を守るために、そうやって、武器を持っていたんだな。


 彼の言葉からは強い意志を感じた。

 きっと、アズリたちの真剣な気持ちは、ちゃんとこの子にも伝わっているってことなんだ。


「かっこいいな、お前」


『……お前は先生を連れて行った男とは違うのか?』


「ああ。俺だって先生。君の先生だ」


『そうか……』


 そこでようやく敵感知スキルの反応が止まった。

 信用してくれたらしい。

 

「君にいい物をあげよう」


 俺は魔法袋から木刀をひとつ取り出す。


「この剣はね、先生が鍛錬用に使っている剣なんだ。俺と一緒に成長してくれた相棒だ。──これを君に託したい」


 俺が木刀を掲げてそう言うと、少年はこちらを睨むだけだった顔に初めて子供らしい表情を作った。


『いいのか?』


「うん。いいんだ。だから3つ、約束してくれるかな?」


『わかった。する』


 即答かよ。

 子供でも、やっぱり男は男なんだな。

 俺よりよっぽど肝が据わってる。


「そっか。じゃあ、一つ目、この教室にいる他の子達には、暴力を振るわないこと。二つ目、その剣は人を傷つけるために使わないこと。三つ目、騎士としてアズリ先生達を守り続けること。約束してもらえる?」


『わかった』


「騎士として誓うか?」


『はい』


「男と男の約束のか?」


『もちろんだ』


「よし! じゃあ、この剣は君に授けよう」


 俺は彼の前に跪くと、献上する姿勢で剣を掲げた。


 まだ彼には不釣り合いで、重いだろう。

 それでも、この剣を十分に振れるようになった時、彼はきっと誰よりも強く優しい人になっているはずだ。


『ありがとう』


「任せたぞ」


 こうして、シレーナが掬い上げた命の中から、小さな騎士が誕生した。彼の名前はダン。不言の英傑である。

 

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次の章に移ります。

タイトルは悪魔召喚編です。

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