人の在り方
「つまり! パンツを脱がせて確認するまでは、相手は女であると同時に男でもあるということだ!」
四日間眠って目を覚ました俺は、土日を挟んで約一週間ぶりに教壇に立っていた。
キノとどきどきな雰囲気になった後は、シレーナに馬鹿みたいに怒られた。
無論、仕事を何日も休んだことについてである。
けど、散々泣きじゃくったお陰でむしろ今はスッキリしてるくらいだ。
「えっとー、それはつまり春野先生が両方経験してみない限り、ハル×ジルなのかジル×ハルなのか分からないってことですか?」
「違う!!!」
今は量子論と哲学についての話し合いをしている。
……はずなのだが……。
勝手に校長とカップリングすんなよ。
朝会で生徒から校長を庇ったせいで、いつの間にか俺は女子たちのエサになった。
こんなことになるなら校長なんて見捨てれば……。
「とにかく、量子力学において、原子は観測者がいてはじめて状況の変化が起きるということです。以上! 授業終わり!」
俺は早々に教室を飛び出した。
「えっと……次の教室はー、3年B組か」
俺は中等部の校舎を出て、高等部の校舎へと向かう。
距離はそこそこあるので授業間の休み時間は移動だけで終わってしまう。
俺はえっちらほっちらと四階建ての長い階段を上り教室へと向かう。
「エレベーターないよな、この世界」
まぁ、自分の住んでる家で毎日階段の上り下りしてるから慣れてるんだけどな。
あ、エレベーターで思い出したけど、An○therって小説は確か、人の思い込みで怪奇現象を操っていたよな。あれこそ、シュレーディンガーの猫の一例なんじゃ?
まあ、あくまでフィクションだけど。
そんなことを考えているうちに、目的の教室に着いた。
「はーい、春野先生来ました〜」
ゲラゲラと、騒がしい雰囲気は消えないが、一応みんな席には着き出す。
初めと比べるとだいぶ打ち解けたと思う。
「起立! 着席! 礼!」
──ごつん
「違うぞ、委員長! 起立、礼、着席の順番だ」
どこの世界の連中も、考えることは一緒なんだな。
元の世界じゃ定番のネタだ。
俺も日本にいた頃、一回だけやったことある。
確かその時は先生がブチ切れちゃって、クラス全員で反省文書いたんだった。
俺は今度こそ、ちゃんと挨拶を済ませて教壇を上る。
「えっとー、みんな久しぶり!」
学校をサボった挙句、その後4日も寝込んだ。
ゆえに生徒たちと顔を合わせるのも久しぶり。
「あれれー、なんか先生目元が赤くないですか?」
──ドキッ。
昨日は散々泣き腫らしたなんて、生徒たちには言えない。
というか、今俺がいるのは高等部三年の教室。
全員が同い年か年上だ。
尚のこと、そんな弱みは見せられない。
「そーいや、確かに赤いかもなぁ」
「ねー。春野くん泣いちゃったの〜?」
春野くん呼びはやめて欲しい。
完全に先生として認識されてない感があって、ちょっと辛い。
ったく、余計な話振りやがって。
一体誰だよ、そんな細けぇとこまで見てるや……つ……
理沙、てめぇか!!!!
教室の一番端、窓際の1番後ろから2番目で、理沙はニヤリと笑いながら小さく手を振ってくる。
クソっ!
「なんだよ、相談乗ってやるぜ? センセー」
ゲラゲラと笑いながら、男子生徒がそう言った。
「私も気になりまーす! 昨日何かあったんですかー?」
「三鷹さん、ちょっと黙って下さい。消えてください」
理沙のやつ、完全に分かっててやってやがる。
「聖職者がそんな事言っていいんですか?」
「俺を聖職者だと思うなら、まずはそれらしい態度を取ってからにして欲しいね! この世界じゃあ、法律はお前を守ってくれねぇぜ?」
「ははっ。でたー! 春野のドヤ顔名言集!」
いや、知らん。
いつの間に名言にされて、いつの間に集められてたの?
「先生は女の子に振られたんですかー?」
先程とは別の男子生徒から声が上がる。
「おいおい、俺は生まれてこの方、女の子に振られたことなんかねぇんだぜ?」
告白経験も、交際経験もないからな!
「それは告白経験も交際経験もないってことですかー?」
くそっ。なんだこいつ、鋭いな。
「悪いけど、先生は今、女の子と同棲してるから! 」
嘘は言っていない。
一部の生徒から歓声が上がる。
「おっとなー」
「年下に負けた!!!」
「羨ましい!!!」
「きもーい」
「殺す」
「先生すげー」
「いいなー」
なんか、途中、怖い言葉混ざってなかった?
「いやぁ、痛い痛い。妄想って怖いですね」
またしても理沙から辛辣な言葉が飛んでくる。
お前だって一緒に住んでる家族の1人だろうが!
それともお前は俺の妄想の産物だったのか?
「んで? 春野はどんな女と一緒に住んでんだよ」
「いや、そろそろ授業を始めないと……」
「これだって道徳だろ? いつかは誰かと結婚するかもしんないんだし、異性を思いやる気持ちをみんなで考えようぜ!」
最もらしいこと言いやがって……
これだから口の回る陽キャは嫌いなんだよ。
それに、どんな女って……あ!
「仕方ない、少しだけ聞かせてあげようじゃないか!」
「おおおお!!」
教室が沸いた。主に男子のほうだが。
「エロいの? エロいの?」
いきなりそんな質問かよ。
けど、まぁ問題ない。今日の俺は冴えてるのさ。
「エロいっていうかどうかはわかんねぇけど、基本薄着だなぁ」
「下着か? 下着一丁か?」
「いや、薄いシャツ一枚着て、下はパンツだけだ」
「「「URYYY!!!!!!!!」」」
男子が沸き、ハンカチが舞う。なんだこれ。
「それでそれで? 手作り料理とか作ってくれるのか?」
「いや、家事はあんまりやらないな。いつも仕事してるか、本を読んでるよ」
俺がそう答えると、微かにテンションが下がった。
やっぱり手作りの料理って男の夢だもんなぁ。
「じゃあ、家事は全部翔太センセがしてるの?」
「まぁ、そうだね。基本的には俺がやってる」
「「「「おーーー」」」
今度は女子陣が感心の声を上げる。
嘘だ。
飯はリリムが作ってくれるし、皿洗いは他の子がしてくれる。俺がやるのは基本、掃除と洗濯だな。
夕飯の手伝いは割と頻繁にしてるけど、皿洗いに関しては暫くやっていない。
「じゃあさ、あれか? パンツも春野が洗ってるのか?」
「そうだよ。当然だ。洗濯も掃除も俺がしてるからな」
「「「ヒャッハー!!!!!!!!」」」
花吹雪が舞う。男って、やっぱり馬鹿だよな。
一体それはどこで用意したんだ?
「白い生地に〜、黒の水玉で〜、白いレースと〜、黒いリボンで〜」
俺は同棲相手が今日履いているであろうパンツの特徴を挙げていく。
「ちなみに、昨日履いてたパンツは〜、黄色と〜白の〜ストライプで〜」
「せ、聖職者が、下ネタは良くないと思います!!!!」
ガバりと立ち上がった理沙は顔を赤くし、目をグルグルと回しながら俺にそう言った。
「なんだよ、三鷹。お前結構ウブなんだな〜」
男子の笑い声が上がる。
ざまぁみろ、理沙。
そして、そのスカートを捲って見せるがいい。
きっと、先程俺が言った白い生地に黒い水玉の柄をした おパンティが覗かせることだろう。
それとも、理沙が魔術学園の魔術大会で見せてくれたデーモンハンドで、無理やり剥ぎ取ってやろうか。
「そもそも、おかしいですよ! どうして翔太先パ……生が目元を腫らしている話からパンツに切り替わってるんですか! この人が同棲してるとか、どうでもいいです! この人は童貞だし、彼女もいないし、同棲相手は毎日ちゃんと服を着てます!」
いや、必死過ぎ。
「え、春野って童貞なの……?」
「お、おいおい。俺は仮にも先生だぜ? どどどど童貞なわけないじゃんか……やだな。あはは」
全く、言い掛かりはやめて欲しいぜ。
全く。……全く。
「なーんだ。春野っちのこと一瞬いいかも〜って思ったけど、女の下着洗っても手は出さないとか、完全に枯れてんじゃん。なんか萎えぽよ〜」
「わかる〜」
「ざんねーん」
告ってもないのに振られた。なんだこれ。さっきのがフラグだったのか?
「ま、まぁ。先生の言うことを信じるか、三鷹さんの言うことを信じるかは、君たちの好きにするといいよ」
大人の逃げ口上だ。
俺と理沙、どちらも言っていることは半分真実で半分嘘。
ここは濁しておけばいい。
「では、真面目な授業に移ろうか」
「えー、なんでだよ。つまらん話じゃなくて、もっと同棲の話掘り下げようぜ〜」
「まあまあ、それはまた今度によう。今日だからこそ、語っておきたいことがあるんだ」
──あんなことがあった今だからこそ。
「え〜。また、どんぎつねの話〜?」
「それとも、くらむべん?」
「いや、違う。今日は英雄と呼ばれる、ある男の話をしようと思う」
俺は多分、教師であることにこだわり過ぎていたと思う。
だからこそ、空回りもしたし、上手くいかないことも多かった。
俺は俺らしく、1人の人間として、みんなに向き合えばいい。
そうして語った言葉を、一欠片でも拾ってくれれば、きっと彼らの役に立つはずだ。
「お! 英雄譚てやつ?」
「ははっ。それも違うよ。今から話すのは、その男が翼を得る前──醜いガキだった頃の話だ」
本章終わりました。
後半、あんまり学校関係ありませんでしたが、本当は美術館も遠足で行く予定だったんです。
色々理由があって、内容が変わりました。
この後は閑話をいくつか挟んで次の章に移ります




