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アジト

結構長くなりました。


「これは、回れ右ですねー」


 昔、どこかの富豪が使っていたであろう館。

 その庭に、武装した男たちがワラワラと集まっていた。


 その様子を見て、例えここにアズリがいたとしても自分1人では何も出来ないと思ったキノは撤退を選んだのだが、それを遮ったものがあった。


「巫女の儀式は7分後とする!」


 誰かが上げた声。

 

 ──あぁ、思い出しましたー。私の事すっ飛ばして消えていった冒険者ですねー。


 そう、それは半月前、翔太とキノが街を歩いていたときに遭遇した冒険者風の男。

 巫女だなんだと声を上げながら、猛スピードで走り回り、キノにぶつかってもそれに気付く様子さえ見せなかった男だ。


「カチーン」


 キノは怒った。


「これは一発殴らなきゃ、気がすみませんね。強い仲間を連れて殴り込みです!」


 このアジトにいるかどうかも分からないアズリのことは別として、単純にキノは男にムカついた。

 それでも仲間に頼る前提。他力本願の精神は健在だが。


 キノはブツブツと悪態を吐きながらも継続してその様子を見ていた。


 そして、数分後、巫女と呼ばれる女性が男に連れられて、館から出てきた。


 金色の髪にキツネのような耳と尻尾、そうアズリだった。


「巫女ってアズリさんのことだったんですか! いやぁ、さすが私、引き運がいいですね!」


 キノは屋敷の近くの物陰で一人ワイワイと喜んではいるが、何の解決にもなっていない。


「儀式って何するんでしょう。エッチなことですかねー?」


 キノには凡そ緊張感というものがない。

 色々と鈍感な性格なのである。

 そのせいで、翔太への気持ちも自覚できておらず、未だに距離を詰められていないのだ。


 屋敷の庭では、何やら怪しい格好をした男が、魔法を唱えて魔法陣を形成し始めた。


「あれは結界じゃないですか!」


 1度結界を張られてしまうと、それを打ち破るのは至難の技になる。


 キノは疾走し、そのまま屋敷の庭へと潜り込んだ。

 よく見ると、辺りには何人か頭まで外套をかぶった者もいるようで、女性も何人かいた。


 キノはメイド服の上からドナドナ団用の外套を羽織ると紛れるようにして集団の中を歩く。


「この格好、少し暑いですねー」


 今日は天気もいい。

 そんな中で厚手の生地の黒い外套は結構きつい。


「せっかく結界張ったなら日差しも遮って欲しいですよねー。ほんと、気が利かない奴ですよ」


 キノははぁっとため息を吐いた。

 そして、直後目を見開く。


「仲間連れて来れないじゃないですか!!!」


 ──ぐっ、嵌められましたね……


 否。勝手にハマっただけである。

 結界内に入れないという事は、結界外に出ることもできないという事。


 もし翔太やペトラなど、ある程度の力がある仲間がいれば、この程度の結界を破ることはできただろうが、今のキノにそれは難しい。


「囚われの美女ってやつですかねー」


 キノはポリポリと頭をかきながら、不自然にならないよう、少しずつアズリとの距離を縮めていく。



「では、これより儀式を始める!!!」


 突如、キノのそばにいた男が声を張り上げた。


「ここにいる狐獣人の女は、魔王レミレが滅ぼした東の島国の娘。そして、九尾の巫女である!」


 おおおお!!!!


 と、辺りから歓声が沸く。


「おー」


 やる気ないながらに、キノも便乗した。


 ──これって、私が何もしなくても、召喚された九尾がクハクさんだったら、どうにかなるんじゃないですか?


 実際、これは正しかった。

 現時点で、この世界に九尾はクハクしかおらず、召喚の儀式を行った場合、現れるのはクハクだ。


 だが──


「では、巫女の生贄の儀式を始める。全員、槍を手に取り、火を灯せ」


 儀式の内容とは巫女を99本の槍で貫き、門を開けるというもの。


「これ、死にますね」


 儀式をすれば、クハクが全員を蹴散らしてくれるかもしれない。

 だからといって、それを待っていたら確実にアズリが死ぬ。


 ──し、仕方ありませんね。わわわわ、私が頑張るしかないようです。


 キノはアズリを自らの手で助けることにした。

 こればかりは誰かの手を借りる余裕がないと判断したのだ。


 だが、他力本願だったからこその余裕。

 自分の手で彼女を助け出さなければならないとなれば、緊張もする。

 そして、キノはこの緊張というものに、滅法弱かった。


「も、もらったー!」


 キノがとった行動は単純。

 アズリを魔法袋に突っ込んで逃走。

 

「あ? 何だこの女!? おい、巫女はどうした!?」


 辺りは騒然とする。

 それも当然だろう。急に女が近づいてきたと思ったら、儀式に使うための巫女が姿を消してしまったのだから。


 キノはさっさと家に帰ろうと、屋敷を出るために塀へ登った。


「アスタラビスター!」


 キノは塀を飛び降りようとして──そのまま弾け飛んだ。


 ──結界のこと忘れてました!!!


「囲め!」


 その隙を付くように100人ほどの集団はキノを囲んだ。


「おい、二度は言わねぇぞ、巫女をどうした?」


 先程までアズリのそばに居たリーダー格の男がキノに問う。


 キノはムクっと立ち上がると、土汚れを払いながら、不敵に笑ってこう答えた。


「二度は言わないって言ってますけど、そのセリフ既に二度目ですよー? 頭を冷やしたらどうです? この間抜けが!」


「んだと? 死にてぇのか、クソアマ」


「ほら! 冷静になれてません! 間抜けを肯定してるようなものじゃないですかー」


 キノは男を煽りつつも、頭では別のことを考えていた。

 結界を張られている以上、この場を簡単に逃げるのは難しい。だからといって、戦いになった場合も勝つことは難しい。


 キノは特訓のお陰でステータスはそれなりに伸びている。

 しかし、戦闘センスの無さは黒の方舟でもトップクラス。


 ──時間稼ぎは、恐らく無意味でしょうね。この場合、結界を張った人間を殺して逃げるのが一番いいかもしれません。


「あのー、ちなみに見逃してもらうことは可能ですか?」

 

 キノは命乞いをすることにした。

 今はただ、考えるための時間が欲しい。

 そう思っての行動だったのだが、それは失敗に終わる。

 男たちはその言葉を額面通りではなく、煽り言葉として捉えたのだ。

 

 ──あるじ(ダメな例)を参考にしてもダメな結果にしかなりませんね。


 翔太は好戦的なようで、意外と平和主義なため、必ず一度は対話を試みる。

 ただ、駆け引きが異常なほど下手で、結局戦うことになるのだが。


「仕方ありませんね。活路は自分で見出します」


 キノは布団叩きを構え、外套を脱ぎ捨てる。

 

 その様子を見て、彼女が戦うつもりなのだと悟った100人近くの面々は武器を構え、戦闘態勢に入る。


「断絶のメンバー100人相手に、お前一人で立ち向かうつもりか?」


 男はニヤリ笑い、プレッシャーを放つ。


「知りませんよ、そんな人たち」


 【断絶】とはきのこ派とたけのこ派の二大宗教の陰に隠れた、第三勢力のことである。

 国境を越え、様々な種族が混合しているという点で考えるなら、黒の方舟の上位互換とも言える組織だ。


 そんな組織に目をつけられたならば、本来震え上がるのが普通。ましてや、なんの権限も持たないただのメイドが1人で立ち向かえる相手ではない。


 にも関わらず、キノは本当に知らなかったとはいえ、そんな言葉を口にしてしまった。


 四方八方で殺気が沸き上がる。


 ──私の命日は今日っぽいですね……。


 キノは死を覚悟した。

 これがもし、キノ2人だった場合なら、まだ生き残る可能性はあっただろう。しかし、背中を預ける相手がいないだけで、かなり危機的状況だ。


「行きますよ!」


 キノは布団叩きを片手に、男へ向かって疾走した。


「速っ!?」


 男は焦る。


 当然だ。単純なステータスだけならば、キノの方が何倍も上なのだ。


 一気に男との間合いを消したキノは、思い切り足を蹴り上げる。それだけで、その男は4メートルほど吹っ飛び、壁にめり込んだ。


 リーダー格の男が先制を食らったことで、多少狼狽えるかと思われたが、断絶のメンバーはあくまで冷静にキノへの攻撃のチャンスを伺っていた。


 キノは付け入る隙を与えまいと、目の前の外套を纏った女に向かって火属性魔法を打ち出す。

 無詠唱魔法。人を殺すには至らないが、連続で打ち出すことで、敵を牽制することができる。


 キノはそのまま逆方向の敵と距離を詰めると、布団叩きを振り下ろした。


「お前ら、陣形を変えろ!」


 誰かが合図をすると、バラバラだった敵はキノを中心に強固な陣を取った。


「小賢しいですね!」


 キノは武器を振り回し、陣の崩壊を狙う。

 実際、押しているように見えて、キノが戦闘不能にしたのは数人のみ。相手は残り90人以上もいる。


 キノはジリジリと攻撃に対応されていくのを感じた。


 キノの動きはステータス頼り。

 技はない。


 ゆえに、戦場で培った勘は相手の方が上だ。

 キノの攻撃を上手く往なして、攻撃へと転じる。


「捉えたっ!!!!」


「嘘つかないでください!」


 キノは最後から振り下ろしてきた男の剣を躱すと、頭に布団叩きを振り下ろした。

 卵を割ったような嫌な感覚が手に伝わる。


 ──ドスッ


 直後、左足に激痛が走った。


「ッつぅ!」


 どうやら左太腿辺りを矢が射抜いたらしい。

 しかも、強力な神経毒が塗られているようで、体が思うように動かない。


「やってくれますね……!!!」


 あくまで気丈に敵を睨んだキノはくるりと振り返ると、男の持っていた剣を投擲し、弓を構えていた女の心臓を撃ち抜いた。


「うっ」


 直後、急な目眩と吐き気がキノを襲う。


 ──毒の回りが早すぎる……。


 キノが一瞬よろめくと、それを隙と見た敵が七人、剣を振りかざす。


「それは残像ですよ」


「何っ!?」


「嘘です」


 キノは布団叩きで一人を叩き潰して、すぐ様その男が持っていた剣を拾うと、布団叩きと剣というミスマッチな二刀流で、残りの6人を潰した。


 今使ったのは翔太に教わった秘伝技。

 動かない状態で、残像だ、と嘘をつくことで相手に信じ込ませ、隙を付くという卑怯な手。


 しかし、それが命を救った。


「貴様ァァァァ!!!」


 突然の咆哮。

 もしかしたら今死んだ男の中に、友人でもいたのかもしれない。


 声を上げた男は槍を振り回しながら、キノに詰め寄る。


 ──殺す為に冷静さを失うと動きは単調になりやすい。


 彼が悪い見本です、と翔太を例に挙げてダメ出しをしていたリシアの声が頭を過ぎる。


 確かに見やすい。


 キノはまるで踊るように回転し、その槍を躱すと、背後から剣を一突き。心臓を抉った。


 

 ふわりと揺れるスカート。

 鮮血を浴びた灰色の長髪。

 可憐な横顔。


 まるで戦場に咲いた一輪の花のようなその女性は──


「ぐふぁっ」


 一瞬にして摘み取られる。


 

 腹を抱えて血に伏せたキノの前に立っていたのは、最初に蹴り飛ばした男。


 彼はハンマーを振りかぶると、横に払うようにしてキノを殴り飛ばした。


「うぁっ……あぁっ」


 咄嗟に体を守るように突き出したキノの左腕は折れ、力なく垂れ下がる。


「メイド如きが舐めやがって!」


 男はキノの髪を掴み体を持ち上げる。

 ブチブチと毛の抜ける音が聞こえる。


「っ……髪は……髪は、やめて、もらえません……か」


 毒の回った体は最早動かす事ができない。

 キノはほとんど見えていない目で、敵を睨みつつも、口ではそう懇願した。


「フンっ! そんなか細い声じゃ聞こえねぇよ」


 そう言いながら、リーダー格の男はキノの髪を離す。


 バタンと音を立てて倒れたキノ。


 男は懐の剣を抜くとそれを心臓……ではなく、後ろで束ねられた灰色の髪へと持っていき──


「やめっ!!」


 切断した。


 命を失うと事は、戦う前から覚悟できていた。

 しかし、


 ──あんまりです。あんまりですよ……。


 髪はキノが美しくあるために、何よりも大切にしてきたもの。翔太や理沙にもアドバイスを貰い、お金や時間をかけて大事にしていたもの。


 長年伸ばし続け、腰の位置まで達したその髪は、いとも簡単に男に刈り取られ、目の前に散らばった。


 ──最低です。酷すぎます……。


 こればっかりは耐えられなかった。

 とめどなく涙が溢れる。


「うぅっ……うううう」


 ずっと大切にしてきたものものは、こんなにも呆気なく消えていった。


「グァッハハハハハハ! 無様だな。クソアマ。さっさと殺してやるよ」

 

 男は散々笑った後、剣をキノに振り下ろした。


 背中に熱が広がり、鼓動が早くなっていく。


 しかし、キノは自分が死ぬよりも、己の髪のことの方が辛かった。


 朦朧とする意識の中でも、首筋に風が掠めていくのがよく分かる。



「……ぐすっ。あるじ……こんな私を見ても……笑わないで下さいね……」


 キノは涙の流れる目をそっと閉じた。


 


ブックマーク、評価、ありがとうございます。

次話もよろしくお願いします。

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