追跡
これは翔太がスピカに遭遇する前、王都でプラプラ買い物をしていた頃と同時刻の、教会での話。
地下三階への階段をドカドカと歩いて降りていたのはシレーナだった。
「あ〜もうっ! 何してんのよ、あいつらはぁ〜!!!」
イラついた様子で声を荒らげるシレーナは一人の女性に声をかけた。
「ねぇ、キノちゃん。今日、学校にアズリさんがいないんだけど、見てないかな?」
「いえ、見てないですねー」
キノは翔太に教わったヨガをしながら、シレーナからの質問に答える。アズリとは、翔太においなりさんで釣られた巫女の女性である。
「何か話聞いてないかな? 妹ちゃん達も見てないみたいで」
「聞いてないですねー。仕事が嫌になって逃げ出したんじゃないですかー? 私だったら1人で何十人も子供の面倒見るとか、絶対無理ですからー」
そう言って、ヨガから柔軟体操に切り替えたキノは160°ほど開脚する。
「困ったなぁ。保育組はただでさえ手が足りてないのに……」
保育園に来るような子供は基本的に貧民街の出や、両親が忙しい子供のみで、さすがに貴族の子供はいない。
だからと言って、決して気が抜ける訳ではなく、むしろ神経のすり減り具合は断トツと言っていいだろう。
「私とキノちゃん以外に接点のある翔太だって、消えちゃうし……どうしよう」
「割と真面目そうな人だと思ったんですけどねー。気分転換にサボっ……」
「どうしたの? キノちゃん」
「……いえ、ちょっとだけ気になる事があっただけです」
そう答えたキノは、しかしとても難しそうな顔をしていた。
キノには、アズリが妹や弟達に何も告げる事なく、どこかへ行くとは思えなかったのだ。ゆえに、とある考察が浮かび上がる。
──あの貴族が連れ戻した? いえ、獣人族の奴隷一人にそこまで執着を見せる貴族はいないはず……。
そう考えたキノだが、何故か嫌な予感が拭い切れない。
「とりあえず、街の方見てみますねー」
キノは「はぁ」とため息を吐いて立ち上がる。
めんどくさい。
めんどくさいが、もしものことがあったら、と思うと今は動かざるを得ない気がした。
キノはポリポリと肘をかくと、腰まで伸びた灰色の髪を後ろで束ね、つこつこと階段を上っていった。
「やっぱ、あの屋敷ですかねー」
以前、アズリが捕まっていた貴族の屋敷。
考えうる可能性の中で1番高そうなのが、あそこだ。
キノは森を抜け、街を抜け、その屋敷へと辿り着く。
「外から覗いてもさっぱりわかりませんねー」
前回、アズリは愛玩用としてここの貴族に捕まったらしいのでいるとすれば風呂場か寝室だろう。
──強行突破するしかないですねー。
キノは布団叩き型の武器を手に持って門へと突撃する。
「おう。メイドか。入れ!」
門番は軽々と通してくれた。
……この人アホなんですかねー。
キノは呆れた。
が、無理もないだろう。
ここは王都から少し離れた街。
他に貴族がいないこの地域で、これほどまでに美しく上等なメイドを雇える人間が、己の主人以外にいると思えなかったのだ。
──というか、バカそうだし聞いちゃいますか……。
「あの、アズリさん──狐獣人の女性がどこにいるか分かりませんかー?」
「あん? 半月前消えたっきり帰ってねぇよ。御館様ももう興味が失せちまったみたいだな」
──ここにはいない……!?
ということは……
「なーんだ、無駄骨ですか〜」
つまり、アズリがいないのはただのサボりだったということ。
この男が嘘をついている可能性もあるが、たかが獣人一人のためにどうこうしようと思わないのが、普通。
ここで嘘をつく必要性がまず、ない。
キノは、家に帰ろうと踵を返した時、僅かな敵感知スキルの反応を感じた。
さっと、振り返る。
そこには冒険者らしい格好の男が二人。
ここからは少し距離があるため、バレていることにバレていないようだ。
「……あの人たち、どこかで……」
一瞬悩みはしたキノだったが、何となく見覚えがあるその冒険者達の後を追うことにした。
「おい、メイド! どこ行くんだ?」
「すいません、ちょっと買い足しにー」
キノは適当な理由を付け、追跡を開始した。
しばらくしてたどり着いたのは──
「なんか、もうあからさまですねー」
ガラの悪い男たちがゾロゾロと揃った、薄暗いアジトだった。
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今後、投稿時間と作品のあらすじ蘭が変わるかもしれませんので、その際にもう一度報告します




