叫び
「あーあ、可哀想に。今日からキミ、翔太にえっちぃこと、いっぱいされちゃうんだよ?」
「人聞きの悪いこというなよ!」
俺たちは店を出た後、ウェイトレスさんに服を買ってから、美術館を目指して歩いていた。
スピカはケーキを食べた後さよならする予定だったのだが、俺に色々と聞きたいことがあるらしく、半ば無理やり着いて来ることになった。
まぁ、ルーも気に入ってるみたいだからいいけど。
俺たちが目指す美術館は建物自体が、既に芸術のひとつで、神殿をモチーフにしたその外装は、国外からも観光客が集まるほど美しい。
特に様々な花で彩られた庭園は、お花好きのルーが絶対に気に入るスポットだ。
距離はそんなに遠くなく、ここから徒歩で20分ほど。
俺はルーと手を繋ぎ、スピカはウェイトレスさんに肩を組んでダル絡みをしている。
「それで? 翔太って何者なの? 腕が鳴っちゃうんだけど」
戦う気かよ!
好戦的過ぎるだろ!
「いや、さっき名乗った通りだよ。俺は黒き船の操縦士。つまるところ──」
「お兄さんは黒の方舟の創設者!」
「うん。まぁ、そんな感じ」
あははー、と俺は頬をかく。
「なんで……? なんで黙ってたの!? 知ってたよね? あたしが黒の方舟に入りたいって言ってるの!」
「うん。まぁ、知ってたよ。知ってたからこそ、言い出せなかったっていうか……」
俺は一応弁明を試みるが、両肩を捕まれブンブンと前後に揺らされているせいで、一向に話が進まない。
「笑ってたんでしょ!? こっちは必死なのに、ドラゴンくらい余裕だわ〜って思ってたんでしょ!?」
「いや? いやいやいやいや! 全然思ってねぇよ?」
そこに関しては素直に感心していた。
ドラゴンって、そう簡単に倒せるような相手じゃないからね。決して嘘じゃない。バカになんてしてない。
それに、初めてドラゴンを倒した時のあの感動は、俺も覚えてる。
「だったら、入れてよ! あたしのこと、黒の方舟に入れてよ!」
「いや、それを決めるのはエルネスタだからさ……俺の方ではなんとも……」
「翔太、リーダーなんでしょ?」
「そうだけどさ……」
「お兄さんはエルネスタお姉ちゃんが苦手なんです」
そう。そういうことなんだよ。
話しかけても、なんか壊れた洗濯機みたいな反応しかしないし。コミュ障ってやつなのかな? 全然会話が成り立たないんだよね。
というのは、建前としても、エルネスタが決めたルールで選抜してるメンバーに、俺が勝手に首を突っ込んでしまうのは、普通に良くないと思う。
「あたしの知ってるギルドマスターとは全然違うんだけど」
そりゃ、家族に見せる顔と、仕事中の顔は違うに決まってる。彼女はきっと、繊細で優しい人なのだ。
「まぁ、とにかくだな。エルネスタの傘下に入った以上、スピカのことをどうこうできる力は俺にはねぇよ。今はあくまで、スイーツ仲間だ」
俺は無理やり話を切る。
二歩後ろではウェイトレスさんが「私聞いてませんでしたから!」と言いたげに耳を塞いでいる。ちなみに彼女の名前はメグと言う。
けど、この人の場合は俺もお金で買っちゃったわけだし、有無を言わさず、黒の方舟のメンバー入りだ。
スピカには申し訳ねぇけど。
「おっと、あれだぜ、ルー!」
俺はルーを肩車して、美術館を見せる。
「おー!」
まだ少し距離はあるが、街並みからは少し浮いているその景色は正しく圧巻。
なんだろ、すげぇワクワクする!
俺は少し小走りで、美術館へと向かった。
俺達は受付でお金を払って美術館の中に入る。
全員分俺持ちだ。
神殿をモチーフにしているだけあり、天井は高く床も真っ白な大理石だ。大理石……だよな? これ。
俺も感動していたのだが、ルーはもっと感動していたようで、普段大人しい彼女にしては珍しくはしゃいでいた。
「メグ、ルーに着いてやってくれ」
俺はウェイトレスさん──メグに指示を出し、小走り出掛けていくルーの後を追わせた。
楽しんでくれてよかった。
ルーがああやって、笑ってくれるだけでも来た甲斐がある。
俺にはルーと実の兄であるレイを引き剥がした罪悪感があったが、そんな緊張も、今ので少し解れた気がした。
ルーが戻ってくるまで、俺は俺で少し見てまわるか。
俺には芸術に対する読解力は多分ない。
とてもじゃないけど、人に聞かせられるような感想は出てこない。が、そんな俺でも惹かれる景色や絵画といった作品はあるわけで。
言葉にはできないような、頭ではなく直接感情を動かしてくるような、そんな作品があった。
「翔太はその作品が好きなの?」
「ん? いや。ただ、元の世界に似たような作品があったなって思って」
そう。あの有名なムンクの叫びだ。
「あそこに人がいるだろ?」
「あの口を開けて、顔に手を添えてる人?」
「そう。あの人は今、不安と戦っている最中なんだ」
この作品がどうかは知らない。
けど、元の世界にあった「叫び」という作品は、確か叫び声に耳を塞ぐ人の姿が描かれていた。
「え、あんな風に口開けてるのにあの人が叫んでる訳ではないの?」
「そうだと思う」
とは言っても、俺もその事実は最近まで知らなかった。
どころか、作品名も「ムンクの叫び」だと思っていた。
ムンクが描いた「叫び」って意味だったことを教えてくれた学校の先生のドヤ顔を今でも覚えている。
「この人と翔太は似てるね」
スピカは小さな声でそう言った。
「必死に不安と戦って、耳を塞いでる。なのに聞こえちゃうんだよね。叫びが……」
似てる、か。
確かにそうかもしれない。
この世界に来てから、ずっと不安だけが拭い切れず、弱い俺は耳を塞いだ。
「どんなに耳を塞いでも、叫びは消えないよ。翔太が人として生きていれば、必ずどこかで叫びは耳にすることになる」
わかっている。
ついさっきも、俺はメグに助けを差し伸べてしまった。
心で助けを求めるメグの叫びに、耳を塞いだはずの俺は、いつの間にか叫びを止めることを選んでいた。
「開き直っちゃえばいいんだ思うよ、私は。自分の為じゃなく、誰かの為に人を救えれば、きっと翔太は英雄になれる」
「考えてみるよ」
それができたら、俺もかっこよくなれるだろうか。
子供の頃憧れた大人に、なれるだろうか。
もし、そうなら俺は──
………………
…………
……
『休暇中、申し訳ございませぬ、主様』
突如、届くクハクからの念話。
『どうした?』
『実は、キノ様が──』
「スピカ、ルーを頼んだ」
俺はそのまま姿を消した。
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