支えとは
「ったく。俺が使えると思った途端に態度変えるんだから、お前も現金な女だよな〜」
「んぇっ! えっと、しょれは……」
「冗談だよ、エリル」
「んまっ! しぇんしぇい、意地悪言うならセクハラ教師で訴えてもいいんでしゅよ?」
「え? なんで?」
「お尻、触りましたよね」
エリルは顔を赤らめて、上目遣いでそう言う。
「はて、お尻? あー。ケツ叩いたやつか。悪かったな。──仕方ない。俺のお尻を触ることでチャラにしてくれ」
等価交換ってやつだ。
「……」
「どう? 柔らかいだろ?」
「よくわかりましぇん」
──フニフニ、どっ!
「ひぇやっ! 急に硬く!」
「はっはっは〜」
ケツ筋に力を入れただけなのだが、エリルは急な感触の変化に驚いてしまったようだ。
「あんたら、さっきから何してんだよ……」
…………
「……さ、お前らも教室に戻るぞー。今日の授業はアイスクリームを床に落としてしまったおじいちゃんの気持ちを考えてもらうからなー」
「ったく、なんで棒読みなんすか、先生」
俺たちは片付けを済ませて、教室へと戻る。
割と派手に剣を振り回したけど、一応今は授業中だ。
またシレーナに苦情言われちゃう。
「先生〜俺、アイスの話よりも、なんかもっと、現実的な話が聞きてぇよ。どうしたら強くなれるのか、とか。そういうの」
「おいおい。道徳心を学ぶのだって大事なんだぜ? 一応言っとくけど、もし将来この学園で学んだ力を悪いことに使おうものなら真っ先に叩っ斬りに行くからな?」
俺の言葉から本気を感じた生徒たちはきゅっと口許を引き締める。
「それだけここで学べることは大きいってことだよ。──でも、そうだな。せっかく一歩目を踏み出せるってときなんだし、役に立つ話をしようか」
俺がそう言うと何人かの生徒が引き出しからノートを取り出した。
嬉しくなっちゃうね、ほんと……。
「まぁ、どんな目標を追うにしろ、スキルポイントは必要不可欠になってくると思う。そうだな、まずは、プランニングの方法から始めたいと思う。例えば──つんつん頭は将来のこと、もう考えてるか?」
「お、俺はコインだ! ジハン家のコイン! コイン・ノシータ・ジハン」
「そっか。で、どうだ? コイン」
「……一応あるけど、みんなの前では言いたくねぇよ」
「だな」
まぁ、そうだよな。
俺もできれば語りたくねぇし。
一番偉い神を倒す!
なんて、世界征服よりも馬鹿げてる。
笑ってくれればいい方。
頭の心配をされるのが関の山だ。
「誰か、教えてくれる人いるか?」
そう問いかけると、ピッと手が上がる。
「いいのか? エリル」
「はい」
彼女の目標も、なかなかに険しい。
けど、ここでそれを語るという事はもう後には引けないということでもある。
それだけの覚悟が彼女にはあるということ。
是非、力になってやりたい。
「私には、目標にしている人がいましゅ。その人は魔法の腕も、剣の腕も一流でしゅ。私はその人に追いつきたい」
そう。そして、その為に彼女が選んだのが──
「魔剣士でしゅ。私は魔剣士になりたいでしゅ」
エリルは堂々と、そう口にした。
魔剣士とは、剣術と魔術の両方が高レベルに達し、初めて至れる上級職である。
「なら、そこにたどり着くまでの道のりを考えてみよう。ちなみに今のレベルは?」
「従魔士でレベルは18でしゅ」
それを聞いたクラスメイト達はざわめく。
仕方ないといえば仕方ない。
従魔士なんて、魔剣士からは遠く離れている。
だか──
「魔剣士になるだけなら、卒業までにどうにかなるな」
俺のその言葉に、教室は無音になった。
エリルまでも絶句している。
「せ、先生。さすがにそれは無茶じゃないですか? 魔剣士なんて、誰もが憧れる英雄職ですよ? なのにたった2年でどうにかなるなんて……」
一番初めに口を開いたのは、最前列に座る男子生徒。
「それなりに無茶だな。かなり辛い道のりになるのは否めない。けど、どうにかなるな」
俺の家には60人近い家族がいる。
常に補充され続けているメンバーと、エルネスタが開いている冒険者ギルドのデータを参考にすると、決して不可能ではない。
「では、エリルの場合、これからどうすればいいか語っていこうと思う」
魔剣士──正確には魔法剣士。
この職に就くため為の条件は一般的に剣術士のレベル100と魔術士のレベル100になる事が挙げられている。
「実はさ、職業毎に覚えるスキルのレベルオール10でもいいわけ」
魔術士のスキルは火属性魔法、水属性魔法、風属性魔法、地属性魔法の四種類なのに対して、剣士はスキルが剣術スキルしかない。つまり魔術士としてレベル100を目指し、剣術スキルのレベルを10に上げれば、魔法剣士になれるというわけだ。
「いや、簡単そうに語ってますけど、レベル100って、冒険者が20年かけてやっと至れる境地ですよ? しかも、魔術士に就いていたら、剣術スキルのレベルを上げるのにかかるポイントだってバカにならないでしょう」
そんな指摘が生徒から入ってくる。
まぁ、言いたいことはわかるけどな。
まずやるべきは、従魔士として魔物のテイムだろう。
何匹か魔物をテイムした後は、そいつらに経験値稼ぎをさせる。
その間に、エリルは魔法スキルの習得だ。
従魔士の俺がこの世界に来た時に剣術スキルのレベルが7であったように、全く関係ない職に就いていても、スキル自体は獲得できる。
なので、エリルは基礎魔法である火水風地の四属性のスキルを自力で覚える。これで好きな時に魔術士へ転職が可能になる。
その後は魔法スキルを使って努力値を貯めつつ、従魔士としてのレベルを転職可能な50まで上げる。
剣士へと転職し、職業レベルとスキルレベルを上げ、職業レベルが上がりづらくなる30を過ぎたら、早々に魔術士へと転職し、レベル上げを行う。
そして、魔術士でレベルが30になったら、再び剣士に戻る。
教室が驚きにつつまれる。
せっかく魔術士としてのレベルを30まで上げたのに、また剣士、しかもレベル1からやり直すのは勿体ない。そう思っただろう。
だが、剣術のスキルレベルを上げるためにはこれが一番効率がいい。
恐らく、剣士としてのレベルが20に達する頃には剣術スキルのレベルを10にするためのスキルポイントが貯まることだろう。
そしたら魔術士に戻り、レベル100を目指す。
ある程度ステータスが追いついてくれば、魔法のスキルレベルが低くても、化学の力で強い魔物を倒せるようになり、経験値効率がかなり良くなる。
うちの家族が使っているダンジョンマスターリンチ法があれば、レベル上げもすぐだ。
「お前ら、化学の授業と魔物の狩り方の授業、ちゃんと受けてるか? 先生が平民出身だからってサボってると、将来泣き見るぞ?」
この世界、何をするにも戦闘力が必要だ。
ならばこそ、戦闘力を上げるための知識は財産になる。
何人かの生徒は決まりが悪そうな顔をしているが、それはつまり己を省みることができたということだ。
この学園で学ぶことに無駄なことなんてひとつもない。きっと今後の人生のどこかで役に立ってくれるはずだ。
「先生、質問があります!」
女子生徒が一人、手を挙げる。
俺は「どうぞ」と発言を促すと、彼女はそのまま疑問を口にする。
「私は非戦闘職なんですけど、これって、私には無理じゃないですか?」
「できるぞ」
確かに、非戦闘職の子はステータスが著しく低い。
だから推奨としてはパーティーを組むか、努力値を稼ぐか、の二択になる。
非戦闘職の場合、レベルアップに必要な経験値も少なく済むので、彼女の場合も、魔剣士を目指すなら、この学園を卒業するまでに覚えることができるだろう。
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「うし、じゃあ、ちょっと中途半端だけど、授業はここまで! 質問や相談は放課後に受け付けるから、何かあったら言ってくれ!」
俺は握ったまま一度も使わなかったチョークを仕舞うと、そのまま職員室へと向かう。
お昼を食べた後は、中等部1年Bクラスで授業だ。
「はーるのせんせー」
廊下で俺のことを待ち伏せしていただろう理沙が、てこてことこちらへやってくる。
「エリルさんとは上手くいきました?」
「おう! やっと熱意が伝わってくれたって感じだな」
「どうだか〜。私の熱意が伝わったんだと思いますけどね」
理沙の熱意? どーいうことだ?
「はぁ。鈍感な翔太先輩には分かりませんよね。──とりあえず、学食奢ってくださいよ、校庭で楽しそうに何をしてたのか、聞かせてください」
──バレてるし……
今晩はシレーナに怒られるかもなぁ。
「てかお前、金に困ってねぇだろ?」
「重きを置くべきは、誰かに何かをしてもらったという事実ですよ。お金は関係ありません」
「そういうもんか?」
「……貴方、いつかオリヴィア様辺りに刺されると思いますよ?」
それは……否定できねぇ。
「そん時は庇ってくれよ?」
「そうですねぇ。その時までには、お酒が飲めるようになってたい所存です」
「俺は肴かよ……」
ブックマーク、評価ありがとうございます!
いえい!
ほんとは、エリルちゃんモブの予定だったんですけど、少し長くなりました。




