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先に生まれた輩



 始まりは、エリルの一言だった。


「春野先生、今朝(けしゃ)はしゅみしぇんでした! しぇんしぇいの剣術、見しぇてもらえましぇんか!」


 俺は三限の授業で一年Aクラスを訪れたのだが、教室に入るなり、エリルがガバッと頭を下げて、そうお願いしてきたのだ。


「おお〜! ついに俺の熱意が伝わってくれたかぁ〜」


 ペシペシとエリルの肩を叩いて喜ぶ俺。

 

 この時は、知らなかったのだが、どうやら理沙が色々気を回してくれたらしい。そんな事も知らずにワイワイ喜んでいたのだから、我ながらほんとどうしようもない。


「いよいよー! 見せちゃるけん! こう、バシッと! カッコイイ先生って感じのをね!」


 俺が教員になってからの1番の喜びは、生徒が自ら自分に頼ってくれること。浮かれて調子に乗ってしまうくらいには、嬉しい。


 そんな様子を見て、エリルは不思議そうな顔をしているが、先程までとは違い、思い詰めた様子ではないので俺も安心だ。



「春野先生、剣術できるんですか? 俺にも見せてくださいよ!」


「俺も興味あるな」


 一部の生徒、主に男子からそんな声が上がる。

 彼らは皆、近接武器を扱う職業(ジョブ)に就く生徒たちだ。


「よーし、お前ら! 校庭に集合だ!」



 ──てくてくてく



 校庭に着きました。

「んで、俺は何をすればいいんだ?」


 剣術を見せるなんて言っても、本気を出すわけにはいかない。万が一狂化スキルが発動してしまったりしたら大惨事になるからだ。


「なぁ、先生! 俺と模擬戦してみないか? 俺、剣術学園の方では、学年で4番目の剣の使い手だったんだぜ!」


 つんつん頭の男子生徒はそんな提案をしてきた。


「おおお! すげーじゃんか!」


 なかなかの腕前らしい。


「ちなみに、剣術スキルのレベルは5だぜ! 俺、生まれた時から2だったんだ!」


 なるほど、生まれた時からスキルレベルの高い人間がいるのか。剣のために生まれたような人間らしいな。


 ……にしても、剣術スキルレベル5か。確か、オリヴィアが6だった気がする。


 俺の場合はこの世界に来たとき既に7だった。

 俺の父親ってもしかしたら凄かったんじゃないだろうか。


「よし、じゃあ今日の授業は剣術だ。剣に心得のある者はそこの木刀を取れ」


「え? 全員でしゅの?」


「ああ、エリル、お前もだ」



 ──全員まとめて相手してやる。



「…………」


「…………」


「……あ、あのな、先生。そのセリフは、確かに男なら一度は言ってみたいセリフかもしれねぇけど、無理しなくていいんだぞ? 先生、そんな強そうに見えねぇし」


「あ? 別に強がってなんかねぇよ? 人は見た目じゃないんだぜ!」


 俺が弱そうに見えるってのは、もう言われ慣れた事でもある。あんまり厳つい顔はしてないし、華奢だから仕方ねぇから、無理もねぇ。


「かかって来いよ」


 俺は悪役らしく、人差し指でクイックイッと挑発すると、生徒たちは剣を構えて陣取りだした。


 どうやら俺の本気が伝わったらしい。


 エリルやつんつん頭も含めて11人。


 人数こそ多いが、ステータス差なら身体強化はいらないな。


「始めっ!」


 見学組の女子生徒の合図で試合が始まる。


 油断──とは言わないまでも、俺の実力が大したものではないと踏んだ生徒が一斉に襲いかかってくる。


 俺は深く集中し、戦闘態勢に入る。


【覇気】


 一瞬でその場の空気が変わる。


 俺の威圧に当てられた生徒たちは、その場で足を折り、座り込んでしまう。


 俺と剣を交わす資格を得たのは4人だけ。

 つんつん頭達3人と、遠くから様子を見ていたエリルだけだ。


「……先生、本物じゃねぇかよ! みんなぶるっちまってる」


「言ったろ? 俺、つえーから!」


 生徒たちは冷や汗をかきながら、俺を囲むように展開する。


 懐かしい。

 俺が父親と稽古してるときも、こんな感じだったからこいつらの気持ちがよくわかる。

 どこから攻めても、全く勝ち筋が見えないのだろう。

「打ち込んでこいよ。これは殺し合いじゃねぇ。どうせ負けるなら、次に生かすための活路を探せ」


 俺のクソ親父が口癖のように言っていた言葉で、4人を挑発する。

 

「やってやらァ!!!」


「おりゃぁぁぁ!」


 ──ふっ


 思わず笑ってしまった。

 4人とも、俺そっくりだ。

 

 勝てない。そう頭では理解していても、それを相手から口に出して言われると、ムカつくんだよな。


 絶対に倒したい。そう思うんだ。


 まぁ、その剣は届かないんだけど。


 俺は敢えて反撃せず、4人の剣を受け流すことを選んだ。


 最低限の動きで、四方からの攻撃を的確に躱す。


 ──目に頼るな……。


 これは自分にとっても訓練になる。

 

 音や気配、死の香り。


 全てを捉え、勝ち筋とする。


「そこだっ!」


 つんつん頭は懐に潜り込むように間合いを詰めて、俺の喉元を狙う。


 残念。それは罠だ。


 俺は身体を横にスライドして下から振り上げるようにして剣を弾く。


「クソっ! 何で攻撃してる俺の方がダメージ入ってるんだよ」


 つんつん頭の男子生徒は今の衝撃で手が痺れてしまったらしく、剣を地面に落とした。


「しぇいやぁ!!!!」


 その隙を縫うようにつんつんの後ろからエリルが飛び出してくる。


 が──


「残像だ」


「え?」


 俺はエリルが硬直した一瞬の隙に背後に回り込む。

 

 ──ペチン


「ひぅっ!」


 俺はエリルのケツを叩き、残り2人の方へ肉迫する。


「ビビってんじゃねぇよ!」


 急に攻撃へと転じた俺が眼前まで迫ったことで、腰が引け出した残りの二人に叱咤する。


 そこまで強くつもりはなかったんだけどな。

 そろそろ狂気に呑まれ始めてるのかもしれない。


 俺は剣を振りかぶると


 ──テチ、テチ


 2人の左肩を木刀で軽く叩いた。


  どうやら2人はつんつん頭とエリルが敗れた時点で、完全に呑まれてしまったようだ。


「お疲れさん!」


 俺はふっと息を整えると、みんなに声を掛けてから、木刀を片付ける。



「ねぇ、見た? 俺、結構強いっしょ?」


 自慢する子供みたいで、少々ダサい気もしたが、こればっかりは認めてもらいたい。

 ()()()()()


「強いなんてもんじゃねぇよ、……先生が何やってんのか、全然見えなかった」


「私も職業は剣士なのに……威圧されただけで動けなくなっちゃった……」


 生徒たちは口々にそういう。

 

「なぁ、先生の話、少し聞いてもらってもいいか?」


 今の戦いで剣を握った者だけでなく、このクラス全員への問いかけ。


 普段、あまり授業を受けてくれない生徒も、今日は耳を傾けてくれた。


 ──少しは認めてくれたって事かな。


 そんなことを思いながら、俺は口を開く。


「俺が剣を初めて握ったのは5歳の頃だった」


 まさかの昔話。

 何人かは目を見開いている。なんかごめんな。


「約12年間剣を振り続けて、俺はここまで辿り着いた。それでもまだ、剣術のスキルレベルは9だ。まだ本当の高みへは至ってない」


 余っているスキルポイントを注ぎ込めば、今すぐにでもレベル上げは可能だが、剣術だけは努力だけで伸ばす。

 これは俺がこの世界に来たばかりの時に決めた事だ。


「しかも、この世界に来て手に入れた職業(ジョブ)はまさかの従魔士(テイマー)だ」


 その言葉を聞いて、エリルが目を見開いた。

 そう言えばこいつ、魔剣士になりたい従魔士だったな。


「──なれるよ。お前達も。俺みたいに」


 今では剣士系の上級職に就いている。

 キャリーさせてもらった恩恵は計り知れないほど大きい。

 が、逆に言えば、良き出会いさえあれば、人は高みを目指すことが出来るということ。


 ならば、今度は俺が導いてやればいい。

 

「……俺は12年もかかった。結構な時間だ。けどさ、この世界には経験値システムがあるんだ」


 レベル上げれば、俺なんかより短時間で強くなれる。


「──夢を叶えるのはお前達だ。けど、夢に近づく手伝いなら、俺にもできる。センスがないからって、諦める必要はねぇ。職業が自分の望んだものじゃなかったからって嘆く必要もねぇ」


 可能性は俺が広げてやる。

 教師なんて、大層な肩書きではなく、その道を歩んだ先輩として。


「魔法でもいい、剣でもいい、もし、掴み取りたい未来(さき)があるのなら、まずはこの手を取ってみないか?」


 言っていることは、彼らに出会った日から何も変わらない。

 ただ、今日自分たちが目に見たものが信じられるのなら、俺が口にした言葉が、嘘でも、軽いものでもないと、伝わったはずだ。きっと。


「……」


「やりましゅ……私、やりましゅ! 力を貸してくだしゃい!」


「お、俺もだ! 先生! 俺にも教えてくれ!」


 エリルに続くようにして、つんつん頭が声を上げると、みんなが俺の右手に自分の手を重ねていく。


 ──ああ、やっと通じ合えた。


 さぁ、授業を始めよう。

 ようやく、ここがスタートラインだ。

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