辻褄
「で、あるからして〜」
…………
「で、あるからして〜」
…………
「で、あるからして〜」
…………
「はい、今日の授業中はここまでです!」
俺は黒板に書き込まれた文字を消して、教室を出る。
この世界の識字率はかなり高い。
が、それでも読めない子も書けない子もたくさんいる。
故に今日は文字の練習だ。平仮名50音、全て覚えれば、一応文字で伝える事は出来る。
「先生〜。これなんて読むの〜」
生徒のうちの一人が、紙を持ってこちらに走ってくる。
貧民街出身の中等部一年生の女の子だ。
「えーっとぉ……これは……」
紙に書かれたのは「おさんさん」という文字。
その字は荒っぽくもあり、ヨレヨレでもある。
「デルが書いた!」
デルとは同じく中等部一年生の少年だ。
クラスのムードメーカーのような立ち位置で、いつも場を和ませている。
俺はちらりとデルの方を見ると、彼はこちらをニヤニヤしながら見ている。
おちんちんって書きたかったんだろうなぁ……。
「これはおさんさんって読むんだけど、ごめんね、先生にも意味はわからないから、デル本人に確認してきてくれ」
俺がそう言うと、彼女はてこてことデルの方へ歩いて行くと「もう字を書けるなんてすごーい」と目を輝かせ、一方のデルは少し恥ずかしそうに何やら言い訳をしている。
まぁ、「さ」と「ち」って似てるもんなぁ……。
そんな事を考えながら、俺は教室を出て、次の教室へと向かう。昨日も授業をした高等部一年のAクラスだ。
正直、校長先生からダメ出しを受けているので、気が重い。というか、気まずい。
俺はかなり弱気なメンタルで教室に入ったのだが、教壇に立ってみると、授業の事以外はあまり頭に残らなかったので、まぁなんとかなった。
「ところで、質問なんだけど、みんな、レベルについて考えた事はあるか?」
返事はない。
けれど、これまで上の空で話を聞いていた生徒も反応した辺り、興味を引く内容だったのかもしれない。
「見ての通り、俺って宇宙人なんだよね。だから、レベルっていう概念のない世界から来たわけなんだ。──それで思ったんだよな。何で、非戦闘職の人間も、魔物を倒さなきゃレベルが上がらないんだろうって」
レベルが上がる事のメリットはステータスの上昇とスキルポイントの獲得。
ファンタジー小説を読み漁った俺からすれば、それは王道と言える。何もおかしくない。
だが──
「ステータスを上げたい。そう思った時、最も効率的なのは経験値によるステータスアップではなく、努力値によるステータスアップなんだ。それに対し、スキルレベルを上げるには努力値によるスキルレベルアップよりも、スキルポイントによるレベルアップの方が効率的だ」
……これって、おかしくないだろうか。
「普通逆だと思わないか?」
例えば、料理人。
一流の料理人になりたいと思ったら、何をする?
勉強や料理を作るしかない。何度も何度も試行錯誤を重ね、ようやく納得のいくものが完成する。
それが、俺たちの常識で、俺が努力にこだわる理由だ。
しかし、どうだろう。この世界の常識は──
一流の料理人になる一番の近道は、魔物を狩って得たスキルポイントを料理スキルに振る。
あっという間に前者を上回る料理の完成だ。
「本来なら、努力値で上がるべきはスキルレベル。経験値で上がるべきはステータス。俺はそう思う。みんなの意見、聞かせて貰えないか?」
俺の中では、ちょっとした結論のようなものが出ている。
が、それが正解なのか否かはわからない。
故に、ここで皆に意見を募ろうと思った。
俺の質問に対し、挙手をした生徒が一人。
眼鏡をかけた如何にも優秀そうな七三分けの生徒だ。
「これは、とある文献で読んだものなのですが、筆者はこう語っています。この世界は日本人の為の世界なのだ、と」
全く持って予想外の返答。
だが何故だろう。全身に鳥肌が立つ。
「続きを聞かせてもらえるか?」
「はい。筆者曰く、この世の全ては未練ある日本人の為に用意された道具であり、彼らの慰めの地であると」
「そうか……」
色々気になることはある。
だが、納得できるのもまた事実だ。
剣と魔法。冒険者。勇者。魔王。ダンジョン。ドラゴン。エルフ。獣耳。チート。奴隷。一夫多妻制。スキル。ステータス。中世ヨーロッパ風の文明。
俺たちが夢見て、欲したものが、この世界には揃っている。
この世界に来る時にはチート能力を与えられ、話す言葉は日本語。しかも、宇宙人と呼ばれる人種は日本人しかいない。
確かに、この世界は日本人の為の世界のようにも思える。
「先生、この世界は宇宙人にとって、都合の良い世界なのでしょうか?」
別の生徒から質問が飛んでくる。
「──都合は良い。……良過ぎるくらいだ」
……じゃあ、あれか?
奴隷身分の娘に可愛い子が多いのは都合のいい女を転生して来た男が欲しがるからで、王子や貴族の容姿がやたらと整っているのは転生して来た女が乙女ゲー気分を味わえるようにするためか?
さすがに考え過ぎかもしれない。
けど、それが事実だとしても、おかしくはないほどに、納得の出来る話だ。
努力で才能の差を埋められる世界。
そんな世界で、努力を効率化できる才能を唯一得られる日本人。
ダメだ。考えれば考えるほど、嵌っていく。
「あの……先生? 顔色悪いですよ?」
「ああ、ごめん。ちょっと考え事しちゃってさ」
どうにか平然を取り繕って、俺は授業を再開する。
結局、その後俺が何を話したのか、授業が終わった頃にはほとんど覚えていなかった。
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