おとぎ話
あの後、何故か海パンの方はすんなりと返してくれた。
俺は海パンを履き直すと、直ぐにその場を離れて、みんなの居る宿に帰ることにした。
けど、そんな事よりも、まずはこの顔だ。
俺の顔は今、カツオをイラストで描いたみたいな顔をしている。無論、アドリアーナとキスしたせいだ……。
しかも、話を聞いてみると、彼女は王族らしい。
かえるの王様は確か、お姫様とのキスで人に戻れたんだったよな?
だったら、俺とアドリアーナの場合も、変化するのは男の方ってことじゃねぇのか……?
「ああ、泣きそう……」
俺は一生この顔で生きていくのだろうか。
一応、聖女の理沙に解呪して貰えるかもしれないが、俺には解呪出来なかった。
てか、そもそもここどこだよ……
見知らぬ土地で、辺りからは奇妙なものを見る視線。
俺を笑う奴、気味悪がる奴、怖がる奴と反応は様々だ。
「って、あれ? おかしいぞ」
俺は童話が結構好きで、小さい頃は割と一人で読んでいたのだ。だからこそ、気づいた事がある。
かえるの王様、あれはキスで呪いが解ける話ではないのだ。
そう、確かあれは──お姫様に壁に叩きつけられて呪いが解ける話だった。
キスで呪いが解けるのは改変された話であり、元は壁に叩きつけられて解呪されたのだ。
ならば今すぐにでも、呪いが解ける可能性はある。
「あ、あの! そこのお姉さん! 俺を叩いてくれませんか! カツオだけに、カツオのたたき、なんちゃって!」
──〇〇〇〇──
アドリアーナは去り行く翔太の背中をいつまでも目で追った。
翔太は呪いを受けたアドリアーナとキスをした事で、その呪いを受け取ってしまったのだ。
「何故あんな事を……?」
──だって、おかしいもん。急にキスするなんて……。
でも、そのキスによって、彼の身に変化が起きたという事は、翔太は確信を持ってやった行動に違いない。
それはつまり、翔太は自分の顔が魚になると分かってて私にキスをしたという事だ。
「一体何のために……」
顔が魚になるなんて、デメリットしかない。
それがわからないほど、彼も馬鹿ではないだろう。
「もしかして、私が寂しくないように……?」
当然、全てはアドリアーナの勘違いである。
翔太は何となく思いついた方法を試しただけであり、そこに思いやりのようなものはない。
そもそも、翔太はアドリアーナの顔が元々人間の顔であった事すら知らない。
お前の顔は醜くいとは思わない、そう断じたのも、魚の顔に善し悪しを付けることが出来なかったからだ。
「もしかして、あの人は……こんな顔の私でも愛してくれるのかな」
……勘違いである。
しかし、そう勘違いしてしまうのもしかたのない事だ。
アドリアーナはこの顔になってから全てを失った。
この世界の海を支配する王の娘としての地位も、溢れるほどの財宝も100人いた夫も、そして何より美しき顔も。全てだ。
「翔太は……翔太だけがこんな私を受け入れてくれた」
いや、受け入れていない。
魚ならヤラシくない、という理由でキスをした。
アドリアーナは翔太の消えた方を見つめながら、過去の記憶を甦らせる。
この呪いは今から3ヶ月前に掛けられたものだ。
人魚の世界は女尊男卑。
常に女性が収めてきた世界だ。
一妻多夫制が認められたアドリアーナの国といえど、夫が100人いたのは彼女だけだろう。
美しいものを片っ端から集めていた彼女の周りには、いつの間にかそれだけの人数が集まっていたのだ。
『最も勇敢な人に私の卵をあげる』
アドリアーナはそう宣言した。
海の世界において、王族の血筋というのは神にも近しい存在と言える。
そして、彼女達の卵から産まれるのは女性のみなのだ。
人魚の男は、王族にもらった卵を孵し、立派な淑女に育て、再び母の元へ返す。
そうする事で初めて彼らは地位を手に入れる事が出来るのだ。
そして、100人の夫とはアドリアーナから卵を貰い受ける事のできる可能性がある者たちの事。
人魚が卵を産むことができるのは年に一つ。
下半身が魚である人魚達は体外受精で命を宿すため、子供が産まれるまでには、卵を譲り受けてから更に一年かかる。
それに対し、女王が女王でいられるのは見た目が麗しい間のみ。40歳を越えれば大体の女王は世代を交代する。
平均的に20年前後しかない女王としての地位。
子供が産まれるには2年。
故に男にとって一回目の選定こそが、何よりも重要となるのだ。たった一年出遅れるだけで、求める地位からは大きく遠ざかる。
100人の夫は皆必死だった。
必死だったからこそ、敗者は──恨むこともある。
人魚の世界で女王となるには何より美しさが必要だ。女王はその象徴でなければならない。
顔が魚になったアドリアーナは次期女王候補から外れ、王宮からも追放された。
ひとり宛てもなく彷徨っているときに出会ったのが、一人の男。春野翔太だった。
溺れる翔太を助けたのは、自分の顔を戻す方法を探るため。期待はしていなかったが、どうしても希望に縋りたかった。
ゆえに、翔太を助けたのは、別に善意でも情でもなく、ただの打算。自分にメリットがあっての決断だった。
「なのに、あの人は自分を犠牲にしてまで、私の背にのしかかる荷を一緒に背負おうとしてくれた……」
当然勘違いである。試しただけである。
翔太はいけるかな? 程度の気持ちだった。
だが受け手は、アドリアーナは違った。
「私はもう、独りじゃない。彼がいるんだ。彼に恥じないよう、私も強く生きなくちゃ!」
アドリアーナはそう決心し、海へ戻ろうとする。
しかし、そこで初めて下半身に違和感を感じた。
「上手く……泳げない」
ずっと浅瀬にいた事で、彼女は気付かなかったのだ。
自分の足が人間になっている事に。
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さて、翔太は人間の顔に戻れるのでしょうか!




