誰も彼もが本当の姿を知らない
長風呂が好きなのは俺とリシアだけだったようで、結局、また俺たち2人だけになった。
俺は浴室の外にある露天風呂の方にリシアを誘うと、そちらに入り体を温め直す。
岩盤に囲まれたそこは、室内ほど広くなく、大人数が入れる作りにはなっていない。
「こっちはちょっと温度が高いな」
リシアは俺の独り言には反応する素振りを見せず、ただただ暗い海を見つめている。
その瞳は何故か儚げに見え、夜に溶けるその金色の髪がやけに輝いて見える。
「綺麗だ……」
相変わらず、リシアは言葉を返す素振りは見せなかったが、露出した肩を少し深く沈めた。
俺、まだ酔ってんのかな。
今口をついた言葉は無意識のものだったので、俺も驚いた。
無言のに耐えきれなくなった俺は空気を変えようと新しく言葉を紡ぐ。
「リシアも今日は楽しめたか?」
「うん。楽しかっよ。柄にもなくはしゃいじゃった」
「そっか。ならよかったよ。来た甲斐があった」
「理沙ちゃんが前々から言ってたヒトノカネデタベルスシハウマイも体験できたしね」
「あいつ、余計な事ばっか言ってんな」
「ふふっ。そうだね。けど、賑やかな子で私は好き」
「そうか。俺は少し苦手だ」
何事にもテンションを上げてくれるのはありがたいが、彼女に合わせ切れるほどのコミュニケーション能力を俺は持っていない。
「私は今日一日が凄く楽しかった」
「ああ」
「けどね、楽しかったから……わからなくなっちゃった。本当にこれでいいのかなって」
「…………」
「きっと、私が聖剣に選ばれたのには理由があったんだと思う。こうして、お風呂に入ったり、一人でいる時、私はそればかり考えてる」
先程までのテンションとは一転、リシアは静かな声でなんでだろうね、と口にした。
「……俺にはさっぱりわかんねぇや。聖剣なんてものが、何の為に生み出されたのかも、どうしてリシアが選ばれたのかも」
全く分からない。
けれど、俺の中には一つだけ疑問に思った事がある。
「リシアは光の聖剣に選ばれて、勇者になった。その力は強大だし、人類最強と言っても誰も否定できないだろうよ。けどさ、俺は勇者としてのお前を強いとは思うけど、その聖剣が強いと思った事は一回もねぇんだ」
「どういう事?」
これはあくまで、日本人としての意見で、もしかしたら全く検討ハズレな意見かもしれない。
「俺の知ってる聖剣ってのは、武器そのものにも強力な力が宿ってるわけよ。確かに、リシアその聖剣はリシアを勇者として覚醒させてくれたけど、武器としての性能はそんなに高くないよな?」
ぶっちゃけ、武器の性能だけなら、俺のアイネクライネナハトムジーク第十八金剛烈空丸・華叉の方が強い。
「その聖剣が真価を発揮した時こそが、リシアの本当のやるべき事を見つけた時なんじゃないか?」
「この武器の真価……」
リシアは聖剣を右手に顕現させて、それを見つめる。
「あなたは一体私に何かをさせたいの? それとも、私のしたい事に力を貸してくれるの?」
当然剣から返事など帰ってこない。
そう簡単に答えは得られないよね、とリシアは自嘲気味に笑う。
「そんな顔しなくても平気だよ。 私は勝手にどこかへ行ったりはしない」
不安が顔に出ていただろうか。
確かに、俺は今考えてしまった。
リシアが役目を見つけて、俺らの元を離れる日を。
元々リシアは監視の名目で俺たちに着いて来た身。
いついなくなってもおかしくないのだ。
「──大丈夫。私が翔太を守るから」
そう言ったリシアの聖剣が青く輝いて見えたのは、気の所為だっただろうか。
「さてと、もう上がろうか。流石にのぼせちゃう」
リシアはすっと立ち上がり湯を上がったので、俺は目を伏せる。
「お気遣いどうも」
リシアはぺたぺたと足を鳴らしながら、脱衣所の方へと歩いて行く。
彼女は俺よりも小さな背中で多くの物を背負ってきた。
俺はいつか、彼女と共にその業を背負ってあげられる日が来るだろうか。
「──っいったぁぁぁぁい! 誰! こんな所に石鹸置きっぱなしにしたのは!!!!」
誰よりも不運な彼女に幸運をもたらすのが、どうか俺でありますように。
──〇〇〇〇──
「っはははははは!!」
皇帝は大きく口を開けて笑った。
「まさか……まさかこんなにもうまい話があるとはな」
傍に控えたメロディも口許を隠して小さく笑う。
ここにいるのは火の勇者パーティーの面々と、帝国の首謀人達。
その場でただ一人、ミラだけは武人らしく表情のひとつも変えずに、とある者の報告を聞いていた。
「まさか、このタイミングで……」
帝国側が黒の方舟を潰す気である事は、ミラも知っていた。
皇帝からの勅命で、ドナドナ団に接触し次第、黒の方舟を襲撃するよう依頼する任も授かっている。
だが、ミラは黒の方舟を知っていた。
この世界で誰よりも自由で、誰よりも平和に暮し、誰よりも平等で、愛に満ちた彼女達を。
ゆえに、今兵士から受けたその報告には顔を顰めるしかない。
──まさか、この国で新たな勇者が生まれるなんて。
聖澤優斗が抜いた聖剣は元々この国よりも更に東にある森の、小さな泉に沈んでいた物だという。
世界を救いたいという聖澤優斗の願いに答え、泉の精霊が彼に託したのだ。
それに対し、水の聖剣は代々この帝国が管理している。
水の聖剣はこの国の神殿に祀られており、導かれし者のみが、その聖剣に触れる事ができる。
そして昨日、新たなる聖剣の使い手が選ばれた。
水の勇者レイ。
歳はまだ14で、大人になり切っていない少年ではあるが、強さへの渇望は凄まじく、昨日勇者になったばかりだと言うのに、既に騎士達とも剣を交えているという。
黒の方舟のメンバーは正真正銘の強者だ。
しかし、勇者を2人も相手して勝てるわけが無いと、ミラは頭を抱えたい気分になった。
そして、悪いタイミングというのは重なるものである。
「偵察隊より通達を受けました。黒の方舟と思わしき者らが約60名、港町の宿に宿泊との事です」
「そうかそうか」
機嫌良く笑う皇帝。
「最悪、ドナドナ団の方は間に合わなくても構わない。監視を続け、殺れるタイミングで殺れ」
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