表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

119/329

蕎麦



「ギルドマスター殿。実は私は黒の方舟のメンバーらしき黒髪の青年にスカウトされてここに来たのだ。彼に合わせて頂くことは可能だろうか?」



 合宿が始まって数日後のある日、私はギルドマスターであるエルネスタ殿の元を訪れていた。


『結局、ミラ先輩はどんな任務でここに来たんですか?』


 スピカにされた質問。

 最近は強くなる事ばかり考えていたが、私は別にギルドに所属するためにここを訪れたのではないのだ。


 すっかり忘れていた。



「黒の方舟を名乗る男の子?」


「そうだ……」


 ギルドマスターはスっと目を細めてこちらを見る。

 かつて感じたことのないほどの圧倒的な圧力。

 もはやそれは殺気と言ってもいいだろう。


「その男の子は格好良かった?」


「あ、ああ。確かに容姿は整っていたように見えた」


「そう。背は高くて、でも身体付きは少し華奢なくらいで、鎖骨にホクロがあって、腹筋はほんのり割れてる。好物は甘いもので柑橘系の甘い香りがする男の子で間違いない?」


 分かるわけないだろう。

 彼は服を着ていたし、何かを食べている様子もなかった。

 しかし、ここで否定したら、恐らく私が殺される。そんな気がしてならない。


 ゆえに、私は肯定も否定もしないままそっと頷いた。


「そっか。じゃあきっと翔太くんだ。翔太くんがスカウトしたんだ。すごいな、羨ましいな。嬉しい? 嬉しいよな? 嬉しいって言えよ。喜べよ」


 一瞬、恋する乙女のような恍惚とした笑みを見せたかと思えば、直ぐに殺気を孕んだ視線を注ぐ。


 プライベート時ゆえか、多少口調が丸くなっているが、それでも感情の起伏が激し過ぎる。


 やはりこの方は狂人だ。

 黒の方舟全員がこうじゃないだろうな?



「けど、貴女は会わせられない。──嘘つきを彼に会わせるわけにはいかない」


「私は嘘などついて──」


「そうやってまた嘘を重ねるの? ……なあ。バレてないと思ってんのかよ。あ?」


 嘘?……なんの事だ?

 私が彼女についた嘘などひとつも……


「……っ!」


 いや、まさか。

 しかし、可能性があるとしたら……

 バレてるのか?

 だとしたらどちらだ?

 私がエルフである事、スパイである事。

 どちらがバレた? 


 実際、私を勧誘してきたあの男も私の正体を一瞬で見破った。ならばギルドマスターが私の正体を感知していてもおかしくはない。


「非礼を詫びよう……すまなかった」


 私は魔法を解き本来の姿を表す。

 人族の国でこの姿になるのは初めてだ。


「あら、さすがはエルフね。憎たらしいほどに綺麗」


 ギルドマスターは私の頬に右手を添える。

 もし私が男性ならば、口説き伏せられそうなほど情熱的な微笑みとは裏腹にその手はひどく冷たい。


「でも、嘘はもうひとつあるよね」


「そうか……やはりバレていたようだな」


 なるほど。

 どちらかではなく、どちらもだったようだ。

 黒の方舟……本当に恐ろしい。


「ええ、女の勘を舐めない方がいい」


 女の勘、か。

 バレてなお嘘を突き通すのはあまりにも下策だ。

 ここは素直に自分がスパイである事を伝えた方がいいだろう。私も帝国も、探るのが目的であって敵対するつもりはないのだから、さすがに命までは取られまい。


「わかった。ならば正直に話そう。実は──」


「待って! ──あらあら」


 ギルドマスターは薄く笑みを浮かべながら独り言を始める。いや、もしかしたら誰かと話しているのかもしれない。

 ……まさか、この人は精霊をも従えているのだろうか。


「ごめんなさい。ちょっと用事ができたから、また後でにしてくれる? 別にわざわざ自白しなくてもわかってるから。もう少ししたらお迎えが来るから大人しくしてて」


「迎え、とは?」


「大人しく待ってろって言ったよな? 聞こえてねぇのか? それとも馬鹿なのか?」


「……すまない」


 そんなこと言ってなかっただろう。


「一応荷物はまとめておいて」


「わかった」


「じゃあ、また後でね〜」


 スキップしながら転移して行ったギルドマスターを、見送った私は言われた通りに荷物をまとめる。

 昔から剣の扱いにおいては最強の名を手にしていた私も、今では他人の機嫌を伺う小動物のような気分だ。



 荷造りを終えた私は念の為、部屋に鍵をかけ、そのままベッドに座った。


「私はこんな顔をしていたのだったか……」


 もう何年も見ていなかった自分の本当の顔。

 鏡の向こうに写るその人物が、自分であることに違和感さえ覚える。

 私を先輩と慕ってくれるスピカにさえ、自分がエルフであることは知られていない。

 そうだ。可愛い後輩だからこそ、言えないのだ。


 ありのまま生きることさえ、私には許されていない。久しぶりに見た自分の姿はそれを思い出させる。


「……はあ」


 深いため息が出る。

 しばらく鏡を覗いていると、背後に何か黒いモヤのような物が写っているのが見えた。


「ん? なんだこれは」


 そのモヤはやがて広がっていき──私が振り返ると同時に、部屋を包むほどの暗闇となった。



──〇〇〇〇──

 


 ミラが目が覚ましたのは彼女の見知らぬ場所だった。


「どこだ? ここは」


 彼女は床に転がされているようで、近くには大きな机とソファーがある。


「あ、起きたんだ。おはようございます!」


 間の抜けた声で、そう挨拶を交わしてきたのは黒髪の少女だった。


「っ!? 魔族?」


 正確には魔族と人族のハーフ。

 魔女と呼ばれる種族だ。

 ミラは咄嗟に臨戦態勢に入ろうとして、ある事に気が付く。


「これは……」


「これはニンジャ? の子が作ってくれた特別性の縄なので、多分解けません。翔太くんが帰ってくるまで大人しくしていてくださいね」


 小柄な魔女はそれだけ言うと、無防備なまま、蕎麦を打ち始めた。

 彼女は蕎麦打ちに専念しているようで、会話はひとつも無い。ただ、小さな息遣いだけがその場に小さく響いた。


 しばらくしてミラも警戒を解き、観察に徹したその時、その不思議な部屋に新たな人物が加わる。


「たっだいま〜」


「あ、翔太くんおかえり〜」


「おう! ただいま! リリム」


 2度目のただいまを告げた翔太は床の上で縛られたエルフの姿を発見する。


「あー、これ知ってるぞ、俺。有名なエッチビデオのやつだ」


お読み頂きありがとうございます!


今日中に過去を振り返って誤字をできるだけ修正しようと思います(軽く読み返したら酷すぎたので)


どうか、これからもよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ