理想と現実
「そっかぁ……」
「うん! もうね、圧巻だよ! あたしもギルドマスターみたいになりたいんだ!」
「そっかぁ……」
「それでね、黒の方舟に入ったらね、毎日特訓してね、リーダーの人と戦うんだ!」
「そっかぁ……」
「黒の方舟のメンバーはもう、ほんとっ! 想像も出来ないくらい強いからね? 翔太なんて1秒も持たないと思うよ!」
「そっかぁ……」
「その中のリーダーだよ? 多分めちゃくちゃ強いに決まってる! 背が高くて、胸は大きくて、でも腰はきゅっと引き締まった銀髪の女性らしいよ!」
「そっかぁ……」
「お待たせしました〜。40分コース最後の品のプリンです」
「……あの、店員さん。どうしてあたしのはこんなにグチュグチュにかき混ぜられてるのかな?」
「あら? 失礼ですが、貴女はプリンを食べた経験があるのですか?」
「うん? んーん。ないけど」
「なら黙ってお召し上がりください」
「いやいや! 翔太のとあたしのじゃ見るからに形が違うって言ってるの! さくらんぼだってあたしのやつはタネとヘタしか乗ってないし! なんで翔太のは生クリームでハートが書かれてるのに、あたしのには帰れって書かれてるの?」
いや、俺が帰りたい。
さっきからレベッカは機嫌が悪く、やたらとスピカに嫌がらせをしてるし、スピカは同じ話の繰り返しだ。
もうやだ……。
スピカが想像してる黒の方舟のリーダーって多分ペトラの事なんだよな。戦う気満々だけど、勇者になって聖剣に選ばれない限り勝つのは無理だ。
ペトラが結界を解除したら、心臓の音聴いただけで平衡感覚失うからな。
俺はため息を吐きながら、スプーンでプリンを掬う。
やっぱり甘い物はいつ食べても美味しいな。
こんな殺伐とした空気の中でも、甘味だけは俺を救ってくれる。
「スピカ、俺もうそろそろ帰らないと」
「えー。そうなの? あたし結構翔太の事気に入ったんだけどなぁ」
「ありがとう。けど、そのうち会えると思うぞ?」
彼女が黒の方舟を目指しているのなら、いつかは必ず出会えるはずだ。
「君が世界に名を轟かす日を待ってるから」
俺はそれっぽい事を言って席を立つ。
もちろんここは俺の奢りだ。
俺はニヒルに決めてから、カウンターに大銀貨を2枚置いて入口の扉に手を掛ける。
「申し訳ございません。お客様、代金が少し足りないようです」
えっ……はっず。
「えっと、ごめん。いくらかな?」
「ふふっ。冗談ですよ。ただ、私の前で他の女性に格好つけられると思わないで下さいね」
──うっ。
「それではお客様、またのご来店をお待ちしております」
「──という訳なんだよね。なぁ、聞いてるか? ルー」
「どうして私がお兄さんの浮気の言い訳を聞かなきゃいけないの?」
「だから言ってるだろ? 浮気じゃねぇんだって! ルーなら信じてくれるだろ!」
レベッカが何を言ったか知らないが、外に女を作った、なんて情報が出回り、俺は自分の家でありながら疎外感を感じている。
結果、幼女に泣きついているんだから、情けない事この上ないだろう。
「こんな情けない事、他の誰に相談しろってんだよ」
「黒の方舟にはお兄さんの事を1番に考えてくれる人がいっぱいるよ。なのにお兄さんは外にばかり目を向けてるんだもん。それじゃあ、報われないよ」
「そうだよなー。さすが賢者様」
けどさ。
俺はやっぱり家族が大事だよ。
想いが届いているかは分からないが、この気持ちは本心だ。嘘偽りないと、誓うことができる。
「うん。苦しゅうないよ。お兄さんがやるべき事はメンバーの補充よりも、現メンバーとのコミュニケーションだと思う」
「わかりました。ありがとうございます」
話せば話すほどんどん賢くなっていく目の前の幼女に、これからやるべき事を確認した俺はある事を決意する。
「じゃあ、黒の方舟はしばらくメンバーの補充を制限します」
現メンバーはおよそ60人。
俺がこっちに来てから半年ちょいなので、3日に1人のペースでメンバーが増えている計算になる。
確かに、高校のクラスメイトでさえ、全員と関わるのは難しかったんだ。それよりも多い人数との交流は更に難しいに決まってる。
「俺、みんなとコミュニケーション取るためにしばらく家に引こもるするわ。うん。賢者様が言うんだから仕方ない」
「私は何も言ってないけど……?」
「いいんだ。お前は幼女らしく積み木でもして遊んでなさい」
「じゃあお兄さん、チェスしようよ!」
「馬鹿言え。俺は負ける戦いはしねぇ主義なんだ」
「お兄さんは子供相手に情けない人だよ……」
お読み頂きありがとうございます!
昨日は更新時間遅れてすみませんでした。




