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狂人

また勇者パーティーの子の話



「強化合宿?」


 例の冒険者ギルドに、滞在するようになってから3日が経った頃、受付にそのような張り紙がされているのを目にした。


 なんと、今朝ギルドマスターがこちらのギルドに顔を出し、メンバーを募れとの指示を出したのだという。


「ミラ先輩は参加しますか?」


 当たり前のように隣から声を掛けてきたのはスピカだ。

 今日もヘラヘラと笑っている。


「うむ。いい機会だ。私も一度、その特訓とやらを受けてみようと思う」


「おぉ、やる気ですね〜。けど、辛いですよ。ギルドマスターの特訓は……そうだ! あそこの受付の人に、予習を頼んでみたらどうですか?」


「特訓を、か?」


「はい。あの人、あたしより強いですよ?()()()()()()()()()()()()()()()


「くっ!」


 先日、スピカとの決闘に敗れた後、ミラは恥を忍んで後輩からの教授を得たがそれは蹂躙と呼ばれる物の類で、訓練などではなかった。


「いや、言っておきますけどギルドマスターの稽古もそんな感じですからね?」


 それもまた事実である。

 リシアが考案した効率的な努力値稼ぎを元にギルドマスターがランクを下げた形で彼女達が実践している。

 ギルドマスターは体を縄で縛ってヌーの群れに放り出す女の教え子である。

 その特訓方法は一般人にとって極めて苛烈と言えよう。


 実際、黒の方舟の中でも人族は非戦闘職に就く者が多く、亜人族は魔法系の職業に就く者が多い。

 近接系を中心とするリシアの稽古に耐えうるのは獣人族や自らの居場所の為に食らいつく者が主流で、後は大抵心を折られる。


 ちなみに、近接系の職に就くか就かないかで、リシアの特訓が週5から週4に変わる。彼女達にとって、この一日が本当に大きな差となるらしい。



「それで? スピカ殿はこの合宿とやらに参加するのか?」


「そりゃあ、もちろんですよ! あたしは戦うくらいしか、やる事ないですからね」


 スピカは、いわゆる戦闘狂という奴だろう。

 血を求め戦場を彷徨い、自分より強い人間には喜んで立ち向かう。そんな人間だ。


「ミラ先輩は考えたことありますか? 世界を脅かす存在と言われて尚、黒の方舟が力を求めるわけを……」

 

 ──確かにそうだ。力なら十分あるはずだ。ならば何故?


「目的もなしに、あそこまでの力を手にすることはできないと思うんですよね。そう。例えば、天空の孤島の攻略とか?」


「ばっ! 馬鹿な! あれは御伽噺(おとぎばなし)だ!」


「そうですね……。けど、奈落の巨塔なら?」


「それこそ不可能だろう。光の勇者リシア率いる一行でさえ、攻略できたのは50階層だと聞いたぞ?」


 天空の孤島はカロリーヌがラミアをテイムする為に訪れたダンジョンであり、奈落の巨塔とは黒の方舟のメンバーが経験値を稼ぐ際にダンジョンマスターを討伐周回しているダンジョンである。

 黒の方舟にとっては馴染みの場所。しかし、彼女たちからすれば、挑もうとも思えない魔境だ。


「確かに難しいかもしれません。でも、だからこそあたし達が初の攻略メンバーになってやりたくないですか?」


 スピカは目を輝かせ、ガッツポーズを決める。

 そんな彼女を見てミラの方はふっとため息を吐く。


「黒の方舟、一体どの程度のものなのか──」


 ミラが抱く疑問は最悪な形で返ってくることになる。

──〇〇〇〇──



「諸君。御機嫌よう。私の名はエルネスタ。このギルドのマスターを務めている。本日は強化合宿への参加、誠に感謝する。……感謝する? 違うな。何故私が感謝しなければならない。感謝しろ。お前ら私に感謝しろ!」


「「「ありがとうございます!」」」


 なんだこれは……。

 ミラは一瞬にして理解する。

 エルネスタと名乗るこの女は完全にぶっ壊れている、と。

 ぶつぶつと何かを言っては突如激昂する。その姿は狂人のそれだった。


 そしてその狂気は場を支配し、ここにいる誰もが呑まれている。


「今日から一週間、このギルドにて合宿を行う。この後は、合宿の流れについて説明をするが、本格的な特訓は明日からだ。なにか質問のある者は? ないな。全員講義室に移動しろ。2分以内だ」




「遅い。さっさと席に着け」


 最後に部屋を出たはずのギルドマスターは1番に部屋で皆を出迎えた。


 ──まさか、転移魔法を使ったというのか?


 あまりにも現実的でない答えに、ミラは自嘲する。

 転移魔法は大魔法だ。魔力の消費が尋常ではない。こんな気軽に使っていいものではないのだ。


「お前らが席に着くまで2分14秒掛かった。14秒も遅れている。14秒あれば何が出来る? そうだ。14秒あればワイバーンだって殺せる」


 無茶を言うな。そもそも講義室が訓練場から離れすぎている。全力で走ったおかげで私はギリギリ間に合ったが、間に合わなかったものを責めるのは、酷だ。


 それにワイバーンを狩るのに14秒だと?

 亜種であってもドラゴンだ。そんな簡単に狩れるようなら国は滅んだりしない。


「では講義を始める。まず、戦闘において1番大事なスキルはなんだと思う?」


 ギルドマスターは適当に指さした赤髪の魔法使いに答えを求める。


「私は各職業ごとに得られるスキルの中で、一番殺傷能力の高いスキルだと考えます」


「ふむ。では、その隣のお前はどう思う?」


「私も彼女と同意見です」


「そうか、それで、お前は?」


 そう言って向けられた人差し指は私の顔を指していた。


 「私は──」


 ……どうなのだろう。()()()に考えるのならば、彼女達の回答は正しいと言える。

 私自身も、これまでそうやって鍛えてきた。


 しかし、考えてみろ。

 わざわざこの質問をしたという事は、彼女達に私達の常識は通用しないということに他ならない。


 計り知れないほどの戦闘力を持つ彼女達には彼女達の常識があるということだ。


「──正解だ」


「は?」


 まだ答えを出していない私に対し、ギルドマスターは満足気に頷いた。


「もちろん、満点を与えてやる事はできない。だがお前は今沈黙した。それだけで合格点はやれる。──いいか、常識はあくまで常識だ」


 ギルドマスターは自分よりも明らかに年下にも関わらず、滲み出る圧は私の全てを圧倒していた。


「お前らが常識外という私たちの常識を少しばかり教えてやろう」



 そして、始まった解説は正しく圧巻だった。


 どんな職業を選んでも、まずは体術スキルのレベルから上げるべきだなんて──転職前提の育成方法なんて、過去に誰も考えなかっただろう。


 しかし、あまりにも理に適ったその解説は私の信用を勝ち取るには十分だった。



「──と、言う事だ。剣が折れたら戦えない剣士も魔力が切れたら戦えない魔法使いも黒の方舟にはいらない。もしお前らが我等が主と共に世界の深淵を覗きたいと言うのであれば、これだけは絶対に覚えとけ」


「「「はいっ!」」」


 我等が主、か。一体どのような猛者なのか気になるな。


「ちなみに体術スキルがあれば多少は床上手になるぞ。──私だってシュミレーションは既に済んでいるからな。後は翔太くんが……あれ? ナンデダ? なんで誘惑にもなびかない? 私って可愛いよな? 可愛いよ。デモ……ナンデ!?」


 1人でブツブツ言い出したギルドマスターは頭を掻き毟った後、満面の笑みで呟いた。


「よし、お前ら予定変更だ。今すぐ武器を持って訓練場に来い。稽古の時間だぞっ」


 私はこの時からギルドマスターを狂った女だと思っていたが、甘かった。


 数分後、本当の狂気とは全てを呑み込む無限の闇であることを知る。


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