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最後の日


 特訓を終えて家に帰った来た女の子達。

 その全員が泥だらけの血だらけで泣いていた。


「おいおい。どうしたんだよ……」


「オリヴィアさん明日には家に帰るみたいだし、せっかくだから防御力を鍛えたの」


 飄々とリシアは答えるが、俺の顔は真っ青だ。


「な、なぁ。 まさかあれをやったんじゃないだろうな?」


「あれが何を指してるのかは分からないけど、多分あってる」


「じゃあ……それってつまり……」

「うん。もちろん」


「「手足を縛ってヌーの群れに放り投げてきた」ってことか!」


 かつて、打たれ強さを鍛えるため、俺はロープでぐるぐる巻きにされ、ヌーの群れにぶん投げられたことがある。


 当然ボコボコに踏まれるし、個体によっては攻撃してくる。一方の自分は手足を縛られて、抵抗するすべがない。出来るのはただの我慢。痛みに耐えるだけだ。


 激痛と気絶の繰り返し。

 身体へダメージを強制的に与えることで、防御面のステータス向上と痛覚耐性を付ける地獄の特訓だ。

 リシアが縄を噛ませてなかったら、舌を噛み切って自殺してもおかしくなかった。


「女の子にさせる内容じゃないだろう……」


「獅子は産まれたばかりの子供を崖から突き落とすって言うけど?」


「それになんの関係があるんだよ!」


 可哀想なんてもんじゃない。

 拷問すら生ぬるい生き地獄だ。


「大丈夫。彼女達は防御のステータスがみんな100を越えてたから。当時30しかステータスが無かった翔太のことを考えれば、単純に痛みも3分の1くらいだもの」


 みんな体中に白いばってんマークがついている。

 随分とアニメ的なダメージの受け方だ。俺の時はまじで擦り傷切り傷は当たり前。ケツの肉は抉れてたんだけどな。


「いや、それでも泣くほど痛いってのは事実だろ?」


「シレーナさん達も含めて、家族みんなが通って来た道だもの。お陰でみんな防御の努力値が大幅に上がってるんだから!」



 やっぱりリシアは鬼だ……。鬼教官だ……。


「ほら、みんな泣いてるんだから翔太が慰めて来てあげて。優しくして、好感度上げて、依存させるの!」


「言い方!!!」


 最低な物言いだが、まあ一理ある。

 メンタルケアが必要なのは確かだ。

 この特訓が嫌で夜逃げした子とか一定数いるからなぁ。あの子たちみんな元気にしているだろうか。




 とりあえず俺は今日の訓練に参加したという子全員のところに回ることにした。

 みんな精神的に参ってしまっていたので、かなりの時間を要したが、ひと通りのケアはできた。


 お陰で俺のシャツは涙と鼻水でびしょびしょだ。


 よし、うちの家族のとこはみんな回ったし、これで最後か。


「オリヴィア、ちょっといいか?」


 俺は教会の1階、暖炉の前で膝を抱えていたオリヴィアの隣に座って声をかける。


「生まれて初めて死にたいと思ったわ」


「俺もあの特訓をした時は同じ事考えたよ……」


「私のこれまでの努力って何だったのかしらね。毎日剣を振って、技を磨いて……一心不乱に頑張ってきたつもりだったわ。けど、ここに住んでる子達は命懸けで努力している。私の努力なんてお遊び程度でしかなかったみたい」


 どうやらかなり落ち込んでしまったようで、鼻声を震わせながらオリヴィアはそう語った。


「ヌーに轢かれるのを努力というかはわかんねぇけど。うちは……まあ、割と特殊だからな。半ば俺が無理やりやらせてるわけだし。それに比べたら、自ら高みを目指してるお前だって立派だと思うぞ?」


「偉そうに」


 オリヴィアは少しムスッとしてから俺の肩に頭を預けてきた。俺は無言でその頭を撫でる。


「ねぇ、リシアさんが光の勇者で、ペトラさんが月砕きの魔王って本当なの?」


 オリヴィアは揺れる暖炉の火から目を離さず問いかけてきた。


「もうリシアちゃんって呼ばないのか?」


「呼べるわけないでしょ。模擬戦でボコボコにされたわ」


「そりゃ、おっかないな」


「それで?どうなのよ」


「ああ。オリヴィアが聞いた通り、あの二人は魔王と勇者だ。俺の目標のために力を貸してくれている」


「そう翔太には守る人がいて、守ってくれる人がいて、強くなった先目的があるのね」


「お前は違うのか?」


「さあね。ただ、レナード様との婚約が破棄された今、私に強くなる理由なんて残っていないもの。彼は私の全てだったから。……それに、私が大切にしたいって思う人は、私なんて必要としなくても十分に生きていけるもの」


 オリヴィアにとって、レナードは自分が自分であるための拠り所だったのかもしれない。

 それはもう依存と言っていいほどに。


「お前のひたむきさに憧れた俺としては、これからもお前には強くあり続けて欲しいところだけどな。そんでいつかお前の大切な人を守ってやれるくらい強くなって欲しい」


「私に何を求めてるのよ」


「さあな。ただもしも、オリヴィアが大切にしたいって言うそいつが、お前を必要としなかった時は、俺に力を貸してくれ。俺はお前がそばにいるだけで、頑張っていこうと思えるから」


 この世界で初めて憧れた人。

 かっこいいと思った人。

 こいつとなら。

 俺は──

 

「なぁオリヴィア。明日帰る前に大事な話がある」


「……へっ!?」


「そういうことだから」


 俺は先に立ち上がり階段の方へ歩く。


「今日は送別会用に夕飯は豪華にした!たくさん食べてくれ」





 翌日の朝。


「皆様、お世話になりましたわ」


 オリヴィアはちょこんっと華麗な挨拶をする。


「またね義妹ちゃん!いつでも遊び来てね〜」

「さようなら!学園の皆さんによろしくお願いします!」

「お姉ちゃんまたね〜」


 すっかり打ち解けたオリヴィアは家族の面々と一人一人挨拶を交わす。従者の料理人の子も、リリムやセレナと軽く挨拶を交わしていた。


 粗方挨拶を終えたところで、俺はオリヴィアとの距離を一歩詰める。


 うっわ、緊張する。

 想うのと伝えるのじゃ、必要な覚悟も違うよな。

 ただ、自分で決めたことだ。

 逃げるつもりはない。


 俺はふっと息を吐き、オリヴィアを見つめる。


 ──あのさ。


「オリヴィア、俺と……俺と、友達になってくれ!」


 俺はバッと頭を下げ、右手を差し出した。

 辺りは無音に包まれる。たった数秒のはずなのに、それがひどく長いように感じられた。


 やがてその手にひんやりとした感触が伝わった。

 女性らしい小さく細い手。

 されど何度も剣を振るってきたことのわかる逞しい手。


「期待はしてなかったけれど、ある意味期待通りだったわ」


 少しだけ上目遣いで見上げた先で、オリヴィアは苦笑いを浮かべながら強く手を握る。


「いいわ。よろしくね、翔太。友達になりましょう──」


 そう言いながら、未だ中腰の姿勢をとる俺の耳元に顔を寄せる。


「ただし、お付き合いを前提に、よ」


「へ?」


 言い終えると同時に、俺の頬には柔らかな感触。

 そしてじわりと熱を帯びた。

 顔を上げずとも、その理由は直ぐに分かった。

 彼女からの囁かな口付けだ。

 触れただけの優しいキス。


 え?えええええ!?


 俺は顔を上げられないまま、腰を90°に折ったまま硬直する。


「それでは御機嫌よう。今度は私の家に遊びに来なさいよ?」


 結局、俺は彼女の顔を見られないまま、見送ってしまった。



「あるじーいつまでそうしてるんですかー?」


「キノ先輩。男の子は時として中腰にならざるを得ないときが──」


「ち、違う!!」


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