アイドルの掟
「そーいや、2人ともトイレ大丈夫なの?」
「ペトラはさっき洞窟出る前にこっそり魔王城に転移してしーってして来た」
「私はこれでも勇者だから、トイレには行かないの」
「そっかー」
リシアはアイドルみたいなこと言うんだな。思わず笑いそうになっちまった。
でも流石は勇者様だ。世界には便利なスキルがあるんだなぁ……。
──10分後
「どうしたのリシア〜?」
「ん? ああ、なんでもない。早く町に行きたくてね。ちょっとワクワクしちゃってた」
「そっかー」
──更に10分後
「ね、ねえ、もしこれから行く町に敵がいたら大変じゃない? 私が先に行って様子見てきた方がよくない?」
リシアがそんな提案をして来た。
そう言えば俺というお荷物さえなければこの2人は一瞬で何処へでも行けるんだったよな。
どうしよう。お願いした方がいいかな?
「でもー、はぐれたら大変だよ〜? みんなで一緒に行こっ?」
「そ、そうか……そうだね。ペトラちゃんが言うなら、うん。そうしよっか」
「そっかー」
──更に10分後
「私は町の下見に行かなきゃ行けないの! それが勇者の使命なの! ペトラちゃん離して〜」
鈍感な俺でもわかった。こいつ、トイレに行きたいんだ。
そりゃあ、いくら異世界でもトイレに行かなくていいなんてめちゃくちゃな話はないか。
「大丈夫だよ! ペトラの千里眼でちゃーんと敵がいないこと確認しておいたから!」
この子、鬼である。本来ならペトラの千里眼というスキルに感心するべきなのだけれど、流石にちょっとリシアが可哀想だ。
一応俺も男だからさ、リシアも俺の前ではトイレに行きたいとは言いづらいんだと思うよ?
3歳児にそういうのを察しろって言うのも酷だと思うし、それを俺が指摘するのもリシアに悪いし、俺は見守っておくことしかできないんだけどね。
──更に5分後
「……お願い……お願いだから行かせて……」
リシアは最早涙目だった。
俺たちの数歩後ろを内股でひょこひょこ歩いて着いてくる。
漏らされでもしたら適わないので、俺はペトラにリシアを解放するように説得する。
「本当に行く気なの? だいじょーぶなの?」
ペトラはその長い腕でゆっさゆっさとリシアの体を揺する。段々と見てるこっちが辛くなってきた。やめたげてよぉ!
「ぺ、ペトラ? リシアもこう言ってるし」
俺の言葉を救いと感じたリシアの目が凄いキラキラしてる。待ってましたと言わんばかりだ。
しかし。
「なんで? どんな時でも一緒。喜びも悲しみも共に分かち合って、危険があれば手を取り合って乗り越えるのが仲間なんじゃないの?」
ペトラ、そうなんだ。そうなんだよ? だけど、今じゃない! わかってやってくれ!
リシアの顔見てみろよ、50歳ぐらい老け込んでるぞ?
……いや? 待て、こいつ……なんで笑って……
いや、これは嗤ってる?
ま、まさか!
「あのね、リシア? もしあなたがどうしてもトイレに行きたいって言うなら別に先に町まで行ってもいいのよ? まぁ、勇者様にトイレは不要らしいけどね、ウフフ」
やっぱり! ペトラの先程までの発言、全部わかっててやってたんだ! こいつ、なんて悪魔みたいな女だ! 正真正銘、ペトラは魔王だった。
「くっ、このー」
あ、くっこのさんだ。そう言えばこの世界はよくあるタイプの異世界らしいので、そのうちくっころさんにも出会えるかもしれない。
楽しみがひとつ増えた。
「リシア、頼む! 町まで様子を見に行ってきてくれ」
結局俺はトイレを促すことにした。ペトラが軽く舌打ちをしてたけど、見てない振りをした。
「なぁ、ペトラあんまり意地悪しちゃだめだぞ?」
「うん? なんのことー? ペトラ3歳だからわかんない」
白々しいなこいつ。
きっと、これからも自分に都合のいい時だけ子供の振りをする気だ。俺はそんなの許さんぞ!
こういう奴はだいたい腹黒で心の底ではろくな事を考えていないに決まってる。
今日みたいなイタズラ程度ならいいのだけれど、裏切られたりしたらたまったもんじゃない。
ゆっくりと見極めていかなければならないだろうな。
「ただいま〜。敵はいなかったよー」
数分後、町から勇者が帰ってきた。
それはそれは美しい笑顔だった。
お読み頂きありがとうございます。
勇者様は今後もいじられキャラとして展開していく予定です。




