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泥濘を潜る  作者: 花守 一華
1/1

天気雨の止んだ夜

視界は揺れる。

前髪ははためいて睫毛と絡む。

ふらりふらりと這う這うの体で横断歩道を踏み渡る。

この煙草を吸う前にすでに限界を迎えているのに、身体は尚も紫煙を欲する。普段から考えれば9本分のキャパオーバーだ。深呼吸でもすれば瞬く胃液が喉を駆け登るだろう。珈琲を浴びるほど飲んだのも影響しているかもしれない。

暦は秋過ぐ頃、全ての感覚器官が遠くなって、まるで皮膚の防護服を重く纏っているようだ。

近くに遠く、アスファルトと溝の深いタイヤとの擦れる音がする。

ますます皮膚の防護服は厚くなる。

えづきながら地面を蹴る。

遠くに誰も待たぬはずの自室が、煌々と灯りを点しているのが見える。

最悪の再開だった。

「酒でも買ってくりゃよかったな」

帰路にコンビニ一軒ない田舎の夜道に、怨嗟を吐き出してふらりふらりとまた歩を進める。


酷くガタつく扉を開け、やあ久しぶりだなアリエッティ、と呟くと、一人用のベッドに腰掛けた居直り強盗は丸めた手を胸から持ち上げ、よう、とボロアパートの一角に声を落とした。

「夏以来か」

旧暦のか、声がまたポトリと墜落した。

名も知らぬ同居人は続ける。

冷めちまった珈琲は美しくないかい。だがオレァこいつが好いんだな。溌剌の春に凜然と咲く桜が堪らなく下品で醜悪で汚らしく見えちまったオレァ、人生を損失しているのかい。オレァそれでも、それこそが善いんだ。

パキッ

床板が鳴る。


じゃあオレァ帰るぜ。とすれ違い部屋を出て行こうとする根無し草からは、使い慣れたシャンプーの匂いがした。


床は綺麗に磨かれ、長期間に渡って大切に育て上げてきた埃は跡形もない。台所や風呂場からも水アカが消え去っている。おそらく石鹸は少しすり減っているだろうし、お気に入りのシャンプーも数mL使われている。冷蔵庫からはビール一缶、キャベツ半玉、玉ねぎ四分の一片に人参一本、冷凍バラ肉が無くなっていた。米も少し減っている。缶ピースも多分数本減ってる。

代わりに増えているものもある。ラップのかけられた野菜炒め(おそらくキャベツ四分の一玉、玉ねぎ八分の一片、人参半分が入っている)、炊飯器に米一合が保温されている。


次は誰のところに侵入するのか、今度ここにいつ来やがるのか、名前も知らない無宿の流浪者は最後に玄関の蝶番に油を(自転車用に買っていたものだ、忘れていた)差して姿を消した。


本当に憎たらしいヤツだ。

デリダ

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